十席
王立ヴェルリード魔法学校は学問を学ぶだけの学校ではない。
確かに人間界でいう国語や数学、歴史といった授業もあり、その他にも経営や雑学など幅広い授業が展開されており先を見据えた学生生活が送れる。
だが、それとは別にこの学校には『実技演習』といった授業が存在する。
体術や剣術、射撃訓練、対人訓練を初めとする訓練。
その数を挙げればキリがない。
もちろんそれらの授業を受けるどうかは自分で決められるので必要ないと初めから受けない生徒も多いらしいが。
だが、リリハ作の時間割表には『実技演習』に当てはまる全ての授業が当たり前のように全て組み込まれていた。
現在、僕は動きやすい服に着替え『演習場Ⅰ』に来ていた。
他にも僕と同じ様にこの授業を履修しているらしい学生が集まっていたがその数は他の授業に比べると遥かに少ない。
というのもーーー
「それではこれから魔法展開による『攻撃』の訓練をします。各自ペアを組み『相手を殺す気』で打ち込みを行うように!」
太陽の光が差し込む演習場内で僕らの前に立ちそう声を張り上げたのはノエル・スフレット指導員。
魔王直属の国防組織の中でも特に優れた者を集結した第1特殊部隊に所属する攻撃魔法に特化した魔女。入寮した際に案内をしてくれたときを含めればこの人と会うのはこれで2度目だ。
ノエル指導員がそう言ったあと、大体はみんな組む人が決まっているのかすぐに2人組みを作っていく。
当然だがこんな中途半端な時期から参加することになった僕と組む人はいない。
「仕方ないか。じゃあリリハ、僕らも向こうで...」
そうリリハを促し、他の人の邪魔にならないように端に行こうとしたがリリハはついてこようとしない。
「何を言っているんだ?ご主人。」
「なにって...」
「僕はここの生徒ではないぞ?あくまでここにはご主人の付き人としているだけだからな。」
「ええっ!?」
確かにそんなことを言っていたような気もするけど!?
だとしたら僕1人でやれってことになるよね!?
今まで散々人と距離を取ってコミュ障をこじらせていた僕に「余ったから入れてくれない?」なんてことが言えるわけもなく。
このままだとノエル指導員と組むことになって国に認められたその攻撃魔法の餌食になることに......
「そこの貴方。」
うがーっと頭を抱えているとそんな声が聞こえ顔を上げる。
「私の練習に付き合ってもらえないかしら?」
そう言って少女は長い髪をかきあげる。
少し動いただけなのに体操着を押し上げているその豊かな胸がたゆんと揺れた。
キョロキョロと辺りを見回す。
この演習場はもしもの自体に備え安全を考慮して広めに作られている。
その中で他の人達は少し離れたところにいるので傍を見回しても僕とこの少女の他にはリリハしかいない。
どうやら話しかけられたのは僕で間違いなさそうだ。
少女は真っ直ぐに僕を見ていた。
その視線は鋭く怒っているようにも睨みつけているようにも見える。
「聞いているの?それとも聞いている上で敢えて無視しているのかしら?」
「い、いや!?そういうわけじゃ...」
「だったら返事くらいしなさい。」
そう言ってフンっと少女は鼻を鳴らした。
そこでふとその凛とした声には聞き覚えがあるような気がした。
「あなた、ペアがいないのでしょう?私も今日はいないの。せっかくだし腕試しをさせてくれないかしら?転入生の実力がどれほどのものか私とても気になるわ。」
思い出した。
1限目の授業のときに指名されていた子だ。堂々と答えをスラスラ言っていたこととその凛とした声がやけに印象に残っている。
「...今日から入ったこと、知ってたの?」
数え切れないほどの生徒がいる中クラスもないのに転入生を見分けることなんて不可能に近い。
「お父様に聞いていたもの。」
「お父様?」
僕の存在が家庭の話題に上がるほどの話題性に満ちているとは考えられないんだが...
「自己紹介がまだだったわね。私はリーゼロッテ・ブリュレよ。」
「リーゼロッテ...ブリュレ......」
初めて聞いたはずなのになぜだか聞いた覚えがあるような...主に名字の方が......
「リーゼロッテ・ブリュレ。成績は学年トップ。そしてこの学校の『十席』の1人で学長の娘だ。」
リリハが隣からそう説明してくれた。
「『十席』?」
「前に話しただろう?この学校には絶対的権力者を決める大会があると。その大会の中でTOP10入りした者には順位に応じた『席』が与えられる。」
「あら?よく知っているのね。『立方体の魔女』さん?」
「敵地に赴く前に下調べをするのは基礎中の基礎だからな。『学生くん』?」
バチっと火花が2人の間で散ったような気がした。
「まあ、いいわ。今日は魔女さんじゃなくてあなたに用があるのだから。」
「そう言われても僕はまだ魔法はあまり使えないんだけど...」
「それでもいいわよ。所詮ペアを組む相手がいない...こほん。ただの暇つぶしでしかないわ。誰とやろうとも私が負けることはないもの。」
もしかして実力が逆にありすぎて誰ともペアが組めないから同じようにダブっていた僕に目をつけたって理由もあるのかも...というような余計な詮索はしないようにする。
「とにかく!私と組むのよ!いいわね!?」
何かを誤魔化すように赤らめた顔を背けた彼女に僕は首を縦に振った。