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俺、誘拐される

 俺……いや、正しくは、俺を搭載した自転車が少年の所有物になって3ヵ月が経過した。


 いやまいった。ヒョロヒョロでインドア派にしか見えなかった中学生なりたての少年は、その風貌を見事に裏切り、日々俺を酷使していた。


 自転車の買い替え時は、体に対してサイズが合わなくなったとき、あるいは、衝突してフレームが歪んだ時、サビまみれになったり等など、理由はさまざまだ。


 縁石や電柱部何度もぶつかれば、金属パイプのフレームは容易にゆがんでしまう。それはもろくなった証明で、そのまま使い続ければ大事故につながりかねない。ぶつかる原因は夜間の無灯火走行、脇見運転等などの危険運転だ。


 この少年はそのへんきっちりしている。きちんと道路交通法に則って車道の左側を走行しているし……結構な速度で。この少年は将来何になるつもりなのだろう。競輪選手にでもなるつもりなのだろうか。




 さらに半年後、少年の体はかつてのもやしのような風貌を捨て去った、健康的な筋肉のついた体に変わっていた。肩幅も広がり、少年というよりは若者という表現のほうがしっくりくるようだろう。

大差はないだろうが。




 少年は俺を使い、休日の定番である図書館へと向かった。


 自転車置き場に並べられ、鎖に南京錠というワイルドなストッパーを施される。まだ朝っぱらの10時前だ。夕刻5時まではこのまま。




 なんだかなぁ。




 自転車置き場に疎らに駐輪されている自転車を見渡す。放置されてそのままサドルやハンドルが砂埃にまみれたのが数台隅っこにある他、ぽつぽつとある程度だ。昨日雪降ったしなぁ。俺には分からないが、それもあって気温が低いんだろう。


 子供は風の子とはもう過去のことで、今風に言えば子供はコタツ虫ってところだろうか、好き好んで外を駆け回ろうとはしないのだろう。……まあ、俺の持ち主は自分の家を家と思っていないからな。落ち着けて、かつ邪魔が入らない静かな場所がここしかないのだろう。


 俺はどうしようかね。瞑想でもするか?それともフィボナッチ数を数えるか?円周率の計算でもするか?素数は……数えるまでもなく落ち着いているから不要か。一人しりとりもつまらんし……自分の脳みそだけでやれることが限定されすぎて辛い。




 ……ん?




 誰かが近づいて来る。


 でっぷりと太った不健康極まりない男だ。見るからに風呂に入っていない風貌である。うちの少年だって風呂に入らずとも体を拭いて、髪を公園の水道で夜中に洗っているぞ?初めてそれを見たとき、そこまで家が嫌いなのかと心の中で突っ込んだが……。


 デブの髪が無駄に伸びて長い上に、脂ぎってテカテカべっとりしている。妖怪一歩手前だ。コワイ。


「う、うほぉぉ!?」


 な、なんだこの豚!?急に足が速くなったと思ったら、こっちに近づいてくる!?


 バカな!?なぜこっちに来る!?俺か!?俺はただの安物自転車……の、サドルだぞ!?注目する要素皆無だろ!?


「い、いいサドルなんだな!形といい、光沢といい、すごくフェティッシュなんだな!!」


 はぁ!?サドルみてフェティッシュとか何言ってんだこの豚!?あ、おいこらやめろ!!さわんな!!近づくな!!匂いを嗅ぐなぁぁあああああああ!!!


「ふひ、ふひひひひ!これはもう、恋なんだな、愛なんだな、ひとめぼれなんだな!!」


 血の気が引いた。いや、俺サドルだからさ、血管とか通ってないけどさ、もうそうとしか表現できねぇ。




こいつは……対物性愛者だ!!




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対物性愛

人間や動物など生命のあるものにではなく、建物や物に愛情を抱き、性的に惹きつけられる性的倒錯・性的指向の一種。wikiより抜粋


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 豚がサドルバンドを回して、俺の固定を緩めていく。やばい、コイツガチだ!!手の動きに迷いがない、早い!!


 あっというまに、スポッと自転車本体から俺は引き抜かれてしまった。


「ふひゅひゅ!!パイプのサビと光沢の境目がエロいんだな!!」


どこがだよ!!お前の感性理解できねぇよ!!戻せよこのやろう!!!


 豚は俺を抱えて、デブとは思えない俊敏な動きでその場を去った。


 俺は本体である自転車に戻れないことを悟った。ふと、俺は過去のアホな事件を思い出した。盗まれたサドルの代わりに、差し込み穴にブロッコリーが刺されていたという事件を……。

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