Ep:12 『忘却ディストラクション』(10) 死ぬ理由
「まったく…。シズオ君はド助平です」
「俺、初めて女性にド助平って言われたわ…」
現在、シズオはルフィナに説教を食らってから、朝食をとっている。
朝食は、以外にも紅葉が作り、シズオ、ルフィナ、紅葉、夜宵の四人で朝食をとっていた。
「それにしても、結界を力ずくでこじ開けるなんてねぇ…」
紅葉は、自分の結界が一晩で破られたことに落ち込んでいる。
それにしても、妖狐というのはそんなにも力があるのだろうか。
「妖狐ってそんなにすごいのか?」
「え?うーん…。まあ、種類にもよるけどね」
すると、小声で紅葉がシズオに耳打ちしてくる。
「この妖狐は、金狐よ…。おそらく軽く、三百歳は超しているわ…」
「っさ、三百!?…大分年上ってことですか?」
「本来は、私達がこういう風に話すことさえ難しいはずよ…。この妖狐は例外だけど…」
つまり、この妖狐は相当位の高い妖怪なのでは。
それほどの妖怪なら、紅葉の結界の一部に穴を開けてもおかしくはない。
すると、紅葉は、自分の座っている椅子を半分後ろに傾けながら、ため息をつく。
「まあ、別に私、結界専門の魔法使いじゃないから」
何かと思えば、意地をはる紅葉。
「もう、そんなに怒らないでよ、紅葉さん。結界は妖魔系の物に張り替えておくからさ」
「つよ~く、しておいてくれよ」
「分かったよ、シズ」
「“シズ”って言うなよ。そんなあだ名を許可した覚えはない」
「まぁまぁ」
相変わらず、夜宵は明るい。
ただ、シズオの中では“シズ”というあだ名がどうも引っかかるのだった。
「それにしても、その妖怪は、またシズオ君のお知り合いですか…」
ルフィナは“また”と言った。おそらく紅葉の事を指しているのだろう。どうやら、それが気に食わないらしく、頬をぷうっと膨らませている。
「知り合いって言っても、覚えてないんだけどな」
「――えっ、そうなんですか!?」
そんなあからさまに喜んでいいのか。それでも一国のお姫様だろう…。
「そうらしいんだよ~」
すると、夜宵が机にべたーと倒れこむ。
「シズオは、記憶がないからね」
と、紅葉が続ける。
「コイツは、記憶のない唯一の感染者なのよ…。色々あって、心優しい私が回収しただけであって、もし他の連中に捕まってたら、本当の名前さえ分からなかったかもしれないわ」
「心優しいかは、置いといて、取りあえず結埼さんには感謝しています」
一瞬、紅葉から殺気を感じる。
「…ってことは、俺が死ぬ前に、夜宵と出会っていた可能性もあるという事か…」
今まで、観月組が解散してから、紅葉に再会するまでの三年間の記憶をたどっていたが、よくよく考えると、死ぬ前の記憶がないシズオには、もっと前に夜宵と出会っていたこともあり得るのだ。
「まぁ、私とシズオが出会ったのは、三年以上前だったけどね~」
「「「軽っ…」」」
夜宵以外の三人全員が声を合わせてそう言った。
「さてっと…」
紅葉が立ち上がる。
食器の片づけをしてくれるのだろう。
「あ、手伝いますよ」
シズオも立ち上がり、紅葉の後をついていく。
皿を持っていくと、紅葉は、洗う準備をしていた。紅葉が皿を洗い、シズオが皿を拭くのだ。と、言っても、朝ごはんなのでさほど多くの食器は無い。すぐに作業は終わってしまった。
「はぁ…。それにしても狭い食堂ね…」
「そりゃあ、そうでしょう。…てかまず食堂って言い方がおかしいんですよ」
王宮と、一般家庭のキッチンの広さを比較してはいけない。なぜなら、とてつもない差があるからだ。
「結埼さんって、シェフもしてるんですか?」
「まさか。姫様に晩飯を運んであげてるだけよ」
「晩飯って…。え、…じゃあ、朝食と昼食は?」
「他の人たちに任せてるわ…」
「なんで夕食だけ…」
不思議な疑問が残るが、どうせ、いつもの「面倒くさいから」とか「夜は気が向くから」とか言うのだろう。これ以上質問しても無駄だ。
しばらく沈黙が続いてから、最初に喋ったのは紅葉だった。
「おかしいのよねぇ…」
「え?何がですか?」
「あの夜宵って狐よ。シズオが死ぬ前に出会ってるんだったら、シズオが死ぬのを防げたはずよ」
「まあ、妖怪ですし…。それぐらいはできるでしょう…」
「じゃあ、なんでシズオを死なせたの?」
シズオでは、そこまでたどりつけなかった。そうだ。どうして夜宵はシズオを死なせたのだろう。
そこで、紅葉は片付いた食器をみて、ふうとため息をつき、後ろを振り返る。後ろを見ると、ルフィナと夜宵がトランプをしているのが見えた。
「答えは簡単よ…」
「えっ…?」
「……――死なせる必要があった。あなたをね」
死なせる必要。
一体どうしてそんな事が必要なのだろうか。考えれば考えるほど、頭の中がこんがらかってくる。
「まぁ、無理に今考えなくてもいいわ…。そのうち分かるでしょ。――あなたの死ぬ理由」
「…そうですね。難しい話はあと回しにしましょう」
シズオもルフィナ達の方を見る。
本当に楽しそうに、トランプをしている。
――今は、この日常を壊したくない。
シズオの脳裏には、その言葉が焼き付いていた。
いつ焼きついたモノかは分からない。そこで、夜宵と目が合う。
「へへっ」
少し照れくさそうに、笑う夜宵を見て、シズオは「そうか」とうなずく。
紅葉ははしゃぐ二人を見て笑う。シズオはそれにつられて笑ってしまう。
――今は、この日々が楽しいから。
そんな彼女の声が、シズオの耳には残っていた。




