Ep:9 『忘却ディストラクション』(7) 伍総連
「あの・・・建物は・・・」
ジズオは、魔獣のいた森から出ると、目の前にある丘を眺めていた。
「・・・観月組のアジト・・・?」
丘を駆け上り、近づいて確認する。
間違いない。これは、確実に観月組のアジトの跡だ。
「ここだったのか・・・」
三年前、魔術界に訪れ、最後の任務をして以来、掃除をしているはずがないので、外見は結構汚れている。
あの時は、あまりしっかりと見ていなかったから気づかなかったが、この家、結構デカかったりする。いや、それよりも・・・。
「中が気になるな・・・」
三年前は、扉を開けても平和界に転生するだけで、家の中身がどのようになっているかは分からなかった。簡単にいうと、ハリボテ状態だったのだ。
「よし」
勇気を振り絞り、扉を開ける。
扉は、特別重いわけでもなく、三年の歳月などもろともしないぐらい綺麗に開いた。
「うわっ・・・ほこりくさっ」
「そりゃ、そうでしょうよ」
「まあ、三年ですもんね・・・―――って、ぎゃあああああ!!」
いきなり後ろから、紅葉の声がして変な声が上がる。
よく見ると、その後ろにはルフィナの姿もある。
「ゆ、結埼さん!?な、なんで、ここに!?」
「あんたの帰りが遅いからよ」
「どうやって場所を・・・」
「んなもん、森の中から漂う膨大な魔力香でわかるわ」
「えぇえ・・・」
なぜか追跡されていたらしい。
「んで?中身を見た感想は?」
「・・・いや・・・感想って言われても」
中身は空っぽだった。
まあ、当たり前だろう。
「まあ、当然よね。だってこのドアに転生扉をそのままはっつけただけだもん」
「あんたか、作ったん」
まあ、なら話は早いだろう。
シズオの中では、一つの案が浮かんでいた。
「結埼さん・・・」
「なに?」
「ここって、もう誰も住んでないんでしょ?」
「ええ」
「じゃあ、ここ俺がもらってもいいですか?」
「・・・まあ、いいけど」
何に使うの?と言わんばかりの顔で紅葉が返事をする。
ルフィナは、うまく話についていけていない感じだ。
「そんじゃ、帰りますか」
「え、あ、はい」
一瞬戸惑った表情を見せながら、ルフィナの腕を引く。
気づけば、夕日が見えていた。
魔獣を討伐してから、しばらく森をさまよったので、案外、時間が経ってしまった。
この世界の夕日もそれなりに綺麗だ。
「ん?」
辺りをぐるりと見回した所で、一つの疑問がシズオの頭に浮かんだ。
「そういえば、研究棟ってどうなったんだ?」
「研究棟?・・・ああ、エクエス魔法研究棟の事ですか」
最後の任務で潜入した建物の事だ。
あの時は、この丘から確かに見えており、その異質感を感じ取れた。だが、どういうことだろう。異質感を感じるどころか、研究棟の姿さえ見当たらない。
「あの研究棟は、三年前に解体いたしました」
「あ、そうなの?」
「違法な実験をしていたという、研究資料が発見されましてね」
「へ~」
「匿名で王宮の方へ送られて驚きました」
そりゃ、そうでしょうとも。
「その研究資料は、どうなったんだ?」
「伍世界総合連盟、本部に届けました」
「まあ、そうなるよな」
『伍異世界総合連合』、略称『伍総連』とは、五つあると言われている異世界をまとめ、様々な情報を管理したり、争い事が起きないように伍世界を治める機構、組織のこと。
伍総連を敵に回せば、その国や組織だけでなく、異世界自体が危ないかもしれない。なんやかんやで力でねじ伏せてもいる。それでもお互いが困った時は、援軍を回したり、救援物資を配給したりなんかもしている。ただ、例外として、それぞれの異世界の中で起こった戦争には、一切手を出さない決まりになっている。助けてくれるのは、異世界で起こった不審な事件や、伍総連とほぼ対等レベルの組織が、攻撃してきた際のみとなっている。例外は、他にもあるかもしれないが、時と場合による事が殆ど。伍総連とは、そういうものなのだ。
「で?研究棟がどうかしたのですか?」
「え?いや、なんでもないよ」
シズオは、そのまま、転生扉を開いた。
「そんじゃ、王宮に寄ろうかと思ったけど、止めとくわ」
「あらそう。好きにしなさい」
「冷たいな~、結埼さん」
「その喋り方、もしかして栄吉の真似をしているつもり?」
「あ、分かりました?」
「はぁ・・・とっとと、行きなさい」
「はーい」
笑顔で、光の扉に飲まれる。
気が付くと、そこは、自分の部屋の中だった。
電気は点いていない。夕日の眩しい光が、カーテンを突き抜け、部屋中に広がっていた。ベランダに出る。
そして、こう呟く。
「早く、記憶を見つけないとな・・・」
魔獣の血で汚れた服装は、きっとかなり洗わないと落ちない。よく見ると、顔なんかにも血が付いている。
「・・・―――ワスレナグサ・・・か」




