Ep.8 『忘却ディストラクション』(6) 二本の剣
「ったく、・・・結埼さんもひどいよなぁ」
オラシオン樹海の中、魔獣討伐のために、放り出されたシズオは、ひたすら紅葉の愚痴を吐くのだった。
「てか、あの人、場所さえも教えてくれなかったよなぁ。どうすんだよ。見つけろってか?やだよメンドくさい」
現在、シズオは、森の一番広いであろう空間に付属魔法で召喚した椅子に座っていた。
確か、一年ほど前に報酬とか言われてもらった椅子だったはずだ。
「にして、座り心地いいねぇ~。この椅子」
・・・静だ。
魔獣が襲って来る気配すらしない。
「・・・」
ホントに魔獣なんているのだろうか・・・。
「・・・あああぁあ!襲ってくるなら、襲って来いよォ!」
椅子から立ち、両腕を上げ叫ぶ。
こうでもすれば、勝手に、魔獣が居場所を探してくれると思ったからだ。
―――その時だった。
ベキンッ、という、木がへし折れる音がした。
「―――え・・・」
振り向くと、明らかに魔獣っぽい奴が、椅子を縦から真っ二つにしていた。
もし今も座っていたら、脳天から、スイカ割り状態にされていた。
「あ、あぶねえぇぇぇ!」
シズオは、自分のハンパなく微妙な所で発揮する運勢につくづく感謝した。
でも今は、そんな運勢に祈りを捧げている状態じゃない。
『うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ』
その獣は、唸るような声を上げる。
「うん、間違いなく魔獣だわこれ」
シズオは、真っ二つになる椅子と、唸る獣を冷静に見てから、そう呟いた。
取りあえず、距離を置く。
体躯は、なんとなく熊に似ている。だが、その身体は、熊にしては、大きすぎる。パッと見で五メートルはあった。
歯は異様に伸びていて、眼は常に朱色に染まっていた。背中からは、岩のようなモノが飛び出ており、それは、時々紫色に輝いた。
息が荒い。よく見ると、傷がちらほら見える。長い爪からは、血が付着しているのが見えた。
『オマエ・・・』
「喋れんの!?」
『・・・ワスレ・・・ナグサ・・・』
「は!?・・・わ、勿忘草?」
勿忘草は、ムラサキ科の多年生植物だ。もちろん平和界でしか咲かない花である。
それを、何でコイツが・・・。
『チキ・・・エイ・・・の・・・ともだち・・・』
「誰だよチキエイって・・・」
『早く・・・ワタシの・・・なか・・・ま・・・を』
「お前の仲間?それが、どうした・・・?」
―――その魔獣は、荒々しい咆哮を上げた。
『・・・コロ・・・すッ!・・・オマエ・・・コロすッ』
「・・・もう自我を保てなくなった・・・って感じか」
『・・・コロ・・・スッ!・・・』
「落ち着けよ・・・。はあ、もうちょっと話聞いていたかったんだけどな」
その瞬間、魔獣は、シズオ向かって突進して来た。
その間、十五メートル。この距離を、ひとっとびするなんて、
「ホント、とんだ脚力だよ。・・・飛ぶだけに」
・・・寒い。第一、そんなにうまくない。“とんだ”脚力と、“飛ぶ”ことをかけたのだが。
シズオは、飛んでくる魔獣を綺麗に受け流し、避ける。
「つっこみ役がいないと寂しいわ」
そう言いながら、肩と腕をボキボキ鳴らす。
「久しぶりに使いますか」
自分の背中に右手を伸ばす。もちろん、何かがあるわけじゃない。
「追憶剣・・・召喚・・・!!」
突如、背中に剣が現れる。
『・・・ッ!!』
魔獣も、その剣に込められた魔力量に恐れる。
形状はグレートソード。
全長は百八十センチ程度の剣。剣身は、黒く光っており、禍々しい魔力を放っていた。
「いやあ、久しぶりだわ。これ出すの」
『グガァァァァァ!』
「おっ・・・!?」
目の前の魔獣が叫んだのかと思ったのだが、違った。
後ろにも、魔獣がいた。木をけり、宙に飛び上がった状態で、腕を振ってきた。
「行くぞ・・・ッ!!」
追憶剣を思い切り振った。
眩しい黒い剣閃。
すると、魔獣の身体は、真っ二つに切り裂かれる。
身体が、切り裂けれただけじゃない。後ろにあった木々達も、一瞬で、切り裂かれた。
長さが、ある分、魔法の効果で射程距離が広い。
「久しぶり、だから、手加減が分からんな」
上下が、真っ二つになった魔獣を見てそう言う。
気が付くと、周りには、沢山の魔獣がいた。
数体の程度じゃない。三十体近くの魔獣たちが、シズオを囲んでいた。
「いっちょ本気を出しますか」
シズオは、大きく息を吸う。
ふう、とゆっくり息を吐き出すと、今度は、左手を背中ではなく、腰の方に持っていく。
「飛燕剣」
そう呟いただけで、今度は、綺麗な薄水色のロングソードが出てきた。全長は、追憶剣より短いが、その分軽い。いや、この剣は、軽すぎる。
「バランスが・・・」
まるで、重さという概念がないかのような、軽さ。ポイっと投げてしまえば、そのまま飛んで行ってしまいそうな気がする。
それが飛燕剣。
「・・・いや、やっぱ、邪魔だわこれ」
そう言い、追憶剣を消す。
片方が、凄く重くて、片方が凄く軽いとさすがにバランスが・・・。
『うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐッ!!」
「おぉ、どうしたどうした?来いよ」
挑発をする。
一応言語を理解できる魔獣だから、言っている意味も分かるだろう。
すると、
『・・・―――ッ!!」
一体だけではなく、周りに居た約三十体、全てが、シズオに飛びかかって来た。
「覚悟しとけ・・・―――ッ」
飛燕剣の閃光が、魔獣を貫く。
それだけじゃない、気づけば、魔獣たちの下に居たはずのシズオは、木の枝に逆さになって立っていた。
今ので、十数体は、やられた。
「まだだ・・・!!」
宙に浮いた魔獣に、地面、木、地面、木、という反復行動を繰り返しながら斬撃。反復行動って言っても、数十メートル先にある、木の枝に一瞬でたどり着くわけだから、その身軽さと速度はとてつもない。
飛燕剣に、埋められた魔法は、持ち主の速度や、身軽さ、剣自体の重みを小さくするものだ。速度が上がるのは、持ち主の魔法量にもより、伝説級の大魔術師がこれを持つと、音速級になるとまで言われている。
ほんの数秒で、魔獣たちは、ミンチ状態になった。
「ふう、一仕事・・・」
『うぐぐぐぐぐぐ・・・!!」
後ろを振り向く、そこには、今までの倍はある大きさの魔獣が居た。
「交換・・・追憶剣・・・」
すると、持っていた飛燕剣が追憶剣に一瞬で入れ替わる。
「これで・・・・最後かッ!!」
大きく、追憶剣を振る。
剣閃が見えたかと思えば、魔獣と、魔獣より後ろにある木々までもが、切り倒される。
「ふう、一仕事・・・二回目だけど」
剣を消す。
周りに残ったのは、魔獣の死体だけだった。