気高き孤高のソロプレイヤー
校内に授業終了を知らせるベルの音が鳴り響く。
僕はその音を地面に仰向けに寝転んで聞いていた。
もう何度地面に転がったか、なんてことは覚えていない。
服は砂で汚れ、倒れた際に擦りむいた傷がジンジンと痛む。
袖で顔の汗を拭うと大量の砂が付着した。
「あんなの...反則だ...」
明らかに『手を抜いていた』にも関わらず反則的なまでの強さだった。
事実、彼女は魔法を使わなかった。
僕の全身全霊をかけた突進をするりとかわし、ときに投げ飛ばす。
その動きは柔道や空手の技に近い。
「『反則』だなんて人聞きの悪い。私は正々堂々やったわよ。」
そう言いリーゼロッテ・ブリュレは僕を見下ろす。
「それにしても...あなた、『あれ』はなに?あれこそ反則的なまでに理解不能だわ。」
屈んでいた体を起こしリーゼロッテさんは僕の足が向いている方向を指差した。
体を起こすのもなんだか怠くて仰向けに寝転がったままその指の先に視線を向ける。
「あれは...」
そこにはこの演習場を2つに隔てるように天高くそびえ立つ『壁』があった。
こうして上向きに見るとその威圧感が半端じゃない。
まだ僕は自身の『チカラ』さえまともに扱うことが出来ない。
その上、さっきは必死だったのだ。本当はリーゼロッテさんの攻撃を防ぐための手で持てるくらいの小さな盾を生成するつもりだった。
だが創造力が乏しいのか、ほっと息をつく暇さえ与えてくれないリーゼロッテさんの連続的な攻撃から逃げることに必死だったからか『なにか』を間違ってしまったらしく小さな盾の代わりに出てきたのがこれだ。
『あれが何か』なんて聞かれても答えられない。というか出した僕にすら不明だ。
それにこの状況は大変よろしくない。
口外はあまりされていないようだが『物質生成』という魔法を授かることが出来るのは魔王の血を引く者だけ。
つまりその能力は大変稀少らしく同じ授業を受けていた他の生徒は初めて見るその力にパニックになっていた。
今は壁の向こう側で『事情説明』という名の『誤魔化し』を受けているのだろう。
本来ならリーゼロッテさんも向こう側にいるべきはずなのだが...
「おい、リーゼロッテ・ブリュレ。いい加減向こうに行ったらどうだ?」
「いやよ。」
リリハの言葉にリーゼロッテさんは即答した。
「私は能力で人を見る目を変えたりしないわ。向こう側にいる人達と違ってね。それに本人が目の前にいるんだもの。聞きたかったらその時に聞くからいいわ。」
「ふんっ、貴様に話すようなことはない。どうせここにいるのも、向こう側に行って一人惨めに端の方で突っ立っているのが嫌なだけなのだろう?」
「ちっ!違うわよ!!私は誰かを特別扱いなんてしないの!誰とでも平等に接するのが私のモットーなのよ!」
僕から見ればすごく分かりやすいリリハの徴発に真っ赤な顔をしてリーゼロッテさんは反抗した。
「ほほう?だとしたら今こうしてご主人といるのはどうしてだ?それは貴様のいう『特別扱い』に当てはまるのではないか?」
「......ッ!?そ、それは......」
矛盾していることに気づいたのか言いよどむ。口論ではリリハの方が優勢だった。
「こら、敵を作るんじゃありません。」
わざとらしい口調でそう言いよっと体を起こす。
「...ふん、ご主人に救われたな。」
リリハはリーゼロッテさんを一睨みしてぷいっと顔を背けた。
出会ってまだ長く経ってないのにどうしてここまで仲が悪くなれるんだこの2人は...
もしかして逆に相性がいいんじゃないのか?
「ご主人、ボクは次の授業の準備をしてくる。次も場所はここだからご主人はゆっくり休んでてくれ。...あと、暇があるなら次にボクが戻ってくるまでにそっちの奴をボクの目の届かないところに追いやっててくれ。」
リリハはそう言って更衣室のある方へ歩いて行く。
「ふーんだ!さっさとどっかに行っちゃいなさい!」
そう言いリーゼロッテさんはベーッとリリハに向かって舌を出した。
「なんなのかしら!もう!」
分かりやすく怒りをあらわにしてリーゼロッテさんは僕の傍に腰を下ろす。
「そういえば、あなた名前は?」
えっ、今更...?
『お父様に聞いた』って言っていたから名前なんてもう知られているものだとばかり思っていたけど。
「私が聞いていたのは転入生が来るってことまでよ。いくら何でも学生の個人情報なんて立場上教えてくれるわけないわ。」
僕の顔を見て察したのかリーゼロッテさんはそう補足する。
「じゃあ...僕が転入生だって分かったのは...?」
「そんなの見覚えがなかったからに決まってるじゃない。いきなり自分のテリトリーに知らない人がいたらすぐに分かるわ。それに...」
そこで言葉を切り、リーゼロッテさんはあからさまに不機嫌そうな顔をする。
「立方体の魔女が傍にいるんだもの。変装はしているようだけど私にはすぐに分かったわ。」
「リリハってそんなに有名なの?」
「認めたくないけど...実力は本物よ。立場上、嫌でも立方体の魔女の噂は耳に入ってくるわ。...まあ、あそこまで性格が残念だなんてことは知らなかったけどね。ああ、もう!とにかく名前よ!!な・ま・え!!」
そう言い距離をだんだんと詰めてきたリーゼロッテさんに圧倒され若干後ろに退避する。
「ゆ、優羽。」
「オーケー。分かったわユーハ。ところで...」
「?」
「と、とと、ところで...ユーハはお友達が出来たのかしら?まだよね?転入初日だもの!も、もし良かったらわ、わわ、私がお友達になってあげても...いいわよ?」
身を乗り出し顔を赤らめつつじーっと期待のこもったような目でリーゼロッテさんは僕を見る。
「.........」
午前中にフィナと知り合ったことは言わないほうが良さそうだった。
「あ、ああ。そうだね。」
なんと言ったらいいのか分からずそんな曖昧な返事をする。
するとリーゼロッテさんの顔がぱあっと華やいだ。
だがすぐにハッとなりこほんと咳ばらいをしてすまし顔に戻る。
「こ、これも何かの縁だわ。お、おと、お友達に、な、なな、なりますん!」
一番大事なところで噛んだ。
つい笑ってしまいそうになりなるがぎゅっと口を引き締めてこらえる。
真剣で、必死で、今を変えることに一生懸命な彼女を笑うことは許されていいはずがない。
「な、なりましょう!」
そう言いなおしたリーゼロッテさんはぎゅっときつく目を瞑って震える手を僕に差し出した。
僕は土で汚れた手をズボンで綺麗に拭ってーー
「......ッ!!」
「こちらこそよろしく、リーゼロッテさん。」
その手を取った。
「...わ、私のことは『リーゼ』でいいわ。親しい人はそう呼ぶの。」
顔を俯かせて消え入りそうな声でそう言うリーゼロッテさんーーーいや、リーゼに僕はーーー
「分かったよ、リーゼ。」
そう言って微笑んだ。