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プリンセス・プリンセス  作者: 心太
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第ロク夜

一部〜空の見えない街〜

家の中に入ると、まず最初に強烈な異臭が鼻をついた。

あれほど大量に上がっていた黒煙はどういう訳か微塵も家の中に残ってなく、視界は遮られてはいない。

しかして臭い。

この街へ来る途中、どうしても我慢できずに街道にあったレストルームを使ったフレシは、ともすればそれ以上の臭さではないかと鼻と口を隠しながら思った。

ただ臭さの方向性は違っており、こちらは度数の高い上等の酒に、様々な香料を見境いなしに突っ込んで煮込んだような、もの凄く健康によろしくない感じがする。


壱爺いちじいくさひ〜」


インフィもこれには応えるのだろう、大鍋の前で仁王立ちしている小人族ーー壱爺に鼻を摘みながら文句を言う。

その声でインフィ達の存在に気づいたのか、ゴーグルとマスクを付けた壱爺が振り返る。

途端「おお!!」と驚いた声をあげた。


「インフィ、儂が実験をしとる時は入ってくるなと言っとろうが!! ーーあぁ、誰かは知らんが扉を閉めてくれんか。空気に触れすぎるとせっかくの配合が台無しになる」


扉の取手とってを握ったまま鼻を摘んでいたリリアナは、これ幸いと閉めながら外に出ようとする。

だが「リリアナぁ?」とフレシの有無を言わさぬ声を聞き、本当に仕方なさそうに部屋の中に戻って扉を閉めた。


「すまんの、なかなかデリケートなものを作っておるのでな。ふむ……あとはもう少し煮込んで様子見じゃな。しかし、やはり実験室は地下に作ったほうが良いかの?」

「あ!! なら私も自分専用の素材保管部屋と製品鑑賞部屋とあとはあとは」

「……こうなるから作らんのじゃったわい。さて、大事な孫娘に小妖精族の友達が居るとは初耳じゃが、そちらはどなたかの? ーーと、その前に」


そう言いながら、壱爺は天井から垂れ下がる綱を引っ張った。

ごごごごご、と地響きのような音がして大鍋は床ごと潜っていき、床に飲み込まれるとまた同じ模様の床が現れ、その姿を完全に隠してしまう。

異臭は途端に薄れ、やっとそこで人心地ついたとフレシ達は鼻から指を離した。

壱爺もゴーグルとマスクを外し、ガラス瓶や羊皮紙が乱雑に置かれたテーブルへと放り投げ、近くのロッキングチェアに座るとパイプ煙草に火を付ける。

見た目はまさに、小人族といった風体である。背はフレシと同じくらい、髭と眉毛が伸ばされっぱなしで、顔のパーツで見て分かるのは団子のような鼻だけだ。

服装はインフィと同じ、いや、この場合はインフィが壱爺の服と同じというのだろうか。ともかく鉱夫然とした格好である。

眉毛の隙間から微かに覗く目は、今は優しそうに細められていた。


「これでゆっくり話が出来るわい。儂はこの家の家主で壱爺いちじいじゃ。インフィの友達なら知っとるじゃろ?」

「は、初めまして壱爺さん。インフィ、さんとは今日会ったばかりなので友達かはーー」

「フーちゃんとはツーカーで阿吽あうんで以心伝心なんだよ!!」

「……本人もこう言ってるので、はい、友達です」


若干照れ臭そうに言ったあと、フレシは表情を引き締めて壱爺と向かい合った。


「私はシュルツの特使として来た、ハインツェニーヴ家の代表フレシ・ド・ハインツェニーヴです。本日はお話をと思い訪問させていただきました」


ワンピーススカートの端をつまみ優雅に口上を述べるフレシ。さきほどの弐爺の対応がよほど気になるのか、難癖の付けようのない挨拶である。

壱爺は「そうかそうか」と好々こうこうや然とした顔で椅子をすすめ、三人が座るとゆっくりと紫煙を吐いた。

そしてなぜか、押し黙る。

フレシは壱爺の一挙手一投足に緊張しながら、しかしてテーブル上にある物に興味津々な様子であった。

ガラス瓶には様々な鉱石、何かの粉末、植物の種子等が入れられていて、淡く光る液体に漬けられている。

天井には不規則に綱が結ばれていて、見た事もない植物が干されていた。

乱雑に置かれた羊皮紙には全種族の公用語である国土統一語こくどとういつごではない、フレシに読む事の出来ない文字が踊っている。

各種族には古代に使用された言語が存在しているので、きっと古小人族語か何かだろう。


「……とうとう、〝来て〟しもうたんじゃな。となれば参爺のやつも近くまで帰ってきておるんかの……そうか、そうか」


弐爺にじいと同じで、フレシには分からない事で納得している様子の壱爺。

何の事に対して『来た』と言っているのか、フレシが聞こうと思ったその時ーー「フレシと言ったの?」と先に壱爺から呼びかけられた。


「お主はどこまで〝力が使える〟んじゃ?」

「っ!?」


それは、フレシにとって思いがけない質問であった。


自分がこの街に来る事になった理由、フレシにまつわる『秘密』は書簡を渡した街長まちおさしか知らないはず。またハインツェニーヴ家の者でも、フレシの秘密を知っているのはごく少数だ。

普通に考えればフレシの秘密とは別の、例えば武術や魔術の力がどの程度使えるか聞いているとしか思えない。

しかして、壱爺いちじいから向けられる瞳は研ぎ澄ました刃のようにフレシに突き刺さり、瞳の中に見える意思は強く問うてきている。


ーーその身に宿る『女神の寵愛ちょうあい』を、どこまで使いこなせるのか、と。


「そ、それは……その、」

「答えづらいのは重々承知じゃがーーと、どうやら高慢ちきが分かりやすく調べるつもりのようじゃの。あの武闘派ジジイめ」


何の事と聞くよりも早く、「うわわわわっ!!?」と素っ頓狂な叫び声をインフィが上げ、フレシの肩を掴んでぐわんぐわんと揺らしてきた。


「フーちゃんヤバい!!」

「わわ分かったから落ち着きなさいというか止めて!!」


揺れる視界の中、インフィが指差ゆびさしている窓の外を見やれば、魔力の光を帯びた巨大な『何か』が、窓から見える風景を全て埋めている。


「インフィはアレが何か分かるじゃろ? まぁ、怪我だけはせんようにの」


壱爺の不穏極まりない言葉に続いて、外にいる弐爺の声が響いた。


「ーーよし。インフィとお嬢さん、不安を感じる事はないから出てきなさい」


明らかに不安しかないんだけどと心の中で突っ込みを入れて、フレシはインフィと一度見つめあって頷くと、鉄製の扉を開けたーー


▲▲▲▲▲




〜誰得用語解説〜


「レストルーム・restroom」

英語での遠回しな公衆トイレの事。

基本的に日本語と英語準拠で小説を書いていきたいので、この表現にしました。


「国土統一語」

この世界の公用語。いつ頃から使われたのか不明で、突如全種族で使用されるようになった事から、神族が関わっているのではと言語研究者間で囁かれている。

各種族にはそれぞれ古語が存在し、儀式、神事、式典、祭典、種族固有の魔術の詠唱等に使われている。

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