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俺、お買い上げ

なろうにて投稿したものと内容は同じです。

 思春期を迎えた男なら、誰もが……いや、言いすぎか。その中のひと握りの変態が、こう思うだろう。




 女子高生の自転車のサドルに生まれ変わりたい、と。




 要は尻と接触したいという煩悩まみれの願望だ。だが、俺は彼らに声を大にして、冷静に考えろと言いたい。


 まず第1に日本で生産されることが大前提である。これが叶うかどうかが問題だ。


 第2に、サドルというピンポイントな部品に生まれ変われるか。自転車はパーツの集合体である。ペダルに生まれ変わって毎朝毎夕踏まれたいとかいうバカもいるだろうが……。もしクランクやチェーン、ライト、タイヤなどに生まれ変われば諦めるしかない。


 第3に、通学用自転車のサドルとして作られるかだ。ロードバイクのサドルとして作られればもう望みはあるまい。


 第4にサドルとして生産される時期が重要だ。2~3月、新入学の季節に合わせ、通学用に自転車を買い与えられる時期である。他の季節よりも圧倒的に女子高生に使われるであろう確率は上がる。


 第5に、ほどほどの田舎の店頭に並べるか。首都圏のように鉄道網が完成しているならば、そも自転車に乗る必要性はない。山中などのど田舎の場合、車での送迎、あるいは遠くで寮住まいになる。理想的なのはバカが場所を曖昧に覚えている都道府県の店舗に配送されることである。


 以上の条件、おそらくは宝くじで1等を年間3回当てるような非現実的低確率を突破してようやく、女子高生の自転車のサドルに生まれ変われるのだ。




 うん?俺か?




 俺は、ホームセンターに並ぶ安物自転車のサドルだ。名前はない、あるわけない。おそらく前世は男で、それなりにエロい脳みそを持っていたのだろう。こんな煩悩まみれの野郎どもの願望を、アホかと一蹴せずに分析するくらいだ。ただ、俺自身はサドルになりたかったかと問われればNOと即答する。そこまで変態ではない、そう思いたい。


 無論、今の俺に性別はない。ただのサドル、物体、無機物に性別があるわけがないだろう?なのでまあ、あれだ。霊長類が持つ異性への性的興奮というやつが消滅している。


 俺のサドルとしての意識が覚醒したのが3日前なのだが、その日見た女子高生のパンツに全く興奮を覚えなかった。ロリコンでもババ専でもないはずなのに、である。


 ちなみに大胆にもヒモパンだった。興奮しないはずがないだろう!?ご褒美だろう!?だというのに、俺はまるでベランダに干された布団を見るような、いわゆる風景の一つとして認識していた。生身の肉体……主に脳みそか……がなければ興奮も性欲も夢幻の如し。




 最初のサドルに生まれ変わりたいという話に戻ろう。


 パンツで興奮を得られないということは、女子高生にサドルとして使われても、まるで何も感じないということである。


 つまり、自転車のサドルに転生した時点で、ユーザーが女子高生であろうと少年だろうとじじいであろうと犬であろうと関係がないのだ!!!


 飛躍しすぎだと思うか?いやいや、そもそも乗られて気持ちいいと感じるのは、性的欲求と、五感の一つである触覚あっての話である。あとドMであるかも重要だ。


 今、サドルの俺にはその触覚がない。生きていない無機物故にか性的欲求も存在しない。睡眠欲も、食欲もない。人が人であるための三大欲求がことごとく消滅しているのだ。まあ、そりゃあそうだ、サドルだもの。


 で、視覚と聴覚だけは存在するが、味覚、嗅覚、触覚はない。


 触覚がないことに気づいたのは、2日前、男子高校生が戯れで乗りやがったときのことだ。


 全く重さを感じなかった。匂いもなかった。マジかよと凹んだものだ。屁をぶちまけられてもまるで臭わなかったのだから確実だ。ただ殺意は芽生えた。


 無機物で神経すら通っていないのだ、視覚と聴覚が存在する時点でおかしい。味覚なんてそもそもあるはずがないだろう?舌が付いたサドルなんて奇っ怪すぎる、もはや妖怪だ。妖怪舐めサドル。……すっげぇ嫌だ。




 ……まあ、そんなわけで、だ。




 桜がもうじき咲き誇るであろう今日この頃、ホームセンターで売れ残っている俺(のベースである自転車)は、じっと待つのだ。買い手が現れるのを、ただじっと、待つだけである。


 手足なんてない、だから俺にはケージにぶち込まれたペットショップの犬よりも自由はない。このサドルという体そのものが、俺を閉じ込め自由を奪う牢獄なのだ。ただ待って、自分の運命というやつを受け入れるだけだと、悟ったのだ。風が吹く音が聞こえても、その冷たさを感じることはない。四肢を拘束されて、何もない部屋で延々と無理やりテレビを不眠不休で観せられているようなものである。




 ……苦行だ。




 自転車相手に話しかけてくるお客さんはいない。従業員もいない。そりゃあそうだ。そんな真似をすれば、変なものを見る目で見られるのは間違いない。ボケてしまったおじいさん・おばあさんでもいいから、同じ話を何度もくりかえしてもいいから、話しかけて欲しいなぁと俺は思う。孤独が辛いのだ。どうやら前世の俺はさみしがりだったらしい。


 俺ができるのは受け手に回ることだけだ。声帯もなければ、念話なんていう超能力じみた能力もない。ごくごく普通の安物サドルだ。転生特典?そんなものあるわけがない。




 ……苦行だ!!そもそも前世の俺は何をしでかしたんだ!?無機物なんて虫に生まれ変わるよりもひどいじゃないか!!


 そう、問題なのは、無機物の死だ。


 無機物に生死の概念など存在しない。が、確かに俺はサドルとして生まれかわり、こうして思考にふけることはできる。


 仮に、今の俺が生きているとして、どうすれば死ねるのだろうか?


 サドルとして機能しなくなった時点で死ぬのか、カバー部もクッション部も燃えて、サスもパイプもドロドロに原型をとどめなくなった時点で死ぬのか。


 前者ならば、廃車になりスクラップ扱いでプレスされれば、この孤独は容易に終焉を迎えるだろう。


 だが、後者はどうだ?スクラップになって、埋め立てられて、土をかぶせられて……それでもまだ土の中に埋まったサドルに意識が存在するとしたら……。俺が死ぬのは、日本が消滅、いや、地球が消滅した時ということになる。


 果たして何億年先になるのか……最悪、爆発時に地球外へとぶっ飛ばされることすらありえるだろう。そうなればどこぞの柱の男のように多分永久に死ねない。非現実的低確率を通過してサドルに生まれ変わってしまった俺だ。ありえないと断言できるはずがない。




 いや、そもそもその前に、精神がぶっ壊れるんじゃあないのか?




 ……………………なんで気付かなかったんだろう。俺以外のサドルも、もしかすれば皆、生まれ変わった果ての姿かも知れない。


 証明する手立てなんてない。彼らと交信する手段がないのだから。だが本当にすべてのサドルに生まれ変わった魂があるのだとしたら……非情な現実に心を破壊されるのだろう。


 案外、それが無機物に生まれ変わったモノの死なのかもしれない。とすれば、このサドルという体は牢獄ではなく、魂の流刑地と言うに相応しいのかもしれない。




 ……お?




 気が付けば、売り場に少年とその母親らしき女性が居た。少年は細身メガネで、いかにも運度は苦手という風貌だ。一台ずつ、じっくりと自転車を見て回っている。


 最近の通学用自転車は、変速3段もあれば、多くて5段、モノによっては7段なんていう変態仕様だって存在する。


 俺?はっはっは、変速すらない安物さ。


 値段は下から2番目。色も可愛くもなければそうかっこよくもない微妙な紺カラー。あと座り心地は固くて最悪らしい(戯れに乗って屁をぶちまけたバカ曰く)。


 売れ残るだろうなと思っているんだわ。今日び変速なしの自転車に乗る中高生なんて珍しいからな。同級生からからかいの的になるかもしれない。そんな博打を打つようには……




「これでいい」




 ……ん?この少年、今、俺を叩いてそういったのか?


「これ変速ないじゃない。あったほうが楽よ?」


 母親の言うことは尤もだぞ、少年。その年頃なら、自転車は移動の要だろう?選べる状況ならそうするべきだ。


「俺なんかに金を使えないだろ?俺より次郎丸の方が優秀だし、三太郎の入院費用だって馬鹿にならない」


「で、でもね、貴方だって私たちの」


「俺みたいな出来損ないにはこれで十分だって言ってんだよ。仕事始めたらあんたらに今までの養育費を支払って絶縁する。きっちり今日までの費用を全部、家計簿全部探し当てて計算してんだ。こんなことで俺の余計な負担を増やしたくねーし、この程度で母親面されたかねーんだよ。本音を言えばな、あんたに借りも作りたくねーし、関わりたくもねぇ。あの家にいることすら苦痛でしかねぇんだ」


「……わかったわ」


 苛立ちを隠さない少年に、母親は悲しそうな表情で了承した。


 どうやら、この少年は相当にひねくれているようだ。こんな場所で堂々と将来絶縁すると言い放つとはなぁ……。


 ただ、もう少し空気は読もうな。従業員のおじさん、どんな顔していいのかわからないって顔だぞ?



 そんなこんなで、俺はひねくれものの少年のもとで使われることとなった。


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