4 勝負師の母親
その少女は愛情が欲しかった。
だから、月に一度、会えるかどうかわからない、父親の言い付けには必ず従っていたし、父親の言いなりになっているだけの、母親が言うことにも素直に従った。
そうすれば、いつか自分の事を抱きしめて、愛してると、言ってもらえるかも知れない、と思っていたからだ。
どの位、そう期待し続けて、生きていたのか。
本人が気づかぬ、虚しい日々は、両親が離婚することで、終わりを告げた。
結論から言うと、その少女は一人で生きていくことになった。
父親はまるで自分の子供の事に興味がなく、親としての義務を軽く放棄し、姿を消した。
母親は父親と離婚が決まった時に失踪した。
そうして、齢15歳の少女は、遂に愛情を両親から注がれること無く、自立を迫られた。
傷心を抱えながらも、少女は仕事を探す。
当然と言うべきか、世界は優しくなく、少女がなることができる職は多くなかった。
生きていくために、なることが出来る職業は、奴隷か娼婦しか無かった。
そんな状況になっても、いや、そんな状況になったからこそ、少女は愛を求め続けた。
両親から得られる事のなかった、不確かな物。
いつか得られることを夢見て、少女は娼婦に身を落とした。
奴隷にならなかった事には理由がある。
奴隷とは、物だ。人ではない。ごく一部の特殊な人間を除けば、奴隷に愛情を向ける人間など居ない。
故に、人間として生きていける娼婦を選んだ。
人間であれば、愛をいつか得られると信じて。
少女は献身的に客に身を尽くした。
若く、未成熟ながらも、しっかりと女性を感じるその身体。
理性的な瞳に、汚れを知らない様な清純な風貌。
加えて、その献身に、彼女の人気は忽ちに上昇した。
だが、いくら尽くしても。
どれほど、求めに応えても。
その少女が求める愛情を得ることは無かった。
どれくらいの時が流れたか。
少なくとも、少女と呼べる事はなくなった頃。
その女は絶望を感じていた。
子供を、身籠ったのである。
気づいた時は既に、子供を堕ろすには子供だけではなく、自身の命を賭けなければならない状態で。
その事を、医者から聞いた時、彼女は絶望した。
「これで、私は、もう愛情を得ることは出来ない」
医者には出産までの間、行為を控えるように言われたし。
控えることは当然、仕事が出来ないということを指し。
仕事から愛を探し求めた彼女にとっては、受け入れがたい現実だった。
子供を産んだ女に娼婦としての価値はあるのだろうか。
彼女の人気は未だ絶大で、そんな人気だったからこそ、子供が出来たことの噂が広まるのは早かった。
誰一人として、彼女を相手に選ぶものが居なくなり、声すらかけられなくなった彼女は絶望を加速させる。
一人、何するわけでもなく、ただぼーっと家に居る毎日。
何度か、自身の命を断つ事も頭を掠めていたが、今、死んでしまえば、自分は愛を知らぬまま終わるという事実が、かろうじて彼女を現世に留まらせた。
「子供が生まれたら、この子は孤児院に預けて、違う街に行こう」
そう、心に決めて、彼女は出産を待った。
だが、不思議な事に、お腹が目立つようになると、彼女は一つ一つの行動が慎重になった。
お腹を何処かにぶつけないように、重心が変わり、転びやすくなった為、常に手すりを求めるようになった。
幸いにして、彼女は今まで散財をしなかった為、お金には余裕があった。
自分の家に、簡易的な手すりを設置したりと、彼女は子供を守るための環境を作っていく。
そういた行動に、彼女は自分で疑問に感じていた。
なぜ、こんな事をするんだろうか。そう言った行動を取る度に頭に過る疑問。
そうした疑問を浮かべながらも、手は自分のお腹を撫でていて。
その手に気づく度、より一層の疑問が彼女を襲う。
それは、母性本能というもので、女であれば誰しもが持っている本能であるという事に気づくのはまだ少し先で。
出産の予定日が近づき、お腹の子が自分のお腹を蹴る感触に、知らず、笑顔を浮かべていたり。
お腹が、どんどん重くなっていく事に、理解し難い、感情を覚えたり。
全てが彼女の疑問だった。
だが、その疑問は、出産によって解決される。
「おぎゃー、おぎゃー!」
「無事、生まれましたよ、元気な男の子です」
「はぁ……はぁ、は……おと、こ、の子……?」
「ええ、珠のような可愛らしい子です」
子が、産湯につけられている姿を、疲れ切った身体を押して、伺う。
「あぁ……なんて、可愛い……」
「よし……さぁ、抱いてやりなさい」
お包みに包まれた我が子を助産師から受け取り、そっと胸に抱く。
その時、彼女の今まで疑問は氷解した。
「あぁ……私は、この子を愛している」
今の今まで、姿すら見られなかったこの小さな存在を。
自分の身体に居るときから、知らず、愛していたのだ。
「名前はもう、決めているのですか?」
「いえ……」
そうだ、名前だ。
愛しいこの子に、名前をつけてあげなければ。
「……フェイト」
「フェイト?」
「ええ、そう、貴方はフェイト」
この出会いは運命だ。
愛を知らず生きて来た私は、この子に愛が何であるかを教えられる、運命だったのだ。
「フェイト、はじめまして、私はアイリ、貴方のお母さんですよ」
「おぎゃー、おぎゃー!」
そう、愛とは与えるものだ、と理解できた。
ならば私は、この子に持てる限りの愛を与えよう。
私は、この子から、今、与えられたのだから。




