今日から始まる学生生活
3人分の足音が静かな廊下に響く。
僕、リリハ、そしてーーー
「あまり気を張らなくても大丈夫ですよ。あなたは一生徒としてここに入るのですから。『ただの』普通の魔法使い見習いとして、ね。」
「は、はい。」
パリッとスーツを着こなすこの女性の名はノエル・スフレット。
この学校ーーー『王立ヴェルリード魔法学校』の指導員だ。
また、外部からの攻撃から国を守る現役の第1特殊部隊としても活動しているらしい攻撃魔法に精通した魔女でもあるらしい。
この学校にはクラス制度というものがない。
いわゆる単位制で各人で自身に必要な系統の授業を取り、将来有望な人材に育て上げる。
それがこの学校の方針なようだ。
クラスがあったのなら人間関係の構築も楽に行われたのだろうが...
まあそれは仕方がない。
これから少しずつ知り合いを増やして僕の考えに賛同してくれる者を集めればいいさ。
「着きました。」
西洋風の大きな建物の前に止まりノエル指導員はこちらを振り向いた。
「ここが今日からあなたが入る学生寮です。」
「ここが...」
僕は今日からこの寮に入る。魔王の子としてではない。ただの一般の魔法使い見習いとして。
あの城にはいたくなかったのだ。それに僕のこれからしようとしていることに支障が出る。あの城にいる者は皆、僕とは正反対の考えを持っているのだから。
中に入りエレベーターに乗り込む。
そして目的の階に到着し、そこから歩いて1番奥の扉の前でノエル指導員は止まった。
そして1冊の本と鍵を差し出す。
「これが寮の規則等が書いたマニュアルと部屋の鍵になります。よく読み込んで置くように。その他、制服等は既に部屋に届いているので確認してください。授業の履修届は要項をよく読んで明日までに届け出るように。なにか質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。」
「わかりました。分からないことがあったら指導員まで問い合せてください。では。」
一礼してノエル指導員は元来た道を引き返していった。
「...せっかく魔法があるなら瞬間移動でもすればいいのにな。」
魔王がその場で一瞬にして消えて見せたように。
「ああ、それは......」
リリ八が何かを言いかけたが僕がちょうどそのときに扉を開けたせいでその続きは聞き取れない。
リリハは「まあ、いいか。」と言って部屋に入った。
小さいキッチン、浴室とトイレ。そして奥には十畳ほどの部屋が1つ。
「思ったよりは広いかも...」
「いや、ご主人。2人でこの広さは狭いだろう。このあと家具や他に必要な物が届いたらもっと狭くなるしな。」
元々1人部屋用なので既に備え付けられた家具は勉強机とベッドが1つずつ。
ん...? 2人で...?
「...リリハ。」
「なんだ?」
「もしかしてだけど...リリハはどこに住む気でいる?」
「無論、この部屋だ。」
うん、だと思った。
つまりあれだろ?この部屋にリリハは住む。そして僕に割り当てられたのもこの部屋。もしここに住めないのなら野宿するしかない。
つまり...うん、アウトだよね!
「えと、...リリハはいいの?...その、僕と一緒で?」
おずおずとそう言うとリリハはキョトンと首を傾げた。
「別に同じ部屋に寝泊まりするだけだろう?言っただろう?僕はご主人の世話係兼護衛だ。なるべく離れない方がいい。それにご主人がヘタレなのは分かっているさ。」
信頼しきってるのかバカにしているのか反応に困ることを言われた。
まあ、冗談だと分かってるから怒るとかはないけど。それに元々僕もリリハに変なことをする気は全くなかったわけだし。まあ、信頼されているということにしておこう。
「とりあえず、ベッド1つはまずいよな...よし、練習も兼ねていっちょやりますか!」
同じベッドをもう1つ創り出そう。せっかく力があるのだから。
リリハに言われたことを思い出す。
大事なのはイメージ。
今回はちょっと自信がある。目の前に見本があるからな。
両手を前に出し力を1つに束ねるように......
「ご主人っ!?」
集中しているからかリリハの慌てたような声が遠くから聞こえる。
淡い光が現れる。そしてその光が1つにーーーーーー
ならなかった。
「え?」
そして光が分散していき次第に消えた。
イメージはちゃんと出来てたはずだ。
なのに...なんで......
「あ...れ?」
なぜだか急に体が重くなったような感覚がして堪らずその場に座り込む。
風邪をひいたときみたいに頭がガンガンとなり、気だるい。
「すまない、ご主人。先に言っておくべきだったな。この寮内では一切の魔法を使うことは出来ないんだ。結界によってな。」
「けっ...かい?」
「その建物全体に張り巡らされているんだ。理由は主に2つ。1つは外部からの襲撃に備えるため。そしてもう1つは寮生による私闘を禁じるためだ。魔法を発動させればその力は瞬時に分散され行き場をなくしたエネルギーが体内に蓄積され体に負荷がかかる。今のご主人のようにな。」
そんなのもっと早く言って欲しかった!
...って、まあそれは自分勝手か。マニュアルの確認もせず勝手に魔法を使おうとしたのは僕だ。単なる自業自得。
気だるい体をなんとか起こそうと立ち上がったが力が入らず傍にあったベッドに倒れ込んだ。
「しばらく休めば治る。今日は特にすることもないからな。夕方になったら起こしてやるからそれまでゆっくり休むといい。書類や授業の履修届はボクがやっておくさ。」
ありがとう、リリハ。
だんだんと眠気を感じ僕はそのまま目を閉じた。