第ヨン夜
一部〜空の見えない街〜
「それでね〜、壱爺が作る付加細工品は当たり外れがあって、この間なんて〝耳につけると硝子を引っ掻いた音を出すイヤリング〟を付けちゃって」
「な、何その誰も喜ばない付加能力は……人気なのは単純に素早さや筋力、魔力を上げるものだけど、壱爺さんはそういったのは作らないの? 話を聞いてきた限りだとかなり腕の立つ小人族みたいーーですけれど」
馬車は街長に預かってもらい、赤茶けた街を歩きながらインフィとフレシは雑談に興じていた。
といってもインフィからの一方的な話ばかりなのだが、フレシとしては会って間もない同い年の子とお喋りをする際に、何を喋ればいいのか見当もつかないので助かってはいる。
最初は「そうですの」や「そうなのですね」など上流階級然とした口調に気をつけていたのだが、内容でころころ変わるインフィの表情や、自分では絶対に経験しないような話にいつしかそんな口調も忘れ、素の受け答えになっていた。
それを後ろ二歩を歩くメイドのリリアナに袖を引かれる事で気付き、口調を改めたのが先ほどである。
「う〜〜ん」
「ど、どうしましたのインフィ?」
「言おうか悩んでたけど、フーちゃんにその口調合ってないと思うよ? 坂道で襟首を掴んで鬼の形相の時の方が良かったよ!」
「どういう意味よそれ!!」
活気に溢れているとは言えないが、そこそこの人の行き交う通りを歩きながらインフィはにししと笑い、「やっぱりそっちのほうがいいね」とはにかんだ。
その顔を見ていると、怒りよりも呆れのほうが勝って何だか怒るのが馬鹿馬鹿しく思えてしまう。苦笑を浮かべたフレシは、周りを見て先ほどから思っている事を口にする。
「それにしても、この街は小人族以外の種族が多いわね。とりわけ獣人族が多いみたいだけど、人族に有翼人族、巨人族までいる街は初めて見たわ」
それほど多くの街や都市に行った事のないフレシではあるが、これほど多種族の入り混じる街を見るのは初めてである。
「この街、〝空の見えない場所〟は多種族が住まう街として、昔から栄えていたと聞いております。習慣や身体的特徴などを考慮すれば同族と暮らす事が良いのはお嬢様もご存知でしょうが、この街には腕の良い細工師、錬金術師、魔術師、魔動技師等が多く住んでおり、他の街では見られない発明品を街中で発見する事ができます。例えば、あちら」
突如メイドのリリアナが説明を始め、右前方を指差した。
そちらを見ると(なぜかインフィも興味深げにそちらを見る)、全長五メートルを超える巨大なプロペラが岩盤に備え付けられており、鉄錆色も相まって赤茶色の家々と妙なコントラストを生み出している。
「あれは地上の新鮮な空気と地下の空気を入れ替える装置だそうです。また空気中にある全ての生命の源であり魔力の元となる〝ユグ〟を吸い込み、有翼人族や巨人族が身体強化の魔術を途切れさせないようにしていると。他に人魚族も身体強化をしなければ地上で長く活動は出来ないそうですが、残念ながらこの街にはおりませんね。ああいった装置は街が出来てすぐ作られたそうで、その頃から多種族共生の街として考えられていたのでしょう。続いてはあちら」
今度は左前方を指差す。そこは大小様々な大きさの家々(多種族が住まうので家もその大きさを変えているのだろう)が集められた場所で、中心の広場には井戸が設置されている。
だがおかしな事に、近しい場所に井戸が四つもある。井戸に使われている石も色分けをされていて、赤色、水色、黄色、灰色となっている。
「どーー」
「あれは普通の井戸水とは他に、地、水、火の三元素を溶け込ませた水を汲めるのです」
質問しようとフレシが口を開いた瞬間リリアナが喋りだしたので、フレシは不満そうながら口を閉じた。
インフィはというと、説明に飽きたのか地面で蟻の巣を突いていた。
「地、水、空気、火の四元素は魔術行使に必要不可欠な存在ですが、身体にも取り込まねば生きてはいけません。私達小妖精族が、知恵と知識を内包する泉を源泉とした水を定期的に取り込まなければいけないのと同様、有翼人族は翼に新鮮な空気を、巨人族は巨大な肉体を維持するエネルギーを必要とします。この地下街では食物や自然界から摂取するのが難しいので、ああやって水に溶け込ませ取り込みやすくしているのです。ちなみに有翼人族はあのプロペラの前で翼を広げ、空気とユグを満遍なく浴びる事を許されています」
と、井戸に巨人族の一人の男が近づいてきた。三メートルはある、巨木が歩いているような錯覚に陥るほどの巨体を揺らしながら、まるで酒に酔っているごとき千鳥足で井戸のへりまで近づくと、半ば寝転がるように座り込んだ。
巨人族は住む環境によって外見に多少違いが出る種族で、縮れんばかりに伸びたシャツから見える浅黒い肌と頭髪が無く目が『三つ』もあるのは、日差しが強く目が多く必要なほど空気が酷い場所出身という事を指している。
しかして今は肌はほのかに赤らんでいて、目も胡乱げに半分閉じてしまっているのだが。
巨人族の男はもたつきながらも井戸水を汲み上げ、浴びるように飲んだ。各色に分けられた井戸水を満遍なく、水で腹が膨らむほど飲んだ。
ようやく人心地ついたのか大きく息を吐くと……そのまま大きないびきをかいて、寝てしまった。
「……リリアナ?」
「……ああやって酔い覚ましにたらふく飲むのが、この街流みたいですね」
「そんなわけあるか!! いや百歩譲ってそうだとしても、いきなり流暢に街のこと解説されたら戸惑うんですけど!?」
「落ち着いてくださいお嬢様。お嬢様が世界一不幸な美少女とご自身に酔っている間、ならば私も世界一不幸な美少女に付き随う世界一不幸な美女と嘆いてもよかったのですが、そうはせずに街長から街のパンフレットをもらって熟読した事を褒めてくださいませ」
「おお〜、リリちゃん偉い偉い〜」
何をのたまうか、とフレシが憤慨しているとインフィが無邪気な笑みで近づいてきてリリアナの頭を撫でた。
さすがに恥ずかしくなったのか無表情に少しだけ頬を染めて、リリアナは「それともう一つ」と指を立てる。
「小人族も地の元素を定期的に取り込まなければいけませんが、水を飲むだけじゃ面白くないと属性つきの様々なお酒を造ったそうです。今の方も昼間から飲んでへべれけになって、酔い覚ましに来たのでしょう。というわけで今夜は地酒巡りに行かせていただきますがよろしいですね?」
「い、いいわけ、あるかぁーー!!!!」
フレシの絶叫に、いびきをかいている巨人族の鼻ちょうちんが揺れるのであったーー
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〜誰得用語解説〜
「イシルディン」
J.R.R.トールキンの長編小説「指輪物語」に出てくる、架空金属ミスリルを加工して作られた物質。星や月光の下でしか見えない。
「四元素」
パラケルスス、本名テオフラストゥス・(フォン)・ホーエンハイム(使用された事のないもっと長い名前もあります)が提唱した思想。
硫黄・水銀・塩を三原質と呼び、そこから四元素の地・水・空気・火が発生してありとあらゆるものが出来たとされている。