Ep:14 『忘却ディストラクション』(12) 二重能力
「結埼さん…。朝食作ってくださいよ」
「やぁよ。メンドくさい」
紅葉とルフィナが、シズオの家に住み着くことになった次の日の事。
「じゃあ、何でこの前は作ってくれたんですか?」
「気が向いたからよ」
やはり。
シズオも分かってはいたが、紅葉は身勝手な人間なのだ。
「はぁ…」
ルフィナはまだ部屋で寝ているし、夜宵は、ずっとテレビの前で駄菓子を貪っている。
ちなみに、この家の電化製品は全て電気系統の魔力で賄っている。だれが出力源かは、言うまでもなく紅葉だ。色々あっても、紅葉には電力を賄ってもらったりしているので、これ以上の文句は言いにくい。シズオは仕方なく、朝食を作ることにした。
今日の朝食は、至ってシンプルな家庭的な和風料理。
シズオは、一人暮らしを始めて三年間、一人で朝昼晩のご飯を作ってきたので、実際これくらいの事は朝飯前なのである。
「おい、夜宵。朝食が出来た。駄菓子は没収だ」
夜宵のもとまで近づくと、強引に駄菓子を取り上げ、テレビの電源を消す。
「うえぇ。今、いいとこだったのに~」
「うるさい。いらないんだったら、いいんだぞ。もう二度と、お前の分は作らんがな」
夜宵はようやく納得したのか、トボトボと皆の居るリビングまで向かう。シズオもそれに着いて行くと、今度は、ただでさえ面倒くさそうな顔をしている紅葉が、より一層面倒くさそうな顔をしていて待っていた。
「シズオ」
「はい」
「ルフィナ様、起こして来て…」
「自分で行け!」
つい怒鳴る。
「いいじゃない。今日は日曜の朝よ?今日ぐらい怠けたっていいでしょ」
年がら年中、怠けてそうな人が何を言っていってんだ。
シズオはそんな叫び声を胸の中に閉じ込めて、仕方なく、ルフィナの部屋へ向かった。ルフィナの部屋は二階にしてある。この家は一応三階まであるが、三階は非常時転生用のため、空きスペースにしてある。だから住居スペースは一階と二階のみなのだ。
「おーい。ルフィナー。起きろー」
ルフィナの部屋の前に着くと、シズオはそう呼びかけた。もちろん返答は帰ってこない。
「開けるぞー」
ゆっくりと、ドア開ける。
仮にも女性の部屋を開けるわけだから躊躇いはあったが、今はそんな事よりも夜宵がまた駄菓子を喰いだしていないか、心配だった。
部屋の中は案外綺麗だった。
さすが、一国のお姫様と言うべきか、身の回りの世話はキチンとしている。一瞬、怠けている紅葉の姿が脳裏に浮かんだ。
「おーい。ルフィナー」
どういう訳か、ルフィナの姿が見当たらない。
さほど広い部屋ではないはずなのに、ルフィナの金髪の髪が見当たらなかった。
「……あっ、あれか?」
ベッドの上に無造作に置いてあるシーツから一本の透き通るような綺麗な美脚が見えた。おそらくルフィナの足だろう。
近づいて、シーツを脱がそうとする。
「おい。…そろそろ起きろよ」
「うぅん…。まだ眠いですぅ」
包まれたシールの中からは、可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。いつもの冷静沈着な声とは裏腹なルフィナの声。最近は、よく遊んではいたが、やはり仕事の方が増えてきたのだろう。なんせ、このエクエス王国最強の魔術師はルフィナ本人なのだ。そりゃ、ストレスや疲れも溜まるだろう。
シズオはクスリと笑ってから、無理やりシーツを脱がした。
※※※※※※※
「ひどいです。シズオ」
ルフィナを朝食を食べながら、シズオの愚痴を漏らす。だが、その姿は少しも憎くない。
「寝ぼけているのに、シーツを無理やり脱がして廊下に放りだすなんて…」
「恨むなら、俺じゃなくて結埼さんを恨め。俺に起こしに行かせたのはあの人だ」
シズオは紅葉の方に指を指す。
ルフィナはやっぱりと言いたげな顔で、ため息をついた。
普段王宮では、必ずこんな起こし方はしないだろうと思う方法で起こしたので、ルフィナはかなり驚いている。
紅葉は、朝食を食べ終わり、キッチンの方で食器を洗っている。夜宵もちゃんと食べたようだ。今は、再びテレビを見ている。ちなみに駄菓子は食っていない。
というか、食器を洗ってくれるんなら、朝食も作ってほしかった。まぁ、それはないだろうけど…。
シズオは、テーブルから離れ、夜宵の座っているソファーの隣に座った。テレビには、明らかに平和界の地上波で流れている番組が映し出されていた。どういう原理で他世界の地上波を流しているのかは知らないが、とにかく便利だ。
「それにしても、シズー」
「ん?なんだ夜宵」
「結局、シズオってなんでエクエスに来たの?」
夜宵は、首を傾げる。
「あぁ、そういえばそうね。どうして来たの?たまたまってことはないでしょうし」
この件に関しては、紅葉も興味があるようだ。
「もとは、ある魔法研究所の依頼でここに来たんですよ?」
「「「魔法研究所の依頼?」」」
三人声をそろえて、シズオに聞いてきた。
それもそうだ。ふつう、魔法研究所からそこらをうろついている青年に依頼など出さない。もし、何か頼みたい事があったとしても、どこかのギルドやそういう組織に頼むはずなのだ。それなのに、たまたま魔術界に居た、青年に仕事を依頼するなんて。ルフィナと夜宵は首をかしげたが、紅葉はしばらくしてから納得したような顔になった。
「仕事をしていたってバレてるのね…」
紅葉はそっと呟くと、シズオはうんと頷いた。
「何て名前の魔法研究所だったんですか?」
「確か…『ルークス魔法研究所』って名前だったはず」
ルフィナはしばらく考えると、すぐに答えた。
「ルークス。…フルゴル王国の地名ですね」
「じゃあ、フルゴル王国の魔法研究所ってこと?」
今度は夜宵が敏感に食いついてくる。
フルゴル王国はこのエクエス王国と河川を挟んだ所にある、いわば一番の貿易相手でもあった。両国とも仲が良く、とくに争い事もなく最近はフルゴル王国の観光客がエクエス王国に来ることも多く、互いに文化を共有しあっている。それぐらい、親しみのある王国だ。
「それで、ルークス魔法研究所から、どんな依頼が出たんですか?」
「あぁ、『エクエス魔法研究棟の極秘資料を盗んで来てほしい』って依頼だよ」
「ッ!!」
一瞬、ルフィナが驚いだ顔になる。
「俺も、あの研究棟には興味があったし、依頼を引き受けたんだ」
おそらく、三年前の観月組最終作戦と同じ資料だからと思ったからだ。
「でも、来てみたら、研究棟が無くなってっからよ。昨日それを伝えたら『それならいい』って言われちまって…」
ルフィナの顔は段々と、静けさを増していく。
「シズオ」
「ん?」
「この家に住んだのは、資料を盗むためのアジト替わりにするつもりだったからですか…?」
「あぁ、いや、この家に住むようになったのは、たまたまで、仕事関係なく住んでるぞ」
ルフィナは、また驚いた顔になってから、今度はほっとした顔になり、「そうですか」と言った。
「あ、そっか。もし魔法研究棟が無くなってなかったら、俺は結埼さんやルフィナ達と敵対することになってたのか……ってそれだけじゃないな。もしかしたら俺が引き金で戦争が起きてたかも」
シズオは、ぼそっと呟き、自分の発言の危機さに気づいてから、ルフィナの方を向いた。
ルフィナは、もう朝食を食べ終わり、今は紅葉の入れた珈琲を飲んでいる。もう気にしていないようなので、シズオもほっと胸を撫で下ろした。
「それにしても、さ」
紅葉は、食器を洗い終わり、自分の分の珈琲を入れたら、シズオと夜宵の座っているソファーに近づいてそう言った。
「アンタが、オラシオン樹海で討伐した魔獣。あれ、結構強いのよ。それなのに、三十数体を一人でやっちゃうなんて。しかもA級魔獣の群を」
「えっ。A級魔獣の群を一人で?」
ルフィナもこの話には興味があるようだ。ちなみに、夜宵は、さっきからずっとテレビの中の世界に飲み込まれつつある。没入しすぎだ。
「もしかして…。“あれ”、使ったの?」
「…あれはもう使ってません」
「あら、じゃあどうやって加速したの?」
「飛燕剣で高速移動して…――って加速したこと前提なんですね」
「当たり前じゃない。最終作戦の時だってずっと加速しっぱなしじゃなかった?」
「あれは…。まだ子供だったから。ちょっとはしゃぎすぎちゃって」
「今も子供でしょうが」
二人の会話にルフィナだけが、ポツンと取り残された。ずっと口を開けボーっとしている。
「“あれ”って何ですか?」
「…えぇっとな」
シズオは言い逃れの仕方を考える。
すると、ズバッと紅葉の口から真実が漏れた。
「こいつは、感染者の中でも、二つ能力を持っていましてね」
「ちょ、結埼さん!?」
「一つは大質量の物体を召喚する古代召喚魔法。そして、二つ目が――」
「ちょ、ちょっと待って下さい。自分で説明しますから!」
すると、紅葉は黙り、シズオはため息をついてから、自ら二つ目の能力に関して説明をした。
「六神通の神足通だよ」
「えっ?」
ルフィナは意味が分からないらしく首を傾げる。
神足通とは仏教における超人的能力、六神通のうちの一つ。
六神通とは完全な精神統一などを行って得られる六種類の超人的能力の事だ。神足通はそのうちの一つで、何処へでも自由自在に、どのような障害があっても進み続けることができる能力がある。そして、外界の物を変形させることができ、シズオに場合は『縮地』という距離を縮めることで長距離を一瞬で移動する能力も持っている。
だが、神通というのは禅定などによって得られるものなのだ。案の定、訓練系の物事が嫌いなシズオにはそんな事が出来るわけがない。なら、どうして、シズオは神足通を手に入れたのか。それは簡単。
「こいつは、それを感染者の能力として手に入れた」
ルフィナが小さな頭を抱え、言葉に出しながら、整理をする。
「えっと、つまり。シズオは寓話花で手に入れられる能力が二つあったという事ですか…?」
「神足通の説明はスルーか」
「だって難しいんですもん」
「まぁ、西洋の世界であるここの住人には理解し難いだろうな…。仏教だし」
「…ん?でもシズオ」
小さな頭を起こす。その眼には、疑問が映し出されていた。
「寓話花って普通、『魔法花』って言いません?」
「あぁ、寓話花にも種類があるからな。全部で四つ」
「四つ?…あぁ、なるほど」
そう。寓話花は、全部で四つの種類がある。なぜなら、平和界を除く四つの世界の能力で分かれているからだ。
例えば、紅葉。紅葉の寓話花は魔術界の能力を与える効果がある。そして、
――花の名前は『カーネーション』
カーネーションと聞いて、誰もが一度は聞いた事のある花の名前だと思う。なぜ、そんな名前なのか。理由は簡単。
寓話花は平和界で開花する時、実際に実在する花に化けるからだ。そうすれば、周りに一般人が居ても気づくことはない。それだけ完璧に似せるため、感染者になった本人もどの花に感染したか分からない事が多々あるそうだ。ちなみに、感染者の情報はすべて伍総連が管理しているらしい。
つまり、紅葉は『カーネーション』の感染者という事になる。
そこで、ルフィナがまた疑問を抱いた。
「じゃあ、シズオの寓話花はどこに属すんですか?」
自然にそんな疑問が浮かんでしまう。
能力が古代召喚魔法だけなら『魔法花』になる。だが、神足通は当然のように仏教の一種。妖魔界の『妖花』になってしまうのだ。全く違う世界の能力が一つの寓話花に付属してあるということになる。
「それがねぇ…」
「分かんないんだよな」
「えっ?」
「現在確認されている二重能力の感染者は俺を合わせて三人だけらしい」
「えっ…。えぇ…」
ばったりと気力が抜けたようにルフィナの身体は倒れてしまった。
長々と説明をされた割には結局分からずじまいのまま終わってしまった。
ルフィナはぼそぼそと呟きながら、夜宵と一緒に二階に上がって行った。リビングには、シズオと紅葉のみ残された。
「で?どうして?」
「結埼さんと再会するまでの三年間に…色々ありまして。…緊急時以外使わないようにしてあります」
紅葉は、珈琲を飲み終わったらしく、コップをテーブルに置くと、シズオにこう言った。
「このままだと、…身体だけじゃなくて心までモヤシになるわよ」
「少なくとも、身体はモヤシじゃねぇよ!!」
部屋には、わずかな哀しさと、溢れる笑いだけが残ったのだった。




