3 勝負師の女神
「目を、覚ましましょうか」
あー……一体なんだってんだ?
俺、銃に撃たれたんじゃねぇのか? 心臓一発。いやはやお見事。
「はい、貴方は死んでいますよ」
あぁ、そうかい。
なら、目を覚ましちゃダメだろう?
「いえいえ、起きて頂かなければ、困ります」
知らねぇなぁ、死者に口なし、目を覚ますこともなけりゃ、喋ることもねぇんだぜ?
「いえ、ですから、此処は死んだ者が目を覚ます所ですので」
ほうほう、って事はここが地獄かい?
「いえ、地獄ではありません」
へぇ? まさか、この俺が天国に行けたとは。
そりゃあ、意外だな。
「天国でもなく……」
なんだなんだ? 全く要領を得ない話だな?
仕方ねぇ、起きるとするか。
「はい、おはようございます」
「あぁ、おはようさん……って、えらい美人さんだな?」
目の前に映るのは飛び切りの美人。
所謂、天使の羽が背中から覗いている。
金髪の綺麗な髪と、白いドレスの様な服が眩しい。
俺がもうちょい若けりゃ、口説いていただろうな。
「んで、アンタみたいな美人が、こんなジジィに何の様だい?」
「び、美人……」
おいおい、何をクネクネしてるんだ?
まさか照れてる訳じゃ……いや、照れてるんだなこりゃ。
顔を真赤にしながら、両手で頬に手をあてて、イヤンイヤンと頭を振っている。
「あー……なんだ、いいから帰ってきなさいな」
「……っは!」
コホン、と目の前の美人は咳払いを一つ。
「貴方は死にました」
「おう、死んだぜ?」
「名も無いままに」
「おう、名前って何だっけか?」
「ですので、名を与えたいと思います」
「おう、くれるって言うならもらっとくぜ」
なんだ、名前をくれるのか。
え、今更か? 死んだ後に名前って貰うものなのか?
「はい、貴方に与える名はフェイト。運命の意味を冠する名前です」
「ふぇいとぉ? ……なんだか漫画っぽい名前だ」
つか、運命を冠するとか……なんだなんだ、これは夢か?
まさか死んだ後に、俺の夢や希望に満ち溢れ過ぎた時期でもやってきたか?
「名を持つ、というのは、新たなる生の誕生という事」
「はぁ」
「貴方には、新たな生を持ち、新たな世界で生きて頂きます」
「……はぁ?」
新たな生? 新たな世界?
だー……そういうのは、もっと違う人間に話を持っていくべきだろう。
「生憎だが、天使さんよ、俺にはそういうのは合わねぇ、別の人間にあたってくれ」
「……無念、と、思われていませんでしたか?」
む……。
「貴方は確かに死の間際、無念と思われたはずです」
「……まぁ、そりゃあな」
死んだ後になって、というのも変な話だが。
俺は確かに無念だったのだろう、爺さんがどうだったかはわからないが。
俺は何も残せなかった訳だから。
子供も、得た財産も、何一つ、何に対しても、俺という存在は受け継がれなかった。
「そう、貴方の残した物は何もない、名すら持たない貴方は、あの世界に何も残っていない」
「……」
「だからこそ、貴方は無念と感じた、ならば」
再び、目の前の天使は咳払いを一つ。
「新たな世界で、何かを残しませんか?」
……さて、どうやら俺は、チャンス、と言うものを与えられているらしい。
名前も無い、家族も居ない、まさに何もなかった俺に、何かを残せと。
「……つか、天使さんよ、俺がここで断った場合はどうなるんだ?」
「どうもありませんよ、再び輪廻の環を潜り、新たなる生になるだけです」
「へぇ? 今と何が違うってんだい?」
「貴方が、貴方のまま、新たなる生になるかどうかの違いです」
「俺が、俺のまま?」
「はい、今、ここでフェイトとして生まれるのであれば、貴方の経験や知識、培ってきたものそのままに、生まれることになります」
なんつー……。要するに、60歳の俺が持つ技能、全てをそのままって事か。
何だそれ、要するに、イカサマじゃねぇか。
「あー……天使さんよ、やっぱり、俺には、ちぃと難しいな」
「どうして、でしょうか?」
「イカサマ……いや、そういうズル、見てぇなもんは、俺の性に合わねぇ」
「……」
「ワリィな、気持ちだけ受け取って、次を待つことにするよ」
悪い気はしないし、ありがてぇ。
だが、自分のままでってのはやっぱり無理だ。
つか、新しい命? 生? そういうもんはまっさらな状態からが良いだろう。
「……あぁ! ご説明していませんでしたね!」
「んあ?」
天使さんは、手をぽんっと叩きながら、忘れてましたーと笑いながら言う。
「フェイトとして生きる世界には、スキルと言うものがあります」
「技術……って事かい?」
「その通りです、その世界では、一人に一つ、その人だけの特殊な技術が与えられるのです」
「へぇ? ……で、それがどうしたってんだい?」
「貴方が転生、新たなる命として生まれなければ、器である命は何もスキルを持たないことになります」
「あぁん?」
「いやぁ、貴方に生まれて貰わなければその子は、その世界初、スキルを持たない子として……」
「……どうなるってんだ?」
「迫害、されちゃいますねぇ」
おーい……。
いやなんだ、これは、要するに。
「人質、でも取ってるってのか」
「いえいえ、お言葉が悪いですよ? ただ私もですね、こう、断られるとは思ってなかったもので、ですね?」
「はぁ……天使じゃなくて、悪魔だったか」
「失礼な、天使でも悪魔でもありません、私は女神。スキルを与える女神です」
なら、俺が生まれ変わらなくても、与えてやれよ……。
なんて気持ちで天使、もとい、女神をじとーっと見てみるが。
「あははー」
と、ごまかすように笑うだけだ。
はぁ、やれやれ……。
「わかったわかった、俺の負けだよ、女神さん」
「それは良かったです」
にっこりと女神さんは笑う。
ま、その笑顔に免じて今回だけは譲るとするか。
この性に合わないってのも、新しく生まれるなら、曲げても良いのかもしれない。
「では、早速、生まれる事にしましょうか!」
「あん? えらく、急だな……説明とかねぇもんか?」
「大丈夫ですよ、習うより慣れろ、です」
「左様か……」
がっくりと、肩を大げさに落としてみるが、目の前の女神さんはニコニコと笑うだけだ。
溜息の一つでもついてみようか?
なんて、思っていたら、自分の身体が透けてきた。
「おい、女神さんよ」
「大丈夫ですよ、安心して下さい」
そう言われたと思ったら、自分の意識がどんどん無くなってきた。
「安心して下さい、すぐに、会えますから」
女神が何か言った時、俺の意識は、既に無く。
何処か遠くから、赤ん坊の鳴き声が聞こえたような気がした。




