第ニジュウロク夜
二部〜収穫市場〜
空の見えない街は様々な種族が住む街である。そして種族によって必要とされる食料や嗜好品が変わってくるのは当たり前でーー結果このような場所には多くの品物が集まり、流通が生まれてくる。
立地や住まう種族の数から小人族の街と思われがちだが、その実ここは人族や有翼人族の都と同じくらい物の集まる場所であった。
いつもは街への出入りも中々難しいのだが、収穫市場の期間中だけはほぼ自由に出入りが許可されている。
……各種族で共有しているレッドリストの人物などはさすがに入ることは出来ないが。
ちなみに犯罪を犯して街などを追放された場合は魔術で紋様を彫られ、〝調査〟といった探索系の魔術に反応するようにしてあった。
「収穫市場っていうけど、実際この街の輸出品は付加細工品や個人装具だから収穫とはちょっと違うんだ。えへへ、変だよね〜」
そう言って、しかして楽しげに通りを歩くインフィ。
いつもは赤茶けた家々が並ぶ味気ない通りだが、今は色とりどりの天幕が左右びっしりと張られていて、見ているだけで心が躍る。
見慣れた顔も見慣れない顔も、見慣れた物も見慣れない物も全部ひっくるめて街という鍋に放り込み混ぜてしまったようだーーインフィは収穫市場の時期になると、いつも例えようのない昂揚感に包まれるのを感じるのだった。
「……人種が多すぎるわ」
対してフレシだが、いつも以上の喧騒に顔をしかめていた。顔色も良くないので他者に酔ってしまったようである。
あの後本当に自動人形と組手をやらされ、湯屋でさっぱりしてから出向いてきた二人。しかしていつも通り修行をした後に追加された組手なので身体はへとへとで、フレシは早く家に帰りたいと思っていた。
(インフィが楽しそうにしてるのは私も嬉しいけど、さすがにちょっと限界……どこか座れるところは)
辺りを見回せば露店の前に座っていたり家の壁に背を預けている者達もちらほら見受けられる。が、上流階級とされるハインツェニーヴ家の娘が、公衆の面前ではしたなく座り込むなど出来るはずがないーーそんなプライドが邪魔をするのでフレシは宿屋や食事処の店先にある椅子、または広場に備え付けられた長椅子を探していた。
と、様々な種族が行き交う通りを挟んで向かい側、以前に地、水、火の三元素を溶け込ませた計四つの井戸のある広場に多くの長椅子が設置されているのが見える。
ちらほらと数人座っているのを見るに誰でも座っていいようで、フレシはインフィの手を引っ張ってそちらに歩き出した。
「フーちゃん?」
「ちょっと疲れたわ、あそこで休憩しましょ」
もはや長椅子しか見えてないようにぐんぐん進むフレシに引っ張られながら、インフィは珍しく小難しい表情をしていた。
そして長椅子までたどり着き座った瞬間、「あっ!」と素っ頓狂な声をあげた。
「ここって確か〝白虎座〟が公演する場所だよ」
「白虎座? どこかで聞いたことあるような名前ね。何だったかしら」
「弐爺が前教えてくれたけどフーちゃん修行後すぐに寝たもんね〜。一昨年から収穫市場に来るようになった旅芸人一座で、街の色んな場所で公演するんだ。今日はここでやるんだね、やった!!」
そう言って喜びを露わにするインフィに、フレシは一息ついて緩んだ顔を向けながら「良かったわね」と言って自身の足をマッサージする。
自身に張られている障壁魔術により上級以上の魔術はことごとく効かないフレシ。上級の治癒魔術を使えるようになった今ならそれも関係ないのだが、街中で魔術は禁止されている。
治癒魔術ならばすぐに疲れを取り除けるのだが、バレたら次は何を追加されるか分かったものではなかった。
(そういえばこの街の住民って街中で殆ど魔術を使わないのよね。身体機能維持とか必要最低限の魔術以外は自分の力で解決してるし、他は個人装具を基に大量生産された使い切りの道具ーー〝原価品〟を使ってるみたいだし)
原価品ーー古小妖精語の名前が示す通り、小妖精族が作り出した品物である。
個人装具とは広義的に、個人に合わせた魔術の補助、空気中のユグを取り込んで魔術自体を発動できる道具を指す。ただその分値は張るし、術者の力量次第では数回使っただけで駄目になる事もある高級品の部類になる。
日常生活に使うのはどうしても避けられ、代わりに求められたのが安価な個人装具……原価品であった。
「あ、お姉ちゃ〜ん! 私達にも飲み物ちょうだい」
「はーいインフィ、ちょっと待ってねー」
木箱を持って売り子をしていた、真っ黒な耳と長い尻尾を持つ猫種の獣人族にインフィは声をかける。
「お姉ちゃんって、あの獣人族の女性あなたの知り合いなの?」
「うん! エマメルお姉ちゃんっていって、こっそり一座の人種達に会わせてくれたり、おまけでお菓子多めにくれたりするんだ。あ、ほんとのお姉ちゃんじゃないからね?」
さすがに分かるわよとフレシが返事をするより早く、エマメルと呼ばれた女性が近づいてきて「あらあらあら!!」と何やら楽しげな声をあげた。
「遂にインフィにも同年代のお友達が出来たのね! お姉ちゃん嬉しいわー!!」
「ありがとお姉ちゃん! フーちゃんっていって……うん、親友なの!!」
「面倒になって説明省いたわね!? ええと初めましてエマメルさん。私は小妖精族の都シュルツから来ましたフレシ・ド・ハインツェニーヴーー」
「あらあらあら固いわねフーちゃんは。鉄面皮ヘビの脱皮した皮より固そうだわ」
「すみません例えがよく分かりません」
「うふふ、私のことはお姉ちゃんもしくはエマちゃんって呼んで構わないからねフーちゃん」
「さらっと流された!?」
「あれインフィ、もしかしてこの前より大きくなったんじゃない!!」
「分かる? お姉ちゃん分かってくれる!? みんな全然変わんないって言うんだけど実はーー」
フレシのツッコミも意味をなさず、まるでインフィが二人になったような騒がしさである。
だがさすがは売り子、喋ってる間にも飲み物や摘めるお菓子類をインフィに売って(心持ち多めにお菓子はくれたようだ)、他の人種族にも会話の合間に売っていたりした。
「エ〜マ〜メ〜ル〜?」
ーー突然、しゅるるるという擬音が当てはまる勢いで一座の控え室らしきテントから『腕』が伸びてきて、握られていた角笛から低い男の声が漏れ出す。
「そろそろ始まるのだから油を売ってないで戻ってきなさい!!」
「あらあら、ドゥイッチ団長そんなに! 怒らないで! ください!!」
伸びてきた腕を身軽な動きで躱すエマメルと、突然の事で叫びそうになったが寸前で飲み込んだフレシ。
インフィはというと慣れているのかさっそくお菓子を食べていた。
「団長に呼ばれたから戻るわねー。うふふふ、二人ともまた後で。今日はいっぱい楽しんでいってちょうだい」
手を振りながら戻っていったエマメルを見送ると、どこかに控えていたのだろう楽器を持った獣人族が太鼓を力強く叩き、角笛を高らかに吹き、道化の化粧をした小柄な獣人族が辺りを跳ね回る。
言い知れない高揚感や期待が否応に高まり、いつのまにか広場は大勢の人種族で埋め尽くされていた。
「レディース&ジェントルメン!! 今年もこの収穫市場の季節に合間見えた事を母なる大地と父なる大空に感謝ーーと、ここには大空はないので感謝は岩壁の叔父さんにしておきましょう」
先ほどの団長の声がどこからともなく聞こえ、軽妙なトークに導かれるように微かな笑いが起きた。
「失敬、いつもの口上でございます」と未だ姿を見せない団長は続ける。
「さて、いつもはここで公演を始めるのですがーー今回は先に新人を紹介したく思います」
奏でられる音楽がテンポを上げ、簡易の舞台の上には魔術かなにかで霧が生み出される。渦巻く霧が巨人族よりも大きく膨らみ、天に昇る龍種に見えた瞬間ーー内側から爆発するように風が吹き、と共に白い花弁が観客達の視界を埋め尽くした。
そうして霧の晴れた舞台に居たのは、エマメル含め十数人の多種多彩な格好をした獣人族。
座員の列から一歩前に出ているのはシルクハットを被った猿種の獣人族と、お互いに手を握りあった二人の子供。
茶色い髪が鬣を思わせる、インフィ達と同年代に思える猫種の獣人族が一人。
白銀の輝きを持つ髪を腰まで伸ばした、こちらも同年代に見えるが一際目を引く猫種の獣人族が一人。
どちらも赤い瞳を爛々と輝かせ、少年とも少女ともつかぬ妖艶な笑みを浮かべている。
チョハと呼ばれる袖の内側に切れ込みの入った民族衣装を身にまとい、握りあった手とは逆のほうの手の平を前に掲げた。
フレシとインフィの目に映ったのは、円の中に五芒星が刻まれた見覚えのある印。
紛れもなくそれは神姫候補の証、セフィラであった。
「刮目して見よ! ここにいる双子こそセフィラを宿した伝説の神姫候補!! カレンとジレンになります」
フレシは周りに手を振るカレンとジレンを驚きの表情で見つめる。と、一瞬だけ双子の瞳が自分やインフィに向けられた。
まるでそれは獲物を定めた肉食獣を思わせ……呼応するように、フレシの胸にあるセフィラが熱を帯びた気がしたーー
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〜誰得用語解説〜
「人種・人種族」
種族の総称として用いられる。神族と魔物族は含まれない。
※あの人、あの人達などと同じ使い方です。
「白虎座」
ドイツ語読み。
※読み方が合っていない可能性もあります。
「原価品」
大量生産品。例えるなら電球は原価品だが冷蔵庫は個人装具として分けられる。
「猫種、猿種の獣人族」
※作中では番爺は魔物族の龍種としているように、魔物族や獣人族、有翼人族には更に種類が存在します。
獣人族は獣、有翼人族は鳥、魔物族はその他生物。そのあたりは今後書いていく予定です。




