Stray Cat
『Stray Cat』
店の前に掲げられた月と猫の形に型どられた木製の看板にはそんな単語が書かれていた。
「Stray Cat。...『野良猫』か。」
「野良猫...?あれ、ここって武器屋なんだよな?」
とても武器屋には見えないお洒落な外観だ。
「正式には武具店だけどね。イマドキにしてはお洒落な名前じゃない。さ、入りましょう。」
怖いもの知らずのリーゼは迷う素振りもなく店の扉を押した。
扉に付けられた鈴が綺麗な音を立て来客を知らせる。
温かな色の光りに照らされた店内には様々な武具が綺麗に整頓されていた。
鎧や剣だけじゃない。銃、杖、ローブ、先程の着ぐるみ...
そのデザインは統一性がなくファンシーな物からゴツい物まで色々だ。
そして正面のレジカウンターで1人机に突っ伏している小さな影。
顔は見えないが手入れがされていないボサボサの長い銀髪がパサリと机の上に広がっていた。
完全に寝ているようで小さな寝息が聞こえる。
「...こんな人目につきにくい路地裏でお客が来ないとでも思ってるのかしら?」
「まあ、大方そうだろうな...」
「ひとまず起きてもらいましょう。買うにしても買わないにしても勝手に見て回るのは落ち着かないわ。」
リーゼはレジに近づき
「すみません。商品を見せてもらいたいのですが。」
まずは小さく声をかける。
だが反応はない。
「すみません。」
今度は肩を揺さぶる。
だがやはりそれでも店員が目を覚ます事はない。
「だめね。ちっとも起きる気配がないわ。バトンタッチよ。ユーハ。」
「えっ!?僕が!?」
「そうよ、他に誰がいるっていうのよ。」
「男の僕が触れるのはまずいって!ここはリリハが......」
助け舟を求め振り向くがリリハは店のファンシー系のアイテムを眺め、手に取って見ていた。
完全にこっちのことはお構い無し。
「.........」
仕方なくリーゼと代わり声をかける。
「すみませーん!もしもーし!!」
反応はない。
「おーい!朝ですよー!商品買いに来たんですけどー!!」
いくら呼びかけても起きないので耳元に近づき大声を出す。
するとびくっと店員の肩が動いた。
「...んにゃっ!?」
そしてなにやら変な声を上げてゆっくりと上体を起こす。
だがボサボサの髪が顔にかかり顔が見えない。ちょっとしたホラーだ。
「...ん......あ......」
まだ寝ぼけているのか体がふらふらと左右に揺れている。
「すみません。商品を見に来たんですけど。」
「...しょ......ひん......?」
むにゃむにゃと寝言のようにそう呟き......
「それは本当かい!?」
バンっと机を叩いて店員は勢いよく立ち上がった。
「うひゃっ!?お、おおっと...!」
だが上手く立ち上がれなかったようで椅子から転げ落ちた。
倒れる既のところでなんとか机で体を支えることが出来たっぽいがこちらからは頭の先と手しか見えない。
「よ...っと。」
態勢を直し髪をかきあげる。
ようやく見えたその体はとても小さい。リリハといい勝負...いや、もしかしたらさらに低いかもしれない。
顔も童顔で瞳は大きくまだ幼いように思える。
眠そうなエメラルドグリーンの瞳が僕たちをボーッと見つめていた。
そしてパンパンッと眠気覚ましに自分の頬を軽く叩いた少女はニヤリと笑った。
「いらっしゃい!『Stray Cat』にようこそ!今日は買い物かい?それともメンテかな?」
眠そうな見た目とは反してノリのいい店員だった。
「買い物です。街の方でここの商品を身につけていた人がいたので気になって。」
「そうなのかい?じゃあキミたちははじめてのお客様だ。じゃあ、自己紹介だね。...やあ!はじめまして。」
手を上から下に斜めに下ろして頭を下げる。まるでサーカスや舞台のはじめの挨拶をする進行役みたいな演技の入った動きだ。
「この『Stray Cat』の店主、ウィルだ。どうぞ。お見知り置きを。」
「て...っ!?」
店主!?見た目小学生くらいにしか見えないこの子が!?
「...おや?そっちのキミ。」
「え...ぼ、僕ですか?」
なぜ呼ばれたのか分からず素っ頓狂な声を上げてしまう。
思考が追いつかない間にいつの間にか距離を詰められじーっと凝視される。
「え、えーっと......」
「あ!わかったぞ!キミか!久しぶりだなぁ!」
「...は?」
「ちょっと、ユーハ。知り合いなの?」
リーゼがそう聞いてくる。
だが、いや、ちょっと待って欲しい。
もう1度ウィルと名乗った少女を見る。
だがやはり見覚えがない。ただ単純に忘れているというわけでもなく。
完全に初対面なはずなのだ。
だとしたらなぜそんな口ぶりをする?
「何日前かは忘れたが城のパーティーぶりだな。あの時魔王に対抗していた少年と今の呆けた顔をしているキミの姿が重ならなくて一瞬思い出すのが遅れたよ。」
......なんとなく分かってきた気がする。
僕は知らないこの子が、僕のことを知っている理由が。
この子は...
「ユウハ?」
僕の名をハッキリと口に出したこの子はあの場にーーー
ーーということは
この子は僕が魔王の息子だということを知っているーー




