僕の創った幸せだったカタチ
自分で言うのもなんだが僕は自分が世界で1番幸せな男だと思っている。
というのも...
「う〜ん!本当にここのジェラートは美味し〜!ね?優羽!!」
隣に座った少女はジェラートを頬張りながらニコニコと笑う。
「ああ、そうだな。」
普段は学校の男女を惹き付けているこの笑顔は今この瞬間は僕だけのもの。
だがこの時間は永遠に続くものではないと僕は理解している。
学校が終わって日が沈むまでのこの短い時間、帰り道の途中にある河川敷へと下りる階段。
そこに座って沈み行く夕日を眺めるこの時間は俺の最近のお気に入りの時間だ。
なんと夏の暑い日、不定期的に移動販売のアイスが買えるというので休むにはぴったりの場所なのだ。
やっと手に入れた小さな幸せ。
僕は平凡なただの学生だ。
もちろん『平凡』というのは悪い意味で。
何もこれといって人より秀でたものも無く、生まれ持った才能なんてものももちろんない。
良くいえば周りと同じで周りに馴染んだ人間。本来ならそれは別に悪いことでもないのだろうが僕の場合そうではない。
僕には三つ年上の兄がいる。
義理の、血の繋がっていない、母親違いの兄が。
僕の母さんは僕の父さんにとって本当の妻ではなく愛人なのだと後から聞いた。
まあ、それは今はもういい。
それよりもボクが1番頭を悩ませられたのは兄の方だ。
僕が悪い意味で平凡なのに対してその兄というのが周りの人間より遥かに出来がいい。
現役で日本で最難関の学校に受かり、今は華の大学生活を送っているのだろう。
でもまあ、そんなこと僕には関係ない。
だが母からしてみれば自分とは違う女の間に出来たその兄はお気に召さないらしく、その兄以上になるということを強要してきた。
昔から高い授業料を払って塾に行かされたのも、様々な習いごとをさせられたのもそれが原因だ。
だが、小学校と中学校ずっと習い事を続けていたにも関わらず全く努力が実らなかったのでついに母も諦めた。
俺は見放されたのだ。
実の母親にも、実の父親にも。
結局高校は地元の普通科高校に進学。
やっとの事で開放された縛られた生活。
そしてやっとの事で手に入れた普通の、周りと同じ、自由な時間。
そして2年もの片想いの末出来た可愛い彼女...
嘘じゃない。現実なんだ。
この冷たいジェラートのように確かな現実味を持っている。
『でもそれは本当に現実で、リアルで、本当の本物なのか?』
「...っ!?」
突然聞こえてきたそんな声に体を震わせる。
聞き間違い...だよな?
でもハッキリとした確かな声...
周りを見回しても誰もいない。
だったら今のは...
「優羽?どうしたの?」
「...いや、何も...」
『酷いなぁ。ボクはずっとキミの側にいるってのに。』
「...っ!?誰だっ!!」
今度はさっきよりもハッキリと聞こえた。
立ち上がって辺りを見回す。
そこで川の方向、その上空にサイコロのような形をした立方体が浮かんでいるのを見つけた。
「優羽...?」
「え...?いや、あれだよ!あの上に浮かんでいるやつ!!絶対変だろ!」
「あれ...?」
気づいていない...?
どういうことだ?僕にはこんなにもハッキリとあの異質な物体が見えているというのに...
『そりゃあ、そうだよ。ボクはキミを...キミだけをずっと見ていたんだから。』
「だ...誰だよ!?誰だ!!」
そう叫んだ瞬間その立方体は形を歪めた。
そしてみるみるうちにその形を変え人の形を模していく。
「やあ、はじめまして...とでも言うべきか?ボクは魔女さ。」
パッツンの前髪腰より長い黒髪、そしてその髪とは対照的に真っ白で透明感を持った肌。
細い肢体を覆う赤と黒のチェックのワンピース。頭に乗った小さなシルクハット。
そんな現実離れした美しさを持つ少女が浮かんでいた、空の上に。
「魔女...?」
何を言ってるんだ?あいつは...
だが空に浮かんだ少女のその存在が『現実だ、受け入れろ』と僕の脳に囁く。
「そう、キミと同じね。」
「同じって...何言ってんだよ!?意味わかんねぇ!」
「え...?ちょ、ちょっと優羽?突然叫んでどうしたの?」
「なんで気づいてないんだ?ほら、あそこ。あの女の子!」
「え...?女の子?ちょっと何言ってんの?優羽?」
「なんで!なんで見えてないんだよ!?」
あまりの異常な光景を目の当たりにし冷静さなど完全になくなる。
「信じてくれ!?本当なんだ!なんで見えてないんだよ!?」
「そ...」
そこで僕はハッとした。
信じてもらいたい一心で肩を掴み切迫した顔を近づけて自分勝手に喚く。
その結果彼女は唇を震わせ、顔を困惑と突然豹変した僕を見て恐怖に染めている。
「そんなの...わかんないよ...」
「...っ!!ち...違うんだ!追い詰めるような気は全然なくって...」
そんな言い訳をしてももう遅いということは表情を見れば嫌でも伝わって来た。
「ご、ごめん。ごめんね...。...今日はもう帰るから...。じゃあ、また...ね...」
そう言って彼女は立ち去った。
去り際に目にキラキラ光らせるものが見える。
その意味も尋ねることが出来ずその姿は夕日に溶けていった。
「...なんで...」
僕はただやっとの事で手に入れた小さな幸せをずっと感じていたかっただけなのに...
なにか悪いことをしたという訳でもないのに...
どうして...
「おや?何か言いたげな顔じゃないか。でも悪いね。ボクはただキミを迎えに来ただけの使者なんだ。残念ながらそんなに時間は取ってあげられない。でもせっかくの同士のよしみだ。一言ならどうぞ?」
いきなり現れて何を意味不明なことを...
「......てくれよ...」
「ん?なんだい?」
心の中を何か黒いものが満たす。
頭がおかしくなる。
だいたいこの少女が...この少女が現れたせいで...
僕の...苦労して...嫌な暮らしに耐えきって手に入れた幸せが...
僕の今の願いはただ1つ。
その願いを...怒りを...少女にぶつけるため大きく空気を吸い込み叫んだ。
ただ行き場を失った怒りに任せて。
「消えてくれよっ!!今すぐ!ここから!お前が誰かは知らない!!だから...だから僕の幸せを返してくれよ!」
「ふっ、言ったね?今キミはハッキリと口に出して。「消えろ」と言ったね?」
少女は怒る訳でもなく、軽べつする訳でもなくただニヤリと笑って僕の想像の斜め上の反応をした。
「ど、どういうことだよ。」
そう言った瞬間だった。
夕日に照らされ明るかった景色が瞬時に真っ暗に染まったのは。
「な...なんだ...!?」
目の前に流れる川も、ジョギングをしていたおばさんも、犬の散歩をしていた少年も、辺りを照らす夕日さえも...その姿を一瞬にして消した。
暗闇の中にいるのは僕と少女だけ。
「何を...何をしたんだ!?」
「何を?ふっ...ボクは何もしてないさ。」
「そんな訳ないだろ!?何もしてないでこんな意味わかんないことが起こるわけないじゃないか!?」
「ボクは何もしていないと言っているだろう?そう、ボクは何もしていない。この世界を作り出したのはキミのほうさ。睦月...優羽。いや、ここは魔王とでも言っておこうか?」
「ま、魔王?なに...言ってんだ?」
あまりにも現実離れしすぎていて思考が全くついていかない。
「ふっ...哀れなものだな。たかが人間という名の人形に情を入れすぎるからそこまで心が馬鹿になるんだ。」
そう言って少女は下に降り立った。
少女はとても小さかった。
身長は恐らく140センチほど。もしかしたらそれよりも低いかもしれない。
その可愛らしい容姿とは対照的なその傲慢で上から目線な態度はミスマッチに感じた。
「なんだ?ジロジロと見て。失礼な魔王様だな。ふっ、まあいい。生憎ボクはそういう視線には慣れている。」
「そういうんじゃない!だいたいなんだよ!?魔王とか人形だとかって!」
「まだ思い出せないのか?だったら面倒だが仕方ない。ボクが説明してやろう。心して聞け。」
そして腰に手を当てた少女は冷たい視線を向けながら言った。
僕が聞きたくない言葉を。
僕の悪夢の始まりの言葉を。
「キミはボクの世界の魔王だ。いや、正確には魔王候補だ...とでも言うべきか?」
「ま、魔王候補...?お、お前いったいなに言って...」
「キミが先ほどまで過ごしていた世界はキミが創造したもの。もちろん、キミが先ほど一緒にいた人間を模した人形もな。」
プツンと僕の中で何かが切れた。
そして甦ってくる。
あの日の...この世界が、いや、僕が元々いた世界が滅びたあの日のことが。
「...僕...は...」
突然頭に甦ってきた過去の記憶のせいか頭が酷く重い。
視界もどんどん暗くなっていく。
「ようやくか。それでは行こうか。」
この急展開が読めない。あまりにも多すぎる情報量についていけていない。頭も何かで殴られたかのようにグラグラする。
「行くって...どこに...」
少女は不敵に笑って髪をかきあげた。
「世界を滅ぼしにさ。」
そこで僕の意識は完全に切れた。
5作品目です。
スローペースで投稿する予定です。
この異能力もののジャンルは初めて書きます。
拙い表現等があるかも知れませんが読んでいただけると幸いです。