Ep:16 『忘却ディストラクション』(14) 熔解剣は剣と沈黙を溶かす
シズオが違和感を抱いたのは、竜車が何者かに止められ、紅葉がその時に放った言葉だった。
「竜車が狙われたのよ?しかも、相手は相当の手練れ。それに竜車を止めたんなら、周りに刺客の一人でも居ていいと思わない?」
「周りに刺客が居ないということは、またそこから狙うか、別の場所で狙うか。そして、相手は動いてる物を的確に投擲する技術を持っている者」
「竜車の中で安静にしておくという手もあるけど、それだと、また別の刺客が来るのを待っているようなもの」
つまりは、早くその場から離れなければいけないという事。
なのに、紅葉は、“走って”逃げようとはしなかった。“歩いた”のだ。どうせ、逃げるなら、走っても良かったのではないだろうか。
なら、何故歩いて、廃鉱まで向かったのか。それは、
――栄吉が廃鉱に来るまでの時間を稼ぐため。
おそらく、竜車を止めるために投げナイフをしたのは、栄吉なのだろう。先ほど紅葉が「栄吉くんが雑なスローイングナイフするからでしょ?」と言っていたように、栄吉がスローイングナイフをした確率は百パーセントに近い。
だが、何故竜車を止める必要があったのだろう。今の所で、一番考えられるのは、『シズオの思考力、又は対応力を確かめるため』というもの。おそらく、結果は五段階評価で言うとこの1か2辺りだろう。シズオが、栄吉の存在に気づいた事を言った時の栄吉の反応を見てみると、それはよく分かる。まぁ、栄吉の場合は本当の事を言ってるのかどうか分からない事がたまにあるが、1か2辺りの評価の奴がいきなり難問を解いた時の反応だった。
そして、その違和感が確信に変わったのは、廃鉱に入りアンナを取り囲む、四重魔法結界を見た時だった。
――警備をしている魔術師が一人しかいない。
いくら、その魔法陣が強力だからって、警備をしている人が一人というのは、さすがに無いだろう。
つまり、警備をしていた人がそれなりに実力のある魔術師だということが判る。
それから、その魔術師の正体が栄吉だと分かった理由。
そもそも三年前から、栄吉と紅葉はずっと一緒にいたのだ。アジトに居た時も、最終作戦をしている時だって、二人は一緒に居た。だから、シズオは意外と近くに栄吉が居るのかもしれないと随分前から分かっていた。そして、栄吉の存在がこの事によって明らかになる。それは、――騎士長の立場。
騎士長の執務室に居る時、シズオは、妙な地位的な違和感に気づいた。ふつうは明らかに騎士長の方が位が高いはずなのだ。なのに、まるで二人の間に地位の差が無いかのような態度をとっていた。いくら、メイド長だからと言っても、もう少し身を弁えるのが普通なのではないだろうか。
なら、どうしてそのような態度をとるのか。
理由は簡単。紅葉の方が伍世界で優勢な立場にあるだからだ。
この王国で一番偉いのは当然のように王族の人たちだろう。だが、紅葉は王族の人達でなければ、そもそもこの世界の住人ですらない。なら、どうして、騎士長より紅葉の方が偉いのか。
簡単な結論を言うと、紅葉と栄吉は――伍総連に所属している。
シズオは前から、紅葉が妙に伍総連に詳しいと思っていた。感染者の情報はすべて伍総連が管理しているというのは紅葉から聞いた事だった。それは伍世界を統べる組織の情報だから、一般常識なのかもしれないが、ルフィナの発言を合わせると、紅葉が伍総連に属している確率は大分高くなる。
シズオが、紅葉のメルトソードを召喚した時に、ルフィナは紅葉が元魔導剣士なのでメイド長にしたと言っていた。当然のように紅葉はルフィナの護衛も務めている。ルフィナは知らないと思うが、観月組でも栄吉の次に戦闘能力が高いと思われたぐらいだ。――でも、シズオは知っていた。紅葉とルフィナがまだ知り合って間もない事に。
紅葉とルフィナがまだ知り合って間もないと、何がおかしいのか。それは、紅葉の実力を知らないルフィナが自分の護衛をさせるという事。
紅葉は剣団に入っていたが、確か紅葉は護衛班だったはずだ。当然のように表向きに真っ向から剣を振るったりなんかはしない。なのに、ルフィナは紅葉に護衛を頼んである。それはつまり、紅葉の実力を知っているという事ではないだろうか。実力を知っているということは、表向きに、もしくは王宮に居る人たちだけに、紅葉の正体が伝わっているという事にもなる。紅葉の正体といえば、『元観月組の団員』か『伍総連の刺客』ぐらいだ。三年前、紅葉は最終作戦が終わると、伍総連に行くと言っていた。前々から推選はされていたらしい。
『元観月組の団員』というのは、回廊での紅葉の“現役時代”と言った誤魔化し方から、知らされていないと思われる。じゃあ、あと残っているのは『伍総連の刺客』しかないのだ。
もし、紅葉が伍総連から来た者なら、おそらく栄吉もそうだろう。それに、紅葉が伍総連直属の魔術師だったら騎士長への態度も説明が付く。
―――そして、一つの答えが導き出される。
紅葉と栄吉は、シズオを伍総連へ勧誘しに来たのだ。
つまり、紅葉はわざわざシズオを伍総連に勧誘するためにエクエス王国に現れ、伍総連の刺客という立場でメイド長に就き、栄吉と一緒に今回の事件のような?誰にも邪魔されない絶好のチャンス”を窺っていたのだ。
だから、廃鉱に来るのは騎士長ではなくシズオを選び、わざわざ竜車を止め、思考力、対応力を見た後、こんな状況を発生させた。
それに、気づいたシズオは、すぐさま「戦います」と答えた。当然のように、紅葉と栄吉はポカンとしたような“フリ”をしていたが、おそらく内心はシズオの本当の戦闘力を視たくて仕方がないのだろう。そう考えると、オラシオン樹海にシズオを放置したのも、戦闘力を測るためと思えてきた。
実の所、シズオは本気で戦う気はない。ギリギリまで、戦闘をしてから逃げる気だ。
※※※※※※
シズオは栄吉に向かって飛び込んだ。
「真っ向面から向かって来るなんて、面白いな~」
栄吉は余裕の表情を取りながら、そう笑う。
「よぉし、じゃあ僕の久しぶりに頑張っちゃ…」
「――栄吉くんは引っ込んどいて」
「えっ…。あ、はい…」
紅葉が栄吉の前に出て、剣を構える。
「飛燕剣…召喚!」
シズオはそう叫び、右腕を伸ばす。
すると、飛燕剣が瞬時に召喚される。そして加速。風を斬る音と共にシズオは紅葉のメルトソードを吹き飛ばそうとした。
「甘いのよ。たかが加速魔法程度で、私から剣を奪えるとでも?」
しかし、飛燕剣は紅葉のメルトソードで上手く跳ね返される。
さすがに、剣を振るった年数が違う。真っ向から戦っても当然勝てるわけがない。だったら、もっと加速させるまでだ。
一度、撤退をする。シズオは態勢を立て直してから、もう一度剣を振るつもりだ。
「――あなたの甘さはそこよ…」
気が付くと、紅葉は後退したシズオの目の前に居た。一瞬で、その間合いまで詰め寄ったのだ。
「ッ!」
メルトソードが振り降ろされる。
シズオはメルトソードを間一髪で避けると、今度こそ態勢を立て直す。そして加速。今度はメルトソードが振り上げられる前に間合いを詰める。さすがに、紅葉もこのスピードにはついていけないだろう。このスピードは、オラシオン樹海での魔獣討伐時と同じ速度だ。
そして、まだ完全にメルトソードが振り上げられる前に、シズオは間合いを詰める。
「ほら、同じ事を二度も言わせないで」
その瞬間だった。
メルトソードが熱を発する。魔力が熱に変換され、今度は炎を噴き出す。
「紅焔…!」
すると、メルトソードが紅い炎に包まれる。
「まずっ――」
シズオがその言葉を言い終える前に、紅葉は振り上げられかけていたメルトソードをシズオの胸に向かって突きの態勢をとる。
「炎通…!!」
そして、突き。
シズオはまた間一髪でその突きを避ける。
メルトソードから噴出された炎は剣の形に沿った円を作りだし、シズオの脇を通り抜けていく。
「あ、あぶねっ」
シズオは思わずしりもちをつく。
振り返ると、廃鉱の壁が大きな崩壊音を立てて崩れていく。崩壊した岩は段々と『炎通』の効果で溶けていく。
「これ…。当たったら結構危なかったんじゃ…」
「そりゃそうよ。こっちは本気だから…」
「えぇ…」
さすがにシズオもそこまで紅葉が本気だとは思わなかった。せいぜい試験程度の戦闘かと思っていたのだが、どうやら紅葉は本気でシズオを殺す気らしい。
「だいたい、アンタ。人と戦ったこと自体、あんまりないでしょ」
「そんなことないけど…。ここ最近は、あんまりないです」
「いちいち後退なんかしてたら、その間に詰め寄られるわよ」
「…そうですね…」
シズオは尻を地面に付けたまま、俯く。
そして、そばに落ちていた飛燕剣を握る。ゆっくりと立ち上がると腕に力を入れ、態勢を整える。
「あら、いよいよ本気?」
「えぇ…自己流の剣技ですよ」
右手に握った飛燕剣を自己流の剣技に乗っ取り態勢を取る。
グリップの部分を右肩の前まで持っていき、剣身はそこから左横に向ける。
「新しいわねぇ…防御態勢から始めるなんて」
右足を後ろに下げ、剣先が相手に向くようにする。
「…この方が、スピード出しやすいんです…」
「はぁ…いいわ。来なさい…」
すると、紅葉も息を整え、態勢をつくる。
沈黙。
重く、張り詰めた空気が周囲に漂う。メルトソードの熱は段々と上がってきている。シズオは眼を瞑り、剣の効果で自分を一瞬で加速させるために、自分のありったけの魔力を剣に注いでいた。そして、
――水の滴る音が響いた。
双方が動きだす。
だが、より速く動いたのはシズオだった。紅葉もそれに気づき、メルトソードを振り上げる。シズオは物凄い速さで紅葉に近づき、そこからは眼にも止まらぬ速さでメルトソードを受け流して回転しながら、トドメをさした、――はずだった。
斬った感触がない。
今まで数え切れないほどの魔獣を切り裂いてきたシズオにはそれが判った。それでも、たしかに飛燕剣でメルトソードを受け流したのだ。熱でシズオの神経が死んだなんて事はあり得ないだろう。では、何故?
「――と、…溶けてる」
飛燕剣は完全に剣身の半分以上が溶けてしまっていた。
その溶け具合は、まるで千℃の炎で熱した鉄球を氷塊の上に置いたかのように、いとも簡単に溶けてしまっていた。
さすが熔解剣といったところか。名前負けしていない性能だ。
しかし、溶けていたなら話が早い。
おそらく、受け流した時に、熱で溶かされ、折られたのだろう。
「剣溶かすって…」
「どうする?お得意の加速方法がなくなったわよ」
シズオは張り詰めていた緊張をほぐすように、ため息をついた。
「ねぇ。もう勝負ついたって事でいい?」
すると、栄吉が話しかけてくる。
「えぇ、もういいわよ」
結局、栄吉は何もしないまま、終わってしまった。
栄吉は残念そうな顔をしているが、そんなことよりもシズオは逃げる方法の事を考えていた。飛燕剣はメルトソードによって溶かされてしまったし、神足通は使いたくない。
栄吉と紅葉が何やら話している。
今のうちに、気づかれないように逃げるのもあるが、相手は伍総連の刺客。さすがにそれは出来ないだろう。
「あ、逃がさないわよ」
「え!?…いや、別に逃げようとなんてしてませんよ」
「面白い嘘ね。まぁ、この勝負に勝とうが負けようが、アンタは結局連れてくつもりよ」
さっきまでの戦いは何だったのだろうか。そして飛燕剣の犠牲は何のためにあったのだろうか。
「はぁ…。とっとと逃げるつもりだったのに…」
「別にいいじゃない。伍総連のお誘いよ?普通はべきだけどね」
「そういう組織的なの嫌いなんですよ。なんか、こう規則みたいなの多そうで…」
「そうだねぇ」
今度は栄吉は返事をする。
「平和界以外の特別機関に入ると結構いキツイかもね」
と紅葉が言う。
伍世界総合連合には、格異世界にそれぞれ所有が許可された特殊機関がある。例えば平和界なら、感染者などを集めて出来た五つの特殊機関がある。その特殊機関はそれぞれ様々な役目があり、伍世界の存在や感染者の存在を認知されずに行動しなければならない。
平和界の方が、一般人に気づかれずに作業をするという厳しい仕事のように思えてくるが、実際はそうでもない。何せ、平和界で仕事をなす者は九十九%、感染者なので、一般人と何ら変わらない雰囲気を出している。そうすれば、街中で変な呪文を唱えようが、ただの「頭のおかしい人」ですむわけだ。
そして、理由はもう一つある。
「あぁ、あの能天気な人が統領だからですか?」
「あれでも、あの人凄いんだよ?現感染者中最強じゃないかな?」
“あの人”とは、伍総連の幹部、いわゆる上層部の五人のうちの一人。平和界統領の人間、遊里塚若葉のことだ。
伍総連は、各世界の代表者が一人ずつ集まり、伍世界を治めている。そして、その平和界の代表が若葉なのだ。
「ちょっと、信じられないですね…。一回会ったことあったけど、なんか秘書の人に尻にひかれてませんでした?」
「そうね。統領の雰囲気は感じ取れないわね。でも、そんなおかげで、うちの第二機関は結構緩いのよ」
「え、僕の第三機関はそれでもキツイよ?」
「各機関によって、そこを管理してる人も違うからかしら」
結論的には、基本的に緩いという事だ。だが、どうしてか実力は伍世界でもトップレベルらしい。やはり、感染者という様々な能力を手に入れてしまう者が居る時点で少しチートなのだろう。まぁ、最も、若葉はその中でも最強レベルの魔法を感染者の付属能力で手に入れたらしい。
「まぁ、連れていくにしても、まずこの子を魔法防護された牢獄へ連れて行こう」
栄吉はアンナの方を見た。
「え、今回ってそんな仕事だったんですか?」
「そうだよ?」
「知らなかったの?」
「何も聞かされてなかったもんですから」
いきなり紅葉につれていかれたもんだから、ろくな内容なんて聞いていなかった。
魔法防護牢獄は、魔術界の中でも凶悪な魔術師を封じておく所で、魔術界の中心とされている国、『スペクター大魔術王国』にそれは存在する。自分達で大魔術と付けるほど、その王国の魔術発展はすさまじく、優秀な魔法研究者などが沢山いる。そして、その大魔術王国の地下空間に魔法防護牢獄は存在した。
「もしかして…、大魔術王国に連れていくついでに、伍総連本部にワープさせる気じゃないでしょうね」
「あはははは!うん」
「うんって…」
そして、スペクター大魔術王国には、魔術界統領も住んでおり、超大型転生魔法陣という物もあるらしい。ふつう、シズオ達が使っている転生扉はせいぜい、人間一人を取り込めるレベルなのだが、この超大型転生魔法陣というのは、小さめの国一つ丸ごと取り込める大きさの魔法陣らしい。もちろん、その魔法陣を描いたのは魔術界統領だ。それぐらい、大きく広大な王国なのだ。
「それじゃあ、行こうか」
栄吉はアンナの方に寄る。
その時だった。
「――随分と楽しそうね」
一瞬、誰かと思ったが、アンナが喋ったのだ。
「今頃、王宮がどうなってるかとか、考えないの?」
「――ッ!!」
シズオ達は我に返る。
そして、ある事に気がついた。
――“単純な事”に気づいていなかったのだ。
「くっそ!!」
シズオは叫びを上げる。
「栄吉さんは、アンナを見張っていて下さい!!」
「え、あ、うん」
「結埼さんは、僕とついてきてください!!」
何かと思えば、シズオは廃鉱の出口を目指して走りだす。
紅葉もそれについて行くように走りだした。シズオは、先ほどの一瞬でアンナの言葉を理解してしまった。
「だいたい、…こんな少女がたった一人で村を爆破するはずがないんだよ!!」
廃鉱から出る。
森の奥からは、王宮辺りから出てくる煙が見えた。
この煙は明らかに…。
「くっそ!!出遅れた!!」
そうして、シズオと紅葉は、また森の奥へと走り始めたのだった。




