気がつけば別世界
目が覚めた。
だが、目を開けた瞬間、僕はすぐさま目を閉じた。
なぜかって?
それは嫌な光景が見えたからだ。
どアップで視界に広がったオッサンの顔が。
「うわぁぁぁっ!?」
うっかりその顔にさらに近付いて人生初のキスをしてしまわないように横に逸れて距離を取る。
辺りを見回すとそこはしらない部屋だった。
天蓋付きの大きなベッド、そしてそのベッドに身を乗り出したままの巨体のオッサン。
正しく悪夢だ。
「誰だよ!?あんた!」
「あんたとは失礼な息子だな。」
「息子...ってことは、あんたが...魔王か...?」
意識が途切れる寸前までの情報を素早く整理しそう結論づける。
その推測は当たっていたようで目の前のおっさんは否定せず
「まだ記憶が完全には戻ってないのか。これだから人間界などに憧れを抱くのは辞めておけと言ったんだ。」
「なんだよ、さっきから意味不明なことを...」
「まあいい。」
いいのかよ!?
ここまできたら説明しろよ!?
全然話についていけないんだけど!
「せっかく一時ぶりに息子が戻って来たのだ。今夜は宴の席を設けてある。」
「はあ?宴ぇ?」
僕の疑問はスルーし魔王はパンパンと手を打つ。
すると扉がすぐにノックされた。
「入れ。」
「失礼する。」
そう言って入ってきたのはパッツン前髪の少女だった。
少女は綺麗に一礼して魔王の隣に立って一礼する。
「あとは頼んだぞ。」
「はい、了解した。」
そして魔王はそのまま背を向ける。
「あ、おい!」
「あとのことはそいつに聞け。それでもワタシの優秀な部下だ。これでもワタシは忙しい。では失礼。また会おう、不肖息子よ。」
僕の声は届かずそのまま出ていった。
部屋には少女と僕だけが残される。
気まずい空気が辺りを満たす。
だがそんな空気を感じているのは僕だけのようで少女は近くの窓辺に寄りかかり腕を組んだ。
そしてその黒い瞳で僕の方をじっと見てくる。
「な、なんでしょうか?」
「敬語は不要だ。ボクは魔王に仕える魔女。今はキミの下僕だ。」
「げっ...下僕って!?」
「そうだ。キミの言うことには逆らえないし逆らわない決まりになっている。つまりキミがエロい要求をしてきたとしてもボクに拒否権はないということだ。」
「そ、そんな要求なんてするかっ!?」
つい少女のヒラヒラした服の裾に視線が向いてしまい慌てて視線を逸らす。
「なんだ、それは残念だ。」
少女は本当にそう思っているのかいないのか分からないような無表情で淡々とそう言う。
出会ったときからこの少女はあまり表情が見えない。
「えっと...」
事情を聞こうとしてまだ少女の名前を聞いていなかったことに気づく。
「なんだ?」
「君、名前は?」
「名前...だと?」
そう言って少女は眉を顰める。
「あー...、いや、ほら、君を呼ぶときとか不便だなーって思うし...」
言っている途中でナンパでもしているように思い口篭る。
「名などというものはない。」
「は...?」
名前がない?
「それってどういう...」
「言った通りだ。ボクには名というものがない。ボクは人形。サイコロから創造されたただの人の形をした人形だ。」
「人形...?」
そういえばそんなことを言っていた気がする。
「あの...それって...」
「だからキミが決めろ。ボクの名を。」
「は?」
なにその難易度高いミッション。
「言っただろう?ボクはキミの下僕だ。名などキミが呼びたいように呼べばいい。」
「でも...それは...」
「決めないのなら今日からボクのことは下僕か雌豚とでも呼べばいい。」
「いや、それはダメだろ!?」
羞恥心というものがないのかこの子は!?
っていうかそう呼んだら僕のほうが大ダメージを受ける。社会的に抹殺されてしまう。
「分かった!分かったから!考える!考えます!」
えーっと...名前、名前ね...
じっと少女を見る。
うーん...なんだろう凛々しい中にも可愛さを含んだような見た目で...
「ああ、それでいいじゃないか。」
「それ?」
まだなにも言っていないはずなのに。
「『凛々しい』ってやつだ。」
「...もしかして考えていたこと口に出してた?」
「ああ、思いっきりな。」
「それで『凛々しい』ってのは...」
「ボクの名だ。そのままだと名としては不自然だろうから『リリ』...いや、これだとボクに似合わず可愛らし過ぎるな...」
ブツブツとしばらく何か呟いたあと少女は顔を上げた。
「キミの人間界での名は『優羽』だったな。」
「え?...あー、うん。そうだけど...」
「1字貰ってもいいか?」
1字?
「...いいけど。」
「では『リリハ』というのはどうだ?」
リリハ。
リリハか...
「うん、いいと思うよ。」
可愛らしい感じで...というのは心の中で思うだけで留めておく。
ていうか僕が考える間もなく自分で名前決めたな。
でもまあ、良い名前だとは思うし、もしこれ以上変な名前を付けられても困るから別にいいか。
「では今後ボクのことはリリハと呼ぶがいい。」
そう言って少女ーーーリリハは不敵に笑った。