第ハチ夜
一部〜空の見えない街〜
小人族の住む地下の街、『空の見えない場所』に風が吹く。
それは巨大なプロペラからもたらされる風で、街中を通り街の外れまで吹いた風は、フレシのピンク色の髪をさわさわと撫でていった。
「神姫といっても、お嬢さんと同じでインフィはまだ完全に〝目覚め〟ていないがな。ほれ、そんな事より早くしないと自動人形を無差別モードに変えてしまうぞ?」
「それは駄目だよ弐爺! ん、フーちゃん!!」
弐爺の言葉に慌てたインフィは、突然フレシの両肩を掴むと渾身の力で抱きしめた。
先ほどの衝撃から抜け出せていなかったフレシは、数秒してから自分が抱きしめられている事に気がついた。
「なっ、なななにするのよ一体!!」
「私、馬鹿だからフーちゃんが怒った理由分かんない!! でも怒られた時、心がもやもやってしたんだ。だから抱きしめるごめん!!」
「まったく意味が不明すぎるんだけど!?」
顔を真っ赤にして引っ剥がそうとするフレシだが、巨人手袋を付けているインフィの力は凄まじく、一ミリも引き剥がす事が出来ない。
そればかりか力が強すぎる為に、みしみしと嫌な音がしはじめている。
弐爺は薄ら笑いを浮かべながら「インフィが他人を思いやるとは……」としみじみ頷き、メイドのリリアナは「あの手袋、障壁無効化のレア効果が付与されていますね」と関心している。
(あんた達見てないで助けなさいよー!!)
そう言いたくなるが、肺の空気を押し出すように抱きしめられてるので大声を上げられない。
視界が急に狭まってきたのでヤバいと感じたフレシは、インフィの肩を叩いて「も、もう気にしてないから」と息も絶え絶えに伝える。
「本当!? よかったー!!」
「ぐえ!!」
ひときわ強い力で抱きしめられ、めきめきぃ!! と鳴ってはいけない音が鳴った気がした。が、そこでようやくインフィは抱きしめるのを止め、フレシは何とか気絶の一歩手前で踏みとどまる事が出来た。
「ありがとうフーちゃん、うへへっ」
「あ、あんたは加減ってものをーーはぁ、もういいわ。ていうか、その、私も急に怒鳴って……ごめん」
「え、声が小さくて聞こえないよ?」
「あぁもう、うるさい!! 兎にも角にもあの自動人形を倒せばいいんでしょ。やってやろうじゃない」
「おぉ、フーちゃん格好いい!!」
「あんたもやるんだからね!!」
ぱちぱちと手を叩くインフィをひと睨みすると、フレシは目を閉じ、片手を前へと伸ばす。
「〝我が力を無敵のものと為さしめ給え。我が力を永遠のものと為さしめ給え。我が主、御身、常しえに褒め称えられ、栄光に満ちる者の御力によりて。アーメン〟」
するとフレシの手の前に、ユグを元に生成された魔力が発光現象と共に集まり、一拍の間を置いて一メートル程の杖へと変容した。
フレシはそれを握りこむと、続いて古小妖精語で呪文を発する。
「〝火〟!!」
すると突然、杖の先端が燃え盛った。
燃え盛る火は徐々に収縮すると、そこには手のひらサイズの赤い宝石が輝いていた。
(国土統一語による変換の魔術からの、古小妖精語を用いた宝石魔術か。そういえばヘルツのハインツェニーヴ家といえば代々、火の属性と宝石魔術を得意としていたな)
弐爺が一人納得しているのを他所に、フレシは赤い宝石を宿した杖を再度構え直すとインフィのほうに目線を向ける。
「それで? そもそも錬金術上級以上の自動人形なんてお目にかかった事すらないんだけど、勝算はあるのよね?」
「うん。いつも模擬戦する私よりちょっと大きめの自動人形は、この五号で叩いて叩いて叩きまくればーー」
「はいストップ、いやむしろシャラップ……額の文字を消せばいいだけでしょ?」
「だから額の文字ごと、頭部を粉砕ーー」
「出来るかあんな超質量!!?」
そう叫ぶフレシの指差す先には、インフィとフレシを合わせても足りないほど大きな顔(実際は顔の位置にある巨石だが)がある。
あれを粉砕するとなると、フレシが覚えている攻撃系魔術を総動員しても、何時間かかる事か分からない。
すぐに別の方法を話し合おうと思ったが、ここで呆れたような弐爺の声が響く。
「こらこら、本当の戦いなら相手は待ってくれなどしないぞ。仲直りの時間はあげたのだ、攻略法は実際に戦いながら探っていきなさい」
手に持つ小さな杖を軽く振り、深い知識を湛えた瞳を笑みに細めながら、弐爺はその言葉を呟いた。
「ーー〝起動〟」
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〜誰得用語解説〜
「我が力を無敵のものと為さしめ給え。我が力を永遠のものと為さしめ給え。我が主、御身、常しえに褒め称えられ、栄光に満ちる者の御力によりて。アーメン」
エノク語の祈りの言葉の日本語訳。
※本作ではユグを魔力へ変換し、物体化させる呪文として用いています。
小妖精族の古語にもこれに該当する呪文がありますが、ユグの変換効率が悪いため、全種族対応の国土統一語のほうが一般的です。
弐爺の小さな杖については、後に小説内で語る予定です。