Ep.5 『忘却ディストラクション』(3) 結埼さんとの再会
死んだ時の記憶はない。
ただ、覚えているのは、自分が入院していた、ということぐらいだった。
うろ覚えというよりも、まるで記憶のピースがバラバラになったみたいだ。
何処かに、記憶の一部があって、それを集め、自分の今出来ている記憶を完成させる。それが、今のシズオの目標でもあった。
他の感染者のみんな。観月組のみんななんかは、シズオと違って記憶があるらしい。つまり、これは、シズオだけに起こった事。シズオはこれを、付属魔力の副作用なのではないかと考えている。
とは言っても、過去の記憶がバラバラなのもで、はじめは自分の名前も分からなかった。シズオに名前を教えてくれたのは栄吉だった。
栄吉を中心とする観月組は、シズオと同じアレゴリーの感染者を集めて、異世界のために役立たせる組織だった。なので、魔術連合軍の本部にも、彼らの素顔は知れていない。
三年前、シズオ達、観月組の最期の任務は無事終了したが、それ以来、五人は離れ離れになってしまった。特に、シズオはふつうの中学生生活に戻り、高校二年生になった今は、親もとを離れて一人暮らしをしている。
それでも、一週間に一度の頻度でこの世界、平和界から、転生扉を使い、異世界に行ったりしている。特に、目立つことはしておらず、小さな村の人から依頼を受けたら、仕事をし、その世界限定のお金をもらったりしていた。平和界では親から仕送りをしてもらっているので、特に困りはしないが、それでも、異世界のお金は何かと必要になってくる。
そして、今、シズオは平和界での学校に通っている。
「どうしたの?倭男くん」
教室の隅で、授業中にひたすらウトウトしていたシズオに一人の女子が話をかけた。
「え?・・・ああ、眠くてな」
「眠い?また変なバイトでもしるの?」
「へ、変なバイトって・・・」
彼女の名前は神無月環奈。“かんなづき”の後に“かんな”が来ているので、みんな“かんちゃん”と呼んでいる。
「俺の生活費は、殆ど仕送りだよ」
彼女とは、中学のはじめからの付き合いで、以外と仲がいい。
記憶をなくしたシズオの事を信じてくれた、唯一の友達でもある。大抵、友達が「実は俺、記憶喪失してんだよね」などと言ったら、嘘と思われるのが普通だ。でも、環奈は、シズオの事をちゃんと信じてくれた。実際入院していたのも環奈は知っていたし、シズオが感染者として、生き返るのも、環奈は間近で見ていた。
「みんな、もう帰っちゃったよ」
「じゃあ、環奈も帰れば?」
「うん。そうする。みんな倭男のこと、起こそうとしないから、私だけ、残っちゃった」
「ああ、ありがとな」
「うん、どういたしまして」
そう言うと、環奈はすぐに、帰ってしまった。
しばらくしてから、シズオも席を立つ。窓からは、夕日が差し込み、教室中を赤橙に染めていた。
「帰ろうか」
シズオはそう呟き、教室を出るのだった。
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帰って、アパートのドアを開けようとする。
「やべえ、鍵忘れた」
どのポケットにも、鍵が入っていない事に気づく。
はあ、とため息をつくと、ドアに向けて手を伸ばす。もちろん鍵は無い。
パチン。
指を鳴らすと、ドアが一瞬で消えてしまった。
シズオは当然のような顔をして、部屋の中に入る。
そして、また、指を鳴らす。すると、今度はドアがもとあった場所に出現した。
これが、シズオの付属魔法だった。
名前は分からず、シズオは、これを古代魔法と思っている。
古代魔法とは、その名の通り、異世界の古代文明が使っていた、魔法のことで、なぜか、それに関する書物や証言が全くと言っていいほど存在しないのだ。
「はあ、もう暗いな」
部屋の明かりを付ける。
一般的な2LDKで、以外と白が多く、綺麗なイメージがあった。
「・・・あ、晩飯」
いつもは、弁当を買ったり、外食をしたりしているのだが、今回に限っては、家の鍵がなく、出てしまっても鍵が閉めれない状態にある。
「異世界に行くか・・・」
異世界に飛んで、ルフィナに飯を食わせてもらえればいいだろう。
一応、ルフィナも恩を返したいと言っていたし、無理ではないだろう。
シズオは、電気を消し、特に家具も置いていないリビングの真ん中に立つ。
そして、
「―――ゲート、展開」
リビングが光に包まれる。
シズオの視界が、完全に光の渦に飲まれたその時だった。
「―――きゃあああ!!」
誰かの女性の声がする。
いや、これは、聞いたことがあるな。
「ルフィナ・・・?」
眩しくて閉じていた眼を開けると、そこには、ルフィナの姿があった。
「な、何でここにいるんですか!?」
ルフィナは、化け物を見るような眼で、シズオを見る。
周りを見ると、そこは、赤いカーペットの敷かれた廊下だった。ルフィナの背後についている、二人のメイドも、眼を丸くしている。
「いや、その」
「言い訳は、聞きたくありません!!」
「じゃあ、何を聞きたいの!?」
廊下で、はしゃぐ。
ルフィナは、顔を真っ赤にしていた。
口調は完全に、お嬢様になっており、服は今朝とは違い、華麗な白色のドレスを着ている。
「・・・まあ、落ち着けよ」
「理由を説明して下さい」
「・・・ルフィナの近くに転生しようと思ってゲートを開いたら、ピンポイントで近距離に転生してしまった」
「・・・馬鹿なんですか?」
「ぐへっ」
ルフィナは、シズオに近寄り、極限の凍った眼をする。
シズオの心は、その眼により、完全に氷結してしまった。
「お嬢様?大丈夫でしょうか」
奥の廊下から、もっと気品の溢れる、声がした。
なぜだろう・・・聞いたことのある、声だ。
「メイド長。大丈夫です。少し驚かされただけです」
「そうですか・・・ならよかっ―――」
シズオは、駆け寄ってくるメイド長を見て、固まった。
メイド長も、転生してきたシズオを見て固まった。
・・・まさか、・・・。
「結埼さん・・・?」
「しずお・・・?」
駆け寄ってきた、メイド長は、かつて、観月組で同じだった、結埼紅葉だった。