Ep.7 『忘却ディストラクション』(5) 手の平
例えばだ。
腕から血が流れているとしよう。
しかも、それは今すぐ止血をしないと、大量出血で死んでしまう程のものだ。
「―――まあ、普通の人間だったら・・・の話だけどな」
剣で斬られても、銃弾が、身体を打ち抜いても、多少の事なら、二、三日で治る。
それが、魔法花により、生き返ってしまった人間の特性でもある。
「なるほど・・・魔法花で蘇った人には、自動治癒魔法まで付属しているのですか」
「自動治癒魔法?なんだそれ?」
「名の通り、自動に術者の身体や、魔力量を回復してくれる魔法の事ですよ」
「ルフィナは、ホントなんでも知ってんだな」
ルフィナは、少し照れくさそうな仕草をしてから、席を立った。
「どうした・・・?」
「仕事が入っているんです」
「おお、そうか。すまないな。忙しいというのに」
「いいんです」
「ちなみに、何の仕事なんだ・・・?」
「東の街で起きた、魔獣の討伐です」
「魔族ぅ?なんでそんな物騒なのが、この王国に?」
「それは・・・ってついてくるつもりですか?」
「え?あぁ、うん」
しばらくして、席を立ったシズオを見て、ルフィナは驚いた。
「ダメか?」
「いや、ダメというわけでは、ないのだけれど」
「そうか。俺も、ルフィナの手伝いがしたくてな」
「まあ、構いませんが」
その後、シズオと、ルフィナは、同じ馬車に乗り、東の街とやらまで、向かった。
馬車の途中。
「東の街ってなんだ?」
「このエクエス王国の都市は、五つに分かれています」
「五つ?」
「まず、ここ、中央都市でもある都市エクエス」
次に、北の街リョビスナ。
南の街フルゴル。
西の街クラールス。
「そして、これから行くのが、東の街オラシオン」
「オラシオン・・・」
「オラシオンは、樹海が広がっていて、よく魔獣などが出現します」
「んで、今回は、それの撃退ってわけか・・・つか、お姫様が来てよかったのか?」
「大丈夫です。クレハが、私を守ってくれますから」
ホントに大丈夫か。
「それにしても、結埼さんも、ルフィナには甘いよな・・・」
「ええ、とても優しいですよ」
きっと、色々あったのだろう。そう考えながら、シズオは、窓の外を見た。
「この街は、ホント綺麗だよな」
「そうですか?そう言われると、うれしいです」
「なぁ・・・」
「はい?」
「俺は、・・・死ぬ前の記憶がないんだ」
「死ぬ前の・・・?」
「全部ないってわけじゃないんだけど。・・・まるで虫食いみたいになっていてさ」
「そう・・・」
「思い出そうとすると、急に苦しくなって。・・・思い出しちゃいけない気がしてさ」
窓から、眼を下ろし、自分の手のひらを見る。
今まで自分がどんな事をしてきたのか。
今まで知り合ってきた友達は、どこにいるのか。
そして、
―――この、無価値の手のひらには、今、何が乗っているのか。
「大丈夫ですよ」
ルフィナが、そっとシズオの手を握る。
それは、とても暖かかった。
「シズオは、きっといい人でした」
「なんだよそれ」
「なんでしょうね」
ルフィナは、笑いながら、シズオの手を離す。
「そろそろ、着きますよ」
ルフィナは、その後、何も喋らずに、馬車を降りた。
シズオの手のひらには、まだ、微かな暖かさが残っているのだった。
「ここが、オラシオンの樹海・・・?」
「そうですよ」
辺りには、緑の世界が広がっていた。
涼しい風が吹き、とても新鮮な空気が流れている。
少し道からずれただけで、そこは、別の世界に変わってしまった。
「ここに魔獣がいんのか?」
「ええ、こちらです」
シズオは、ルフィナの背中を追うように、ついていった。
数分すると、何やら、白いテントのような物が張られた建物があった。
ルフィナは、当然のようにそのテントの中に入っていく。
「ちょ、ちょっと待てって」
シズオも急いで、テントの中に入る。
「あら、シズオじゃない」
「結埼さん?」
「あんた、今日学校は?」
「土曜日なんで、休みです」
中には、紅葉を中心とする剣団『エクエス魔獣討伐隊』がそろっていた。
しかも、紅葉さん以外は、男だけで、屈強な筋肉がこの距離でもわかるほどだった。
この剣団は、魔獣討伐を中心とする任務を行っており、紅葉は、護衛班の班長でもあった。
「あんたも、出てみる?」
「え、でも俺、作戦なんてなんも聞いてないですよ」
「どうせ、あんたの事だから、聞いても分かんないでしょ」
「そんな・・・いや、そうかも」
雰囲的にも、もう作戦会議は終わってるみたいなので、もう一度聞きたいなんてことは、言えない。
「はあ、森で戦うの久しぶりなんだけど」
ルフィナを助けた時は、平原だった。
「何弱音言ってんの。とっとと行きなさい」
「え?俺一人で行くの?」
他の団員も眼を丸くする。
「あんた一人で十分でしょ」
「えぇえ・・・」
「いいから、早く行く!」
そうして、シズオは、嫌々、テントを出たのだった。
「一人で戦わせて大丈夫なのか?」
団員の一人が、心配そうに、訊く。
「大丈夫ですよ・・・アイツは・・・」
「ですが、相手も相当な数ですぞ」
「安心して下さい」
紅葉は、不安そうな団員達にそう伝え、森の中に入っていくシズオを見送るのだった。
次回は、主人公の戦闘メインです。