Ep:15 『忘却ディストラクション』(13) 違和感
ある日、シズオ達は騎士長によって王宮に招かれた。
「それは…つまり」
「魔物ではない、…何かの仕業です。おそらく、実力はA級魔獣の群を一人で蹴散らすレベルかと」
騎士長は、執務室の椅子から立ち、ため息交じりの声でそう言った。
「A級を一人で…」
どこかで聞いたセリフではある。シズオの事ではないかと思ったが、おそらくそれは違う。騎士長の話の詳細はこうだ。
ある日、西の街クラールスのある村が一晩で消失した。
村が消失したと言っても、村人や建物が消えただけではない。村の中心から周りまで、まるで隕石が落ちてきたかのように、大きなクレーターが出来てしまったのだ。おそらく、爆発系の大魔法。村を一回の爆発で吹き飛ばした訳だから、その威力と、衝撃はとてつもない。当然のように隣の村にも被害が出ていた。
「爆発系の魔法か…」
シズオも声を漏らす。
「紅葉殿」
「ん?なんですか?」
「実は…――起爆した者は捕らえる事が出来たんです」
「――ッ!!…その者は、今何処に?」
「此処から、近くの廃鉱に隔離、監視しています」
「……見に行きます」
「かしこまりました。直ちに、竜車を手配します」
「えっ、行くの?」
一瞬、紅葉に睨みつけられるシズオ。
「騎士長。私の代わりにルフィナ様の護衛をしておいて下さい」
「わ、分かりました」
「私が良いと言うまで、絶対に外に出さないでください」
「はい!」
なんだか、騎士長とメイド長の地位がよく分からない。多分、普通は騎士長の方が地位が高いと思うのだが。
「夜宵ちゃんは、騎士長と一緒にルフィナ様の護衛…って言うか、部屋に結界でも張って、絶対に出さないようにして」
「りょーかいでし」
夜宵は、デコに手を当て、敬礼のポーズをしながら、紅葉に返事をした。
紅葉は、シズオの腕を掴み、執務室を共に飛び出した。
「ちょ、やっぱ俺も行くんですか!?」
「当たり前でしょ。アンタそれでも王国最強!?」
「いや、俺にいつ王国最強の称号が付いたんですか!?」
それでも、ものすごい速さで紅葉はシズオを引っ張っていく。足早すぎでしょ、このメイド長。
※※※※※※
城を出ると、すぐさまシズオと紅葉はランドー型の馬車に乗った。
馬車の中で紅葉は目にもとまらぬ速さで、軽装備の鎧に着替えた。
あまりに当然のように、シズオの前で着替えるので、シズオはしょうが無く両目を手で押さえた。
馬車、…いや、正確には竜車はとてつもない速さで“近くの坑道”という所に向かっている。しかも、物凄く木が生い茂っている所を走っているから、少し顔を出せば、恐らく首を持って行かれるだろう。
「てか、アンタはいつもそのパーカーね。しかも、それワンサイズ…ツーサイズぐらい大きくない?」
「この服が一番慣れてるんで」
「へぇ、変わってるわねぇ」
メイド服に剣携えてた人に言われたくない。そう、心で叫ぶ。
「まだ、時間かかるわね」
「そっすね…」
少しの沈黙が流れる。最初に言葉は発したのは紅葉だった。
「結局、アンタの寓話花ってなんなの?」
「え?」
「てか、私の寓話花って覚えてる?」
「はい。カーネーションでしたっけ?」
「そうそう。んで、アンタの花の名前は?」
そこで、オラシオン樹海で出会った魔獣を思い出す。
あの熊のような魔獣。すこし不自由にこんな事を喋っていた。
――『・・・ワスレ・・・ナグサ・・・』と。
「ワスレナグサかな?」
「ワスレナグサぁ?これまた奇妙な名前の花を選んだわねぇ」
「いや、別に選んだわけじゃないんだけど…」
「っていうか、それいつ知ったのよ」
「この前、無理やりオラシオン樹海で魔獣討伐させられた時、なんか喋る魔獣が言ってたんですよ。俺の方を見て、『ワスレナグサ』って」
「喋る魔獣ぅ?その魔獣って、アンタが容赦なくぶった切った奴でしょ?喋ってたのに、ぶった切ったの?」
「いや、そのあと理性失っちゃったから」
しょうがなく、ぶった切ったと。
「あ、そう言えば…」
「何?」
「いや、その時、あの魔獣が『キチエイの友達』とか、どうとか」
「キチエイ?……」
その時、紅葉とシズオの脳内にはキチエイという名前を暗号とみなし、解読をし始めた。
「キチエイ…逆にしたら…」
「エイ…キチ……栄吉!?栄吉さんの事!?」
栄吉とは、元観月組のリーダー、観月栄吉の事だ。
「何で、栄吉さんの友達?」
「さぁ、そんなの私が知るわけないでしょ。でも、何らかの関係があるかもね」
「?」
紅葉が何か、意味あり気な顔でそう言う。
「もしかして、何か隠してません?」
「えぇ?さぁ?どうだろうねぇ」
明らかに何か隠してる顔で紅葉が窓の外側を眺める。
すると、――竜車が急停止する。
「――ッギャ!」
シズオは奇声を上げながら、急停止した竜車の影響で前に吹き飛ばされる。このランドー型の竜車は向かい合う形で椅子が配置されているから、急停止すると、前の人とぶつかってしまう事があるらしい。まさに、今がその時だった。
「アンタに壁ドンされるのは…キツイわぁ…」
「うっさいっすね。別にやりたくて、やってる訳じゃないですから」
シズオは赤らめながら、言い訳をこぼす。一方、紅葉は何事もなかったよに真顔で言った。
「それにしても、どうしたのかしら。急停止するなんて」
「そうですね。降りてみますか」
竜車から降りると、御者のおじさんが、申し訳なさそうな顔をしながら、こう言ってきた。
「申し訳ありません。前輪に何か挟まったみたいで」
そう言われ、シズオ達は右側の前輪の様子を見に行った。
「…投げナイフ…?」
「走ってる竜車の前輪に的確な投擲。しかも、投擲した場所はおそらく、あの茂みの中から」
「相当の手練れってことですか」
「まぁ、相手の目的が何であれ私達は急いで、廃鉱に向かわないといけないわ。こんな悪戯にいちいち構ってる暇なんてないし」
「紅葉さんがそれでいいなら、それでいいですけど」
紅葉は、竜車に積んであるメルトソードを取り出してから、御者に「ありがとうございました。此処からは歩いていきます」と言い、先に進んでいった。
「え、歩いていくの?」
「ほら、さっさと行くわよ」
「え、えぇぇ…」
シズオは急いで、紅葉に追いつき、紅葉の男っぷりにため息をつく。
「何でそんなに急ぐんですか?」
「…分からないの?多分、あそこに長居してはいけないわ」
「えっ、何で?」
「はぁ…。竜車が狙われたのよ?しかも、相手は相当の手練れ。それに竜車を止めたんなら、周りに刺客の一人でも居ていいと思わない?」
「つまり…?」
「周りに刺客が居ないということは、またそこから狙うか、別の場所で狙うか。そして、相手は動いてる物を的確に投擲する技術を持っている者」
「…どっちにしろ、同じ場所に居たら狙われるという事か…」
「竜車の中で安静にしておくという手もあるけど、それだと、また別の刺客が来るのを待っているようなもの」
「でも、外なら、俺らの身体能力である程度はスローイングナイフの投擲を防げる…という事か」
シズオは高速で投擲を避け、紅葉は…まぁ、別の回避方法があるのだろう。投擲物をメルトソードで溶かすとか。
「…って、あのおじさんは大丈夫なんですか?」
「相手の狙いは、私達よ。あのおっさんが狙われる事はないと思うわ」
「おっさんて…」
「いいから、早くついてきなさい」
シズオは、わずかな違和感を覚えながら、紅葉についていくのだった。
※※※※※※※
「ここね…」
しばらく、歩くと、そこには大きな坑道の入り口があった。
「結構、大きい廃鉱だったんですね」
「今は、別の事に使ってるわ」
「へぇ…再利用してるんですね」
「以外と狭い国だから再利用できるものは再利用しないといけないわ」
「エコですね~。…んじゃ、行きますか」
「えぇ」
中に入ると、そこは外の暑い日差しは入らなくなり、ひんやりとした涼しい空気が充満し、シズオ達の身体を冷やしていった。辺りは、暗く、一定の間隔て置かれている松明のみで、この廃鉱は照らされていた。
「涼しいぃ…」
「あら、ほんと」
さらに進んでいくと、何やら、光が漏れているのが分かった。その正体に、シズオは眼を奪われたのだった。
「――これって…」
「えぇ、えらく大掛かりな結界魔法ね」
坑道の大きく開いた空間に、直径十メートルぐらいの光る魔法陣が引かれていた。魔法陣の線上に沢山の見たことのない文字が描かれており、一番広い魔法陣の中にあと三重同じような魔法陣が描かれている。
その魔法陣からは、不思議なオーブのようなものが発生しており、魔法陣の周りに渦巻いている。
そして、
「えっ、…爆発させたのって……女の子?」
「そうらしいわね」
魔法陣の中心に、少女がペタリと膝を地面に付けながら座っている。
腕には沢山の包帯。眼が片方だけ、翠眼に輝いており、それはとても神秘的な眼だった。顔だちも整っていて、髪も長い。ボサボサではあるが。
「すみません。クレハ様ですか?」
すると、少女の警備をしていた魔術師が、紅葉に話しかけてきた。
「えぇ、そうよ」
「騎士長から、話は伺っております」
「それで?この少女が犯人なの?」
「はい。信じがたいですが。爆破魔法の残り香が感知されました。それも、…かなり強力なものです」
「能力の総名称は?」
「まだ、確定はしていませんが、…こちらです」
すると、何やら、書類を渡される。
シズオも紅葉に渡された書類を覗き込んだ。それには、少女の名前、年齢、経歴などが、書かれていた。
――アンナ・スカーツェル 年齢:十三歳 能力『狂瀾怒濤の業』
シズオにも、その文字は読めている。
そこから下は、何やら、意味の分からない文字で書かれている。
「へぇー……って、『狂瀾怒濤の業』って何?」
「そのままよ」
「…え…四字熟語?」
「そうよ」
「…何で?」
「一番の目的は、他世界の色々なジャンルの能力の名称を統一するためと言われてるわ」
「僕にも、あるんですか?」
「んなの、私が知るわけないじゃない」
「デスヨネー」
シズオは、アンナという少女の方に近づく。
監視している人に、「近づくと危ないですよ」と声をかけられたが、シズオはそんな声に見向きもせず、アンナに近づいた。
「これ、こんな厳重に封じる必要あるんですか?」
「これでも、村を丸々吹き飛ばした奴よ。油断はできないわ。…特に女ってやつは」
「なんか、別の意味こもってません?」
シズオは、もう一度アンナの方を見る。
ボサボサの髪。少しやせ細った身体と、虚ろな眼。そして、一番目が行くの腕に巻かれた包帯だ。
「結埼さん。この子、怪我してるんですか?」
「はぁ…。アンタってやつは…ホントメンドくさいわね」
紅葉は、面倒くさそうな顔をして、アンナの腕を見た。
「それは、腕に描いた魔法陣を隠すための包帯よ」
「えっ?」
「ふつう、魔術師っていうのは、魔法陣を描いて魔法を発動するもの」
「はい」
「でも、その『魔法陣を描く』という過程を飛ばすために、身体にあらかじめ、魔法陣を描いて、魔法を発動する人もいるのよ」
「えぇっと…タトゥー?」
「いや、…まぁ、そんな人もいるだろうけど、魔法で描く人もいるわ」
「魔法で魔法陣かくの?」
「そうね。勝手に消えないし、いざ消そうと思えば、消せるからね」
「安全ですね…。じゃあ、杖は、杖の中に魔法陣が内蔵してる感じですか?」
「うん…そうね。大体はあってるわ。でも、杖にも沢山種類があるからね」
「そうなんですか。まぁ…安心しました」
シズオは、アンナから、少しずつ離れる。
「なんか…」
「ん?どうしたのよ?」
「…俺と似てるんですよね」
「…気のせいよ」
何処か似ているのか自分でもよく分からなかったが、どこかが似ている。シズオはそう感じた。
「この子は、ただの爆弾魔。アンタはこの王国を救った救世主よ」
「…そうですね」
アンナは、まだ虚ろな眼をしている。
多分ずっとこのままなのだろう。
シズオはゆっくりと、紅葉の方を振り返る。
「アンタ…。まさか…」
「すみません。――違和感の正体が分かりました」
「違和感?」
「ねぇ、そうでしょう。――栄吉さん」
シズオは、監視をしていた魔術師の方に眼を向けた。
「…いつ分かったんだい?」
「さぁ、そんなの自分で考えたらどうですか?」
そう。監視をしていた魔術師の正体は観月栄吉だった。元観月組リーダーの、あの観月栄吉だ。
「ただ、目的は分からないままです」
「そうでしょね。今の段階じゃあ、さすがに分からないわ」
「そうだね。でも結構、早い段階でばれちゃったね」
「栄吉くんが雑なスローイングナイフするからでしょ?」
「はは、ごめんごめん」
「もう…」
「イチャイチャするのは、そこまでにして下さい」
シズオは栄吉をにらみつける。
「でも、どうするの?」
紅葉が問う。
「出来る限り戦います」
「へぇ、そりゃあ面白い」
「シズオ、諦めなさい」
「諦めたら、どうなるんですか…?」
「どうなるって、……どうなるの?」
「知るか!」
取りあえず叫ぶ。
紅葉はクスクス笑う。栄吉は、溜め息をつき、シズオに話しかけた。
「それじゃあ、戦おうか…」
「そうね…」
紅葉と栄吉は、お互いに準備を整える。
紅葉は、メルトソードを構え、栄吉は魔術師のローブを脱ぎ、身体を軽くした。
「…あ、そういえば、栄吉さんの付属能力ってなんなんですか?」
「え?今それ?解説必要?」
栄吉は、気合いを入れていた顔をゆるめた。
紅葉はため息をつく。
「現在確認されている、世界は全部で五つ。それは分かるわよね」
「はい」
「じゃあ、全部言ってみて」
「えぇっと…。平和界、魔術界と妖魔界…んで…え…?」
「…はぁ…。冥土界、そして亜種界」
「へぇ…」
「栄吉くんは亜種界の感染者よ」
「へぇ…」
冥土界は漢字の通り、死後の世界の事。地獄や天国、その他、様々な世界が集結して、作られた世界だ。亜種界は、平和界で発見された未確認生物や、様々な場所で発生した超常現象などが一か所に集められた、いわば、亜種的なモノが集められた世界の事。
「どんな能力なんですか?」
「それはねぇ」
瞬間、栄吉の周りが発光する。だが、妖力が感じられなければ、魔力も感じない。
「――ポルターガイストさ」
「…そういうのも、ありですか…」
寓話花の付属能力なら、怪奇現象を自由に操作する能力があったって不思議じゃない。
「じゃあ、やりましょうか…」
「あぁ、そうだね」
紅葉は、メルトソードの魔力をいっきに放出する。栄吉はさらに、超常現象の強さを上げる。
「行くぞ…!!」
シズオは、少し湿った廃鉱の地面を強く蹴り、紅葉達の方へ突っ込んだのだった。




