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Ep:17 『忘却ディストラクション』(15)捕獲隊の襲撃


「はぁ~あぁ。張り終わったぁ…」


 夜宵は、背伸びをしながら、そう言う。

 

「ちょっと…私も、シズオ達と一緒に行きたいのですが…」

「えぇ~。それは無理かなー。出すなって言われてるし」


 ルフィナは思いため息をつきながら、自分の部屋を眺める。


「そんじゃ、あたしは廊下にいるからね~」


 苦笑いをしながらも、夜宵は廊下に出た。

 ドアにも厳重な結界を張っている。夜宵の許可なしで、ドアの開閉をするのは相当な技術を持った者にしか不可能なはずだ。もちろん、部屋の壁にだって、その一部分を取り囲むように結界を張っている。部屋の中から、魔法で壁を破壊することは不可能というわけだ。


「それにしても、えらい好戦的なお姫様だね~」


 離れても大丈夫だろうと思い、廊下を歩き出す。

 時々メイドとすれ違ったが、当然腰に剣なんてぶら下げていない。


「紅葉って、ただ者じゃないよね。ゼッタイ」


 そう呟くと、後ろから、何かがぶつかった。


「あ、ごめんなさい!ぶつかっちゃった!」


 甲高い女の子の声。

 どこかで聞いた事がある。


「ううん。大丈夫だよ。えぇっと…サラちゃんだったよね?どうしたの?そんなに慌てて」


 そうだ。

 その小さな女の子はルフィナの親戚の娘だというサラだ。夜宵も、この王宮に遊びに来た時に、何度か一緒に遊んだことがある。


「ふふっ、実はね、今、メイドから逃げてるの!」

「逃げてる?」


 少し、考えたが、おそらくメイドが今回の事件を気にサラの身の安全を確保しようとしたところ、その素早さに逃げられてしまった…という事だ。

 まだ小さい子供なんだし、王宮の廊下を走り回るのが楽しいというのもあるだろうが、それに振り回されるメイドも大したものだ。


「あ、お姉ちゃんさ、今暇でしょ?」

「え、いや、別に暇ではないんだけどさ…うぅ、うん。…ひ、暇です!今暇です!」


 ここで、「私はルフィナちゃんの護衛をしてるから、遊んであげるのは無理だね」などと言うと、きっとシュンと気を落とされる。そうなると、夜宵の小さじ一杯分ぐらいの良心を痛んでしかたがない。


「そっか!じゃあ、隠れる所探すの、手伝ってよ!」

「うん!分かった!」


 物凄く集中しながら強力な結界をかけた後に、少女のかくれんぼの手伝いとは、さすがに妖狐の夜宵でも骨がへし折れる。でも、ここでは笑顔をキープし、疲れた顔を見せないようにしよう。子供は繊細なのだ。少しでも、嫌そうな顔を見せたら、一瞬で嫌われる。


「はい!手っ!」

「うん?」


 サラが手を差し伸べてくる。

 「あぁ」と、行動の意味が判ると、すぐに手を繋いだ。


「じゃあ、どこに行く?」


 夜宵がそう問うと、サラは不思議そうな顔をする。しばらくすると、その顔は一気にぱぁっと明るくなり、笑顔で質問に答えた。


「えぇっとね!えっとー。まずは、兵士の医療部屋から!!」

「まず…“は”!?」


 次があるのか。

 

「って言うか、兵士の医療部屋は止めてほしい。なんか汗臭そう…」

「じゃあ、衣装部屋から!!」

「どこの!?」


 この宮殿を恐ろしく広い。きっと、衣装部屋なんてものはいくつもあるのだろう。


「じゃあ、テキトウに近い所から行こう!!」


 まずい。

 早くも、心の骨がひん曲がったかもしれない。



◇数十分後



「最後にここ!!」


 一体いくつの衣装部屋に行ったのだろうか。

 軽く、五つは超えていた気がする。というか、その逃げているメイドとやらはまだ追いつかないのか。まぁ、これだけ広ければ、かくれんぼなんて逃げる側の勝利は確定しているようなものだが。サラの事だから、かくれんぼなんて日常茶飯事なはずだ。いい加減、パターンぐらい読んでほしいものだな。


「ここは、…どう…?」


 夜宵は、半分死んだ顔をしながら、サラに訊いた。


「うーん。ここもすぐに見つかっちゃいそう」

「えぇ…」

「…よし!」


 何を決意した。


「食堂に行こう!」

「――帰ります」

「えぇー!何でー!」

「すみません。私、見た目はピッッッチピチの二十代なんですが、実際妖怪なんで、九百歳ちょいなんです」

「え!?そんなにおばあちゃんなの!?」

「お、おばッッ…!?…うん。まぁ、…いや、うん」

「どっち?」

「食堂行きましょう。早く行きましょう」


 こうなってくると、段々ルフィナの事が心配になってくる夜宵だった。

 かれこれ一時間近くかくれんぼをしているが、一向に少女サラが飽きてくる傾向はない。


「実はね、私、自分のお屋敷では、こんな事できないの」


 食堂に向かっている最中、サラがそう口を開いた。


「そうなんだ」


 いや、普通は王族の宮殿の方が、かくれんぼできないと思うのだが。


「だからね、私今、すっごく楽しい!!」


 サラは、笑顔で夜宵に振り向く。手を強く握られると同時に、夜宵のハートもサラの笑顔に握りしめられそうになった。


「そ、そっかぁ。お姉ちゃんうれしいなぁ」


 サラのおかげで疲れが大分吹っ飛んだ。

 サラは普段、数週間に一度の頻度で、王宮にやって来るらしい。きっと厳しい家庭で育っていたんだろう。

 遊び盛りの少女に、かくれんぼもさせないなんて、妖怪の夜宵には、その事情がよく分からなかったが、それでも厳しい家庭に居るというのは理解できた。今度からは、なるべく沢山遊んであげるようにしよう。


「この屋敷も、メイドの数は減らしたって言ってたね」

「え、初耳」

「なんか、ゴソウレンのお嬢様が来たから、なるったけ減らすとかどうとか」


 おそらく、紅葉の事だろう。


「ゴソウレンって何?」


 サラが疑問をぶつけてくる。


「えっとね、……まぁ、そのうち分かるよ」


 食堂までは、さほど遠くなかった。

 階段を降りたらすぐという距離で、夜宵も安心した。

 中は広い。これだけ長いテーブル必要か?というレベルの長さのテーブルが三つ並べられていて、奥にはやけにでかい椅子が置かれている。


「すっごい…」


 夜宵は、その西洋の作りに目を奪われた。

 綺麗に輝いている複数のシャンデリア。傷一つない大理石の壁と、幾何学的な模様が彫られた柱。金色に彩られた内装は本当に夜宵の眼には輝いて見えた。


「そうだね。さすがに私の屋敷でもここまで、輝いてないよ」


 やはり、王様の宮殿というだけあって、他とは格が違うらしい。

 このエクエス王国は、隣国と比べても勢力や権力は大きく、魔法技術も優れている。魔術界(ウィッチクラフト)で比べても、その技術は上位に上るレベルだろう。

 

 本当に、驚くべき光景だ。


―――ふいに後ろから気配を感じた。



「――探しましたよ。お嬢様」


 聞いた事のない声に、夜宵は警戒する。


「あ、見つかっちゃった~」


 サラは、悔しそうな顔をしながら、後ろからする声の元に近づいていく。

 夜宵もゆっくりと振り向き、声の正体を確かめる。


「ご迷惑おかけして申し訳ありません」


 丁寧な謝礼。


「い、いえ」


 不思議と、夜宵も敬語になる。

 

 声の正体は、サラの執事だった。

 きっちりと着用されたスーツは見ただけでその清楚さが判った。背は思いのほか低く、夜宵と同じぐらい。少し中性的な顔付きで、髪は短髪で緑色。程よくカールがかかっている。


「もう、ルキったら見つけるのが下手なんだから」

「申し訳ありません。」


 かれこれ、一時間。

 やっと捕まえる事ができたらしく、夜宵はほっとしていた。


「それじゃあ、私はここで…」


 夜宵が食堂から廊下に出ようと、扉側に振り返り、一歩足を踏み出した時だった。




「――逃がしませんよ?」




 その言葉に、身が固まる。

 逃がさない…。まるで、ずっと追いかけていたかのような言葉。


「獣臭いと思ったら、妖狐でしたか。これは好都合」

「こ、好都合って…?」


 冗談交じりの声で、ルキと言う名前の執事に、そう訊く。


「とぼけなくていいんですよ…。夜宮(よみや)夜宵(やよい)さん?」


 熱が伝わってくる。

 それは、熱意など感情的なものではない。物理的な、魔術的な何かが。


「えぇ~。やっぱりこのお姉さん、妖狐さんだったの~?」

「やっぱり?」


 まるで、始めから狙っていたかのような発言だ。


「シズオとやらの家に奇襲をかけるつもりだったのですが。どうせなら、今、此処で捕まえてしまいましょう」

「そうだね!どうせなら、今ここで!」

「なっ、何言ってん…」


「――捕獲作戦(妖狐討伐)だよ?」


 笑顔のサラが、一瞬で夜宵の目の前まで詰め寄る。


「ッ!!」


――速い。


 その姿は今までのサラとはわけが違う。

 まるで、悪魔。黒く小さな翼が背中に生えており、眼は紅い炎に包まれている。身体の皮膚は所々から火が噴き出している。まるで紅葉の熔解剣(メルトソード)を擬人化したような姿になっていた。


「ほら~逃げないと~。私、ヤルときは本気だよぉ?」


 そのまま、爆風に吹き飛ばされる。


 炎系の悪魔だ。


「油断した…!こんな所まで捕獲隊が攻め込んでるなんて!」


 吹き飛ばされたのは廊下。


「ごめんねお姉ちゃん。でも、かくれんぼ、付き合ってくれてありがとね」


 サラが、廊下に出てくる。

 やはり、その姿は悪魔そのものだ。


「サラちゃん…君はっ…!」

「うん!捕獲隊だよ!」

「…その年齢で?」

「あぁ!私はこう見えても、お姉ちゃんと同じ『ゴネンパイ』なんだよ!」

「その…口調で?」


 最後の言葉だけは、小さく呟いた。

 年齢が相当という事は、サラが悪魔系の何かというのは間違いないだろう。


「お嬢様。あまり、屋敷内で能力を使うのは、止めておいた方がいいのでは」

「もぉ~。せっかく、気合いが入ってたのに!」

「まぁ…。仕方ありませんね。宮殿はあとで賠償しておきましょう」

「なっ…」


 執事が出てきたかと思えば、何て事を言いだすんだ。

 

「いっくよぉ~!!」


 サラが右手を上にあげる。

 そこから魔法陣が展開される。紅い線で描かれたその魔法陣は、徒ならぬ熱が発生していた。おそらく、熱魔法系の何か…。

 そこで、シズオ達の話を思い出した。

 村一つ消し飛ばした爆発魔法。そして、捕獲隊。これは繋がっている。夜宵は、瞬間的にそう分かった。



「…仕方ない…」



 夜宵がそう呟いた時だった。


――爆魔『インパクトカラプス』

  

 その爆発が、王宮の右半分を倒壊させる。

 爆風と、強烈な衝撃波と共に、大きな煙が立ち上がる。


 「爆魔」とは、爆発系魔法の略称だ。「インパクトカラプス」は、爆発系魔法の上位種の魔法。普通の魔術師では到底たどり着くことができないであろうレベルの能力だ。

 その魔法を使ったということは、夜宵を本気で捕獲、又は抹殺するつもりなのだろう。

 そもそも「捕獲隊」とは、伍総連直属の『違法転生者対策部隊』の通称だ。そして、捕獲隊はどの異世界にも属しておらず、各異世界にその異世界に特化した部隊が振り分けられている。それが捕獲隊。伍総連の中でも荒くれものが多いと言われている特殊部隊。

 そして、それに追われている夜宵は違法転生者という事になる。

 魔術界(ウィッチクラフト)のみならず、他の異世界に転生するにしても、必ず伍総連支部への申請が必要だ。夜宵はそれをせずに、この魔術界(ウィッチクラフト)に入ってきた。そうなれば、当然のように捕獲隊に追われるだろう。シズオの強力な魔力香のおかげで、ここ数週間は見つからなかったものの、今回のようにシズオから大きく離れてしまうと、夜宵の持つ妖力を捕獲隊に感知されてしまう。感知が出来れば、あとは感知ができた周辺の地域を探索してしまえば、いずれ違法転生者は見つかってしまう。夜宵の場合、今がその時だった。


「どう~?喰らっちゃった~?」


 崩れていく瓦礫の中から、二つの殺気と共にサラとルキが出てくる。


「そんな、訳ないでしょ…」


 夜宵は、自分の周りに防護結界を張って身を守る。

 

「え~?…“魔術無効化”も混ぜておいたはずなんだけどな~」

「お嬢様。相手は妖狐です。おそらく妖術と言うものを使っているのでしょう」

「あ、そっか。そりゃあ、効かないわけだね!」


 何やら二人で会話をしているのを横目で眺めながら、夜宵はルフィナを護っている部屋の方を見た。幸い、そこまで爆発は届いていない。もし、爆発が届いていたとしても、廊下などは跡形もなく消し飛ぶだろうが、部屋の壁、天井などは無傷のはずだ。


「あ、そうそう!自己紹介してなかったね!」


 サラが黒色に輝いている翼をパタパタさせながら、そう言う。


「私は、サラ・イフリータ。んで、この執事がルキ・メーデイア。よろしくね!」

「イフリータ?…炎の悪魔ね」

「そうだよ!よく知ってるね。違法転生者のなのに」

「違法転生者だからだよ…」


 夜宵には、まだ分からない事があった。

 どうやって、村を爆破させたのは、別の者だと誤認識させたのだろうか。

 村を爆破した者は、廃鉱で隔離しているらしい。なのに、炎の悪魔は今、此処にいる。あのレベルの爆破はかなりの実力者でないとできないらしい。まさか、村を消す爆発系魔法を持つ者が二人もいるのか?廃鉱から逃げてきたということも考えられるが、シズオと紅葉がそれを許すはずがない。


「どうやって、皆を欺いたのかって感じだね~」

「……」

「教えてあげようか?」

「…その執事を使ったんだね…」

「え?分かる?」

「その執事は…神働術(テウルギア)を使える…」


 神働術(テウルギア)とは、術式的には魔法そのものだが、神働術(テウルギア)は魔法と違い、神的な何かの能力を使うとされている。伍世界の中でも、まだ謎が多い能力のうちの一つでもあった。


「へぇ…分かるんだねぇ」

 

 サラは感心したように、眼を丸くする。

 やはり、妖魔界(サスペシャス)の妖狐は、感覚でわかるのだろうか。そんな事を考えながらサラは黒い翼をパサパサ動かした。


「ちょっと友達に…似たような能力(ちから)を使う人がいてね…」


 夜宵はそう言いながら、爆発で吹き飛んだ王宮を眺める。


「――よし…」


 呼吸を整えると、サラ達の方を向き、浴衣を動きやすい程度に切り取る。

 

 戦闘態勢を取りながら、身体の“気”の流れを、整える。

 妖狐として九百年以上生きてきた夜宵だ。武道の心得も、知らない間に身についていた。呪術も、それなりに使える。

 魔術界(ウィッチクラフト)に来た理由はもちろんシズオに会うためだ。そこは紛れもない真実。


「お、やっと戦ってくれるの?」

「お言葉ですが、お嬢様の能力が相手に防御されるようになった今、お嬢様が戦うのはあまりに効率が悪いかと」

「え~そう?…じゃあ、よろしくね。殺しちゃだめだよ?」

「承知しました」


 夜宵の前に出てきたのは、サラではなくルキだった。


 執事服を一枚脱ぐと、身軽な恰好にしてから、再び夜宵に近づいてくる。

 先ほどまでの、清楚でクールなイメージとは一変。まるで獣を狩る狩人のような眼をしながら近づいて来た。その圧迫はとてつもないもので、夜宵さえ息を飲む。


「手加減はしません…」


 最後にそう言うと、瞬く間にルキは夜宵めがけて走りこんでくる。

 完全に、獣を狩る眼だ。なら、その本気に応えてやるしかないだろう。


「――あたしもだよ」


 走りこんでくるルキに、夜宵自身から突っ込む。

 すると、眼で追う事が少々不可能なレベルの早業の体術でルキを吹き飛ばす。

 

「なっ!?」

 

 ルキも驚きの表情を取る。

 たかが妖狐と少し甘く見ていたらしいが、夜宵は見た目は絶世の美女でも、実はかれこれ数百年間、妖狐の長を務める超ベテラン妖怪なのだ。いくら捕獲隊と言っても、夜宵の突然の攻撃には反応できなかったらしい。

 自分が走りこんだ勢いで上乗せされたのか、夜宵が飛び込んだ勢いで力が上乗せされたのか、それともその両方か。ルキは数メートルほど飛ばされた後、難なく着地する。


「何?今の」

「合気道って言うのかな?女性でも出来る技だから覚えておいたほうがいいよ」


 ルキは「ふーん」と呟くと、腕や首の骨を鳴らす。


「分かりました。じゃあ、私も能力を使わせてもらいます」


 すると、ルキの周りに風が舞った。

 何かが変わった。夜宵にはそう感じられた。


――神技『オーバーディストロイ』…!


「?」


 気配が完全に変わった。

 まるで、破壊に満ちた闇のオーラ。

 髪は黒く変わり、眼は紅く光る。


「これは…まずそう」


 夜宵が後ろ踏み込んだ瞬間だった。

 

「逃がしませんって…さっきも言いましたよね?」


 速い!

 気づけば眼の前に。このスピードは、サラやシズオとも違う。殆ど眼で捕らえられないことはおろか、突風が吹き荒れる程のスピード。

 ルキの身体は黒く禍々しい影で覆われている。これが神働術(テウルギア)。そこらの加速能力とはレベルが違うわけだ。


「くっ…!」


 このままだと、ルキの拳が夜宵の顔に直撃する。

 ――その瞬間だった。




「ふっざけんなあああああっっ!!」




 聞き覚えのある声。いつも隣に居た声の怒声が聞こえた。

 その声の主に殴られたのはルキだった。

 そして、殴ったのは。



「わりぃ。遅くなった」


 




 

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