1 勝負師の奪還
「レイズ……チップ10枚。さて、貴方の番だ」
「むぅ……」
自分の手札を伏せて、相手にそう促す。
相手の小太り親父は、困ったように積まれたチップと自分の手札に視線を右往左往させている。
だが、やがて意を決したのか。
「コール……! そして二枚、貰おうか!」
「……」
卓についているディーラーが小太りに2枚渡す。
その配られたカードを見て。
「ほう……」
と、顔を緩める。
バカだな、顔に出すなんて……。やはり、素人か。
「良いカードでも得られましたか?」
「ふふ……それを言ってしまってはダメだろう?」
小太りは、にやけながらそう話す。
はぁ、だから、顔は口程に物を言うんだぞ?
やれやれ、まぁ、稼がせてもらいますかね。
「では、私も受けましょう、ただし、レイズ……100枚です」
「な……!?」
おいおい、動揺しすぎだぞ? ルールでは100枚までレイズ可能なんだ、ルールの範囲内だぜ?
それに、良いカード、来たんじゃないのか?
「っく……流石、リスクテイカー、と言う訳か……」
「さて? だからと言って、無敗と言うわけでもありませんよ?」
「うむむ……」
やれやれ、こっちはまだ、遊びのつもりなんだがな。
いや、まぁこれからの運試し……、か。
前哨戦に過ぎない、別に俺は勝っても負けても良いんだが……。
しょうがない、少し背中を押してやるか。
「貴方には降りる権利だってある、怖いと思ったら、降りる事も大切なことです」
「……言うねぇ? 私如きでは、君には至らないと?」
「……そういう訳ではありません、ですが私なら……この場は降りるでしょうね?」
あぁ、そう受け取ってしまったか。
なら、俺は、彼に挑戦的な笑みを浮かべるとしよう。
「……っく! 良いだろう、勝負だ!」
二人の手札が場に広げられる。
小太りの手札は……ダイヤの2が二枚、クローバーの9が三枚、要するに、フルハウス。
そして俺の手札は……。
「……ハートのエースが4枚……フォーカード……だと……?」
「言ったでしょう?私なら、降りる……と」
フォーカードはチップ10倍、そして今積み上げられてるチップは250枚……。
「では、チップを頂きましょうか……?」
「イカサマだ! そうだ、イカサマに違いない!!」
言って、小太りはこちらに背を向けて走り出す。
やれやれ、そう思ってもいないだろう?
まぁ、逃げたくなる気持ちも分かるがな?
周りの客を押し退けながら必死に逃げる姿は、醜い上に……哀れだぜ?
「お客様!?」
「いい、任せろ」
慌てて取り押さえに向かおうとしたディーラーを軽く静止し。
『判定』
と、心の中で唱える。
ふむ、俺がアイツの頭に、この手に持ったコップを当てて、倒す確率は……、なんだ、10か。
造作も無いな。
『成否』
心で唱え手に現れた、二つのダイスをその場に振る。
そしてそのダイスの目を確認することもせず、俺はコップをアイツの頭目掛けて投げつける。
「なぁ!?」
ガシャン!とコップの割れる音が鳴ると共に、小太りのおっさんはその場に倒れる。
「やれやれ、ディーラーさんよ、後は頼むぜ?」
「は……はい!」
慌てなくても良いって、ありゃ、ちとヤバメな当たり方だ。
ま、どの道……
「あのおっさんは、ヤバイ目に合うか……」
ちらっと振ったダイスに目を向ける。
ダイスの目は6と6。判定10をクリアし、クリティカルを示す値。
「なーむー……」
合掌、いやここは敬礼でもした方がいいか?
まぁどうでも良いか。
「……」
カジノの2階を見つめる。
そこには所謂VIPルーム。今日、俺の目当てがそこにいる、はず。
今の相手は目当てが来るまでの暇つぶし、時間つぶし。
そして今から、俺は人を潰しに行く。
「お客様、お待たせしました、お手数おかけしまして申し訳ありません」
「いや、ごくろーさん。大丈夫だったか?」
「はい、お陰様で……それと、こちら、先程の取り分になります」
「おう、ありがとよ」
チップを受け取る。
千枚を示すゴールドコイン2枚に百枚を示すシルバーコイン5枚。
それを確認し、チップホルダーへと入れる。
「……なぁ、ディーラーさんよ」
「はい、どうされましたか?」
「オーナー……ぼちぼち来てるかい?」
「え、あ、はい、確認します……少々お待ち下さい」
あぁ、逃げてくれるなよ?
ようやく……と、言うほど時間も経ってねぇが……。
奪われたもん、今、奪い返してやるからよ。
「お客様、オーナーは先程来られたそうです」
「そか、ありがとよ」
そうかい、来てるかい、来てしまったかい。
ならば今日が……
「てめぇのお終いだ……!」
手をぐっと握る。
そして俺は、オーナーが居るVIPルームへと歩を進める。
思えば、随分と面白い人生だ。
何が面白いって? そりゃ面白いさ。
アレだけ何にも思わず、言われるがままに、相手を破滅させてきた俺が。
今、こんなにも熱い思いを抱いて、相手の破滅を願うなんて。
「あっちの世界に生きてた頃からじゃ……今の俺は、到底想像もつかねぇな」
あっちに生きてた頃だったら、なんて思っていただろうな?
逆に、今からじゃあの頃の俺なんて、想像もつかねぇや。
そんだけ、変わっちまった……いや、変えられたんだろうな。
「なぁ……? ドジ女神? 今も見てるのかい?」
そう言っても、誰かの返事はない。
俺に、二度目の人生を与えた女神。
ヤツには感謝している。俺に、家族の温かさってもんを知る機会を与えてくれた。
家族ってやつは、良いもんだ。
だからこそ……。
「……ふぅ」
深呼吸を一つ。
目の前にはVIPルームの扉。
溜め込んだゴールドコインを扉の入り口にある仕掛けに嵌め込む。
1、2……10枚。
嵌め込んだコインが中に吸い込まれるように消え、代わりに出てきたのは一枚のカード。
「これが……鍵、って事かい」
見れば、ドアの横にカードの差込口がある。
手に入れたカードを差込口に入れると、鍵が解錠された音。
「よし……」
両開きのドアを開ける。
中は思ったほど、広くはなく、ポーカー台が3台と壁際にスロットマシンが何台か。
まだ、どうやらVIPの客は来ていないらしく、人影は見当たらない。
ただ、一つを除いて。
「……こりゃ、驚いた……よく来たな? フェイト」
「あぁ、久しぶりだな……会いたくなかったぜ? クソ親父」
ドアの真正面奥、豪華なイスに座りながら、こちらを面白そうに、にやにやと、ムカつく笑みを浮かべながら視線を向けるクソ親父。
「んで? わざわざ俺のカジノに来てまで何の用だ? ここはガキの来るところじゃねぇぞ?」
「はっ! んなもん決まってるだろ?」
たっぷりの憎しみを目に込めて、クソ親父を睨みつけ、指を突きつける。
「ルルと母さん……返してもらうぞ!」
「ククク……人に指差すなんて、悪い子だな……フェイト?」
「てめぇにそんな事言われる覚えはねぇよ、クソ親父」
「あぁ、そうだな? お前には、何も……教育してねぇもんなぁ!?」
その通りだよ、クソ親父。
てめぇには、何も教わってねぇし、育てられた覚えもねぇ。
だからこそ、そう、だからこそ。
「てめぇの全て……ここで奪ってやる!」
今、最初で最後の、親子喧嘩を、始めるとしよう。