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Ep:18 『忘却ディストラクション』(16)神足通と神働力


「ちょっと…!シズオ!?」


 煙が立ち上がる王宮に向かって走っていたシズオに、紅葉が呼びかける


「何ですか?結埼さん」

「何ですかじゃないわよ…!どういう事!?どうして煙が…それに、出遅れたって…!?」

「少しは自分の頭で考えて下さい」


 紅葉は、走っているシズオに追いつくと、そんな事を聞いてみた。

 だが、シズオは説明するのが億劫なのか、ろくな返事をしない。


「…自分で考えてって…」


 紅葉は、自分の混乱した頭を回転させる。

 

「やっぱり…。結埼さん。実はあんまり、頭良くないんですね」

「そんな事…そうね。ごめんなさい。分からないわ」


 シズオは、紅葉の方を見て、「やっぱり」と呟く。

 竜車の件で、あたかも自分が考えたような事を口走っていたが、実際は紅葉がそこで瞬間的に考えたことではなく、あらかじめ用意していたセリフを復唱しただけだったのだ。だから、竜車の御者の人もグルだろう。すべては、今回の事件を気に、シズオを伍総連に勧誘するための、芝居だったのだから。だが、それが終わり想定外の事を起きてしまった今は違う。


「いいですか?…少し思い出してみて下さい」


 それは、アンナの言った言葉だった。「今頃、王宮がどうなってるかとか、考えないの?」まるで、冷やかしているかのような言葉。つまりは、王宮で何かが起こったという事を意味しているのだ。そして、外を出て見えた爆発の跡のような黒い煙。村を消し飛ばした爆発とは比べ物にならないほどに小さい爆発というのは確かだが、それよりも明らかなのは、“王宮を爆発させた”という事。王宮には、当然厳重な警備が敷かれている。それに、このエクエス王国は魔術界(ウィッチクラフト)でも上位の魔術王国だと言うのはルフィナから聞いた。そこらのテロリストや魔術師には到底破壊できない壁だろう。そして、それが突破される事は『かなり強いやつ』が王宮に攻めてきたという事でもある。

 だが、同じ国で二回連続事件が起こるなんて、普通あるのだろうか?つまりこれは、


「同一犯…!」

「そう…でも、村を吹き飛ばした少女は、捕まえることが出来た。だから、王宮で再び爆発が起こる事はおかしい」

「…そうね…あの爆発の魔力香はアンナと同じものよ…」

「本当に分かるんですか?この距離で?」

「私はこれでも、伍総連平和界(ピースフル)一、魔力の感知能力が高いのよ。それにこれだけ膨大なら、シズオと同レベルだから、数キロ離れてても気づくわ」

「俺ってそんな匂うんですか!?…まあ、話を戻して」


 この世に、誰かと同じ魔力香を持った者はいない。

 随分前、紅葉に言われた言葉を思い出した。

 なら、どうして村を爆破した犯人は捕まえたのに、もう一度別の所で同じ爆発が起きるのか…。理由は簡単。


「アンナちゃんに、“同じ爆発が起こる魔法陣を描いた”んじゃないですかね…」

「…!!…あの腕の魔法陣はそれだったのね」


 村を爆破したのはアンナ。

 そこであえて捕まって、シズオと紅葉、栄吉などのイレギュラーな戦闘力を排除し、手薄になった王宮を落としにかかった。

 だが、ここで一つの疑問が浮かび上がる。


――どうやって、シズオなどのメンバーが居ると気づいたのか。


 普通なら、そう簡単に客人の名前なんて公表しないはず。ましてや、数か月前からメイドをやっていた紅葉さえ意図的に排除されたのだ。そりゃあ、王宮には騎士長やそのた諸々の強者たちがいるとは思うが村丸々一つ消し飛ばすぐらいの戦力を持つ者たちがそんな事にいちいちびくびくするだろうか。


「まさか…相手は、伍総連の者たち?」

「そうじゃないと、結埼さんの戦闘力を知っているやつのはいないと思うんですよね。そう簡単に情報漏れもしないだろうし」

「そうね…じゃあ、そう考えると、おそらく捕獲隊の刺客ね…」

「捕獲隊?」

「えぇ、そうよ」

「なんですか?それ」

「簡単に言うと、他世界に勝手に転生してるやつらを捕まえる部隊よ」

「勝手に転生って…まさか」

「えぇ。もちろんアンタも、夜宵もそうよ…」

「なっ…って事はつまり」

「今、狙われているのは、ルフィナお嬢様ではなく、……――夜宵ね」

「ッ!?」


 紅葉が止まる。

 それにつられて、シズオも足を止めた。


「私はあくまで伍総連の人間よ…。これ以上、他の部隊の管轄には触れられないわ」

「悔しくないんですか?同じ伍総連の仲間たちに、こんな邪魔もの扱いされて…」

「邪魔もの扱いじゃないわ。…サプライズみたいなもんよ。ただ、私に知られると面倒だっただけ…情ができちゃうから…」


 シズオは下を向く。今、自分が立っている地面を眺めてから、もう一度王宮の方を眺めた。煙はいまだに出続けている。走っても間に合わない。それは分かった。

 だが、間に合う手を一つある。


「…」

「…シズオ」

「分かってますよ…」

「なら、使いなさいよ」

「…嫌なんです…。過去に色々あって…緊急時以外使わないことにして――」



「――今がその緊急時なんじゃないの!?」



 胸ぐらを掴まれて、そう叫ばれる。はり詰めた叫び声。みしみしと感情が伝わってきた。


「夜宵が連れていかれて、本当にいいの!?奴らは本当に荒っぽいわよ!!今使わなかったら、一生後悔するわよ!!二度と顔向け出来なくなるわよ!!本当にそれでいいの!?」

「…っ!!」


 腕を払う。

 

「アンタが三年間の間にどんな経験をしたかなんて知ったことじゃないわ。ただ、それをいつまでも引きずって、守れたはずの命を守らなかったのは大馬鹿者よ」

「……」

「…分かったら行きなさい。失敗してから、後悔するのは誰でも出来るのよ」

「…はい」

「どうせなら、成功してから後悔しなさい。恥じないようにね」

「…はい…!」


 再び、王宮を向く。


 少しを腰を落とす。

 右足を後ろに下げ、同時に胴も下げていく。

 真っすぐ、王宮の方へ向くと、息を整えた。


 紅葉は、ただ王宮付近で立ち上がる大きな煙を眺める。その眼には少しの心配と火の灯った怒りが感じられた。


「あとは頼みました…」

「えぇ。分かってるわ」


 態勢をとったシズオを見て、紅葉は息を飲む。

 ――その瞬間だった。



「――神足通『縮地(しゅくち)』…!!」



 凄まじい地面を蹴とばす音と、紫電に迸る一筋の稲妻――シズオだ。

 人間では到底たどり着くことの出来ない神の一閃は、シズオが使う事を躊躇した六神通(ろくじんつう)神足通(じんそくつう)だ。

 紫電の稲妻は周りの木々をなぎ倒し、そのまま直進する。並の人間には、「直進した」という事さえ認識できないほど。それだけ、神足通は早い。


 ただ、正確には神足通の縮地は「速い」のではない。

 距離を操作しているのだ。若干理解できない事ではあるが、簡単に言えば、一歩踏み出せば何千メートルも先に移動できるという事。

 それを、シズオは自由にコントロールできる。


 シズオの眼には、こんな風景が広がっていた。

 平行の様で平行ではない世界。まるでカンバスに描かれた絵を引き延ばしたかの様な風景。しばらくすると、眼は慣れて、普通の平行感覚に戻る。とは言っても、木々の揺れは止まって見え、周りの音さえ聞こえない。稲妻が周りに発生したり、身体に紫電色の稲妻が纏いついていたりする。

 足を一歩踏み出す。すると、周りの空間が再び縮小される。目の前の景色が急に近づいてくる。


――久々だな。


 そんな事を思いながら、少しずつ縮小する距離を大きくし、目的地まで目指すのだった。





 夜宵に殴りかかろうとしていた人物を殴り飛ばす。


「――っ!?」


 男だろうか。女だろうか。

 その者を覆っていた影が薄れていくと、顔が見え始める。

 緑色の髪の毛に、清楚そうな服の着こなし。頬にはシズオに殴られた痣が出来ている。執事だろうか。そう考えた所で紅葉の言葉を思い出す。


「…お前が捕獲隊か」

「…つっ…そうでございます。シズオ様」

「あ?何で俺の名前…あ、そっか。俺も対象か」

「えぇ。おかげで探す手間が省けました」


 緑色の髪の毛をした青年はゆっくり立ち上がると、少し怒りがこもった歪んだ笑顔で丁寧にお辞儀をする。

 すると、


「ちょっと待ってルキ。お兄ちゃんには、説明しておかないと」

「…そうでございますか…お気をつけて」


 サラが近寄ってくる。


「サラ?…まさか、サラも捕獲隊なのか」

「うん。そうだよ」


 冷淡な返事。

 先ほどまでの好戦的な表情は何処に行ったのか。夜宵はそんな事を思いながらも、サラを見つめる。


「…ちょっと、訊きたい事があるんだけど」

「何?」

「サラ達だろ?俺にエクエス魔法研究棟の極秘資料を盗んで来いって依頼したの」

「お?分かったの?」

「おかしいと思ってたんだよ。他国の研究所がどうして極秘資料の存在を知ってるのかって」

「…へぇ…頭良いんだね…」

「さらに言えば、オラシオン樹海で魔獣を解き放ったのもサラ達だな」

「うん」

「俺の戦闘力を確かめるためか…」

「そうだよ。大変だったんだよ?あの魔獣を魔法で従えて、知識を与えて…。でもまぁ、お兄ちゃんに無残に惨殺されたときは驚いたな…」

「…最後に一つ…」

「はいはい。どうぞ?」

「俺の寓話花(アレゴリー)は、『ワスレナグサ』なのか…?」

「うん。そうだよ。お兄ちゃんの、感染者(アレゴリック)としての情報は全て伍総連(こちら側)にある。ごめんね~。全部知ってたんだ~」


 サラは、ふざけながら言うが、シズオは真剣な眼をしていた。


「俺の過去もか?」

「…お兄ちゃんの過去か…」


 サラは一度、夜宵の方を見て、にやりと笑う。


「うん。もちろん知ってるよ。お兄ちゃんの過去も、観月組が解散してからの三年間の事情もね」

「――っ!?」

「重要な捕獲対象の個人情報なんて殆ど洗いざらい調べたよ~。特に、お兄ちゃんの二重能力には興味があった」

「だから、三年間も放っておいたのか…」

「そうそう。あ、それと、解散した観月組のうち、――伍総連に加入していないのはお兄ちゃんだけだよ」

「…そうなのか…」

「どう?入る気、ない?」

「残念だが、格式ばった組織は嫌いなんだ」

「そう。残念。もし入ってくれたら、二人の罪は見逃してあげようと思っていたのにな~」

「……嘘つけ」

「いや、本当だよぅ~」


 サラはどうやら、名一杯ふざけるらしい。

 ルキという名前の執事は先ほどから、ずっと頭を下げているだけで、何か反応する気配はない。


「まぁ、信じてくれないなら、それでいいけど。…ルキ、ヤっていいよ」

「承知しました…」


 すると、ルキの身体には、また黒い影が覆われる。

 髪は黒く染まり、眼は紅く光る。漆黒のオーラに、歪んだ笑顔。

 

「…なんだこれ?」

神働力(テウルギア)だよ…シズ」

 

 気づくと、夜宵が隣に立っていた。


「テウルギア?こりゃまた、かっこいい名前の能力だな。感染者(アレゴリック)か?」

「…いや、違うかも…」

「じゃあ、この世界の住人か」

「…多分ね。妖魔界(サスペシャス)じゃ、見たことないし」


「世間話とは、いい度胸ですね」


 ふいに、眼を落とすと、そこにはルキが居た。

 速い。一瞬で間合いを詰められた。だけど…。


「――お前もな…」


 シズオは、それをはるか上回った。


 一瞬で、ルキの背後に回る。ルキもそれに気づき、後ろを振り向く。だが、そこにシズオの姿はなく、元の位置にシズオは立っていた。

 そして、ルキに渾身のパンチを一つ。だが、ルキもその速さに対策無しという訳でもない。

 

「…なっ…」


 シズオも、思わず声が出る。

 打撃を喰らわせたはずの、頬はまるで揺らめく炎のように黒い影が揺らいでいる。先ほどのように、明らかに殴った感触はなく、ルキの顔を拳が貫通した。そんな感触がした。


「…この状態のわたくしは、物理攻撃を受けませんので…ご安心を」

「…じゃあ何が効くと?」


 少しふざけなように、ルキに問う。

 物理攻撃が利かないようじゃ、シズオの武器召喚もまるで意味がない。こうなれば、物理では説明ができない魔術に頼るしかないのだが、あいにくシズオはその技術がなかった。


「…どうしたものか…」


 シズオはそう呟くと、右に追憶剣(リマインドソード)を召喚する。

 剣身を眺めていると、シズオの中で一つの戦法が考え出された。


「そっちが攻めてこないのならば、こちら側がさっさと捕まえてしまいますが…よろしいので?」

「…あぁ…。それは、無理でしょ。だって俺、最速だし」

「何を…っ!」


 追憶剣の剣身から放たれる魔力が、ぐんぐん上昇していく。

 

「夜宵…少し話がある…」


 シズオは小声で、夜宵に耳打ちする。

 それを聞いた夜宵は、こくりと頷き、シズオの横に棒立ちする。


「それじゃあ…行くぞ…――」


 シズオがそう言った途端だった。

 凄まじい突風と共に、シズオの姿が消える。唯一目視できるのは、一筋の稲妻のみ。その光は、直進してルキの目の前で止まった。


「ッ!」

「――結界『千武結界』…!」


 そう叫ぶ。 

 すると、ルキの地面から光のロープのようなものが出てきて、ルキを取り囲む。そして、呪縛。


「夜宵!」

「分かった!」


 夜宵に合図すると、何やら呪文を唱え始める。――土遁『大地操作』――すると、地面が盛り上がり、ルキを囲むように地面の岩が立ち上がる。そのまま岩石は、ルキを覆った。

 シズオは、ぎりぎりまで結界を張り続け、残り人ひとり分空いた所で結界を張るのを止め、覆われる前に出てきた。


「…よし」


 ルキを大きな岩石の塊が覆い、身動きができない状態。


「影なら…光がなきゃ行動出来ねぇだろ…」

「あ、…考えたねぇ」


 サラもうんうんと頷き、岩石を眺めていた。


「そっか…盲点だよねぇ。影ってさ…」

「…あぁ、そうだな」

「でもぉ。相手は神働力(テウルギア)だよぉ?そんなに甘くいくかなぁ?」


 そうだ。

 先ほどまでは、影になる能力を使っていたが、ルキは神働力を使える。別の能力があってもおかしくないのだ。というか、サラの発言で確実に別の能力がある。


「二つ以上能力があるって…二重能力じゃないの?」


 夜宵がこんな時に疑問をぶつけてくる。


「そうだな。でも、俺の場合は『全く関係性のない能力』が二つあるわけだからな。そこが、あの執事と違うところじゃないか」

「あぁ…なるほどね」


 どうやら納得したらしい。


 サラは動く気配がない。

 それどころか、あくびすらしている。それだけ、シズオと夜宵に二対一で勝つ自信があるわけか。


「あぁ~今、私に勝負挑まない方がいいよ…。ルキに集中して」

 

 捕獲対象であるシズオと夜宵にそんなことまで言っている。


 シズオと、夜宵が完全に油断しきった時だった。


――ドコン!!


 何かが崩壊する音。

 それはもちろん、土遁で持ち上げた岩石だった。そして、中から出てくるのは、先ほどのルキとは違った。


「こんなもので私を閉じ込めると思っていたなら、…大間違いですよ」


 ルキは、先ほどとは真逆のオーラ。つまりは、白く時々金色にも眩い光を放つオーラを放っているのだ。

 髪の色も金色に変わり、風格も目つきも違う。

 そして、ルキはこう呟いた。



――神技『金剛武闘』



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