第ニジュウイチ夜
本文更新に集中しますので、誰得用語解説は不定期更新と致します。
一部〜空の見えない街〜
番爺おすすめのお昼を食べた後、フレシ達は家の前へと戻ってきた。そこでは午後から魔術鍛錬する事を伝えていた弐爺が椅子に座り、煙草をぷかりぷかりと吹かしている。
「これがインフィに魔術を教える際に使っている教科書だ。ワシがこれを読み終えた頃には一通りの上級魔術は使えたのだが、インフィはどうも飛行魔術が苦手なようでな。そこから抜け出せないで困ってはいたのだ」
「……教科書と呼んだ本ですが、まさか五百頁を超える魔術研究者の必須本と言われるこれの事ですか?」
両手で待たねばならないような分厚さの本を見て、フレシは呆れたような声を出した。
通常、魔術の教材は魔術の級位によって使い分けられる。また魔術は火や水など自然現象を操る属性魔術とは別に、身体強化や幻惑を見せるなどの特殊な魔術もある。
どの系統を覚えたいかによって教材の選び方は千差万別なのだが……弐爺の見せたこの本は、決して魔術を覚えるためのものではない。
「街の個人装具店や付加細工品店に下級魔術の教材なら置いてあると思いますので、そこで買ってきましょうか……」
「えぇ〜、私下級ならそこそこ使えるよ?」
「飛行魔術が上手く発動しない場合は大抵ユグの魔力変換効率が原因と言われているわ。自動人形との戦闘の時に見たけど、あなたのユグの魔力変換は不安定すぎ。一体どんな教わり方をしたのよ?」
インフィは顎に指を添えながら首を傾げ、「見よう見まねだよ?」と事もなげに言った。
しばし絶句したフレシは、不出来な自動人形のようにぎこちなく首を動かして弐爺のほうを見る。と、弐爺もインフィ同様首を傾げていた。
「ワシは師事を受けずここまで来たが、中級までならば独学で覚えられるものだろう? ユグの魔力変換も勝手に周りのユグが教えてくれるものじゃないのか?」
「私も魔術関連はさっぱりなので弐爺に一任してましたが、ユグとの対話が出来れば魔力変換は息をするように簡単になるはずでしょう?」
「……普通はユグとの対話は出来ませんから。弐爺さんと番爺さんの基準で測ると基準値が達成不可能になります」
規格外の魔術の使い手と神話に現れる龍種からしたら、きっと出来ない事のほうが不思議なのだろう。
(この調子だと、飛行魔術を完璧に覚えるのに手間取るかもしれないわね)
そう溜息を漏らしつつフレシは買うべき教材の名前をリリアナに告げ、必要なものを取りに家へと入るのであったーー
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リリアナに買いに行ってもらってる間、フレシはインフィがどのくらい魔力変換が出来るのか詳しく調べてみた。
下級の属性魔術の発動と、発動するまでの時間と持続時間。パッと調べた限り、やはりというか属性魔術以外はユグの魔力変換の効率は悪かった。
というか見よう見まねでこれだけ発動出来るのなら凄いと言えなくもないが、我流のやり方を続けていたら体内魔力に変な癖が付き、ますます変換効率が悪くなってしまう。
今のうちに直せるのなら直しておいたほうが良いのだ。
(まぁ、飛び抜けて才能や体内魔力がある場合はその限りじゃないんだけどね。それよりもーー)
びゅんびゅんと風切る音を聞きながら、フレシがジト目をそちらに向ける。
そこではインフィが、五号と呼ぶ細長い棒を振り回して戦舞を行なっている最中であった。
なぜ舞っているのか、それはフレシにも分からない。インフィいわく「戦舞をやっていたほうが集中できる」との事なのだが、もう変な癖が付いてしまってるのではないかと内心冷や汗をかきながら見守ってみる。
付与魔術で戦槌の形にしないでも、棒だけで相当な重さがあるのはさっき確かめたので知っている。
インフィが言うには五十キロあるそうだ。自分より重い物をあんな自在に振り回すなんて、今更ながら馬鹿力だなとフレシは思う。
「ーー〝飛行〟!!」
くるくると回っていたインフィだが、ここでいけると思ったのか飛行魔術を発動する。
足が地を離れ、さながらプロペラのように空高く飛び上がっていった。が、数秒としない内に悲鳴がフレシの耳朶を打った。
「〝火〟」
手のひらに発動させた火の玉を、事前に撒いておいた風の宝石魔術のある場所へ投げる。外部からの刺激によって宝石は割れ突風が発生し、落ちてくるインフィを手荒に受け止めた。
「ぎゃん! うぅ、お尻打ったぁ〜」
「怪我しなかっただけ感謝しなさい。五号って呼んでるその棒を杖代わりにしてるんだろうけど、戦舞なしで飛行魔術は出来るようになりなさい。じゃないとまた、外れたプロペラのように飛んでっちゃうわよ」
「は〜い。私もフーちゃんが使う宝石魔術ってやつが使えたら、必要な時に風の宝石魔術でびゅびゅんって飛べるのにな〜」
そこらの石に座り持参した水筒を傾けるインフィに、フレシは隣に座りながら「あなたには無理よ」と呟いた。
「宝石魔術は級位でいうなら中級魔術上位の魔術。ハインツェニーヴ家は宝石魔術に適した体内魔力になるよう代々調整してきたらしいから比較的簡単に覚えられるけど、むしろ覚えてからのほうが大変よ」
「でも魔術を持ち歩けるし凄いと思うけどなぁ」
「魔術を持ち歩きたいならエノク語を描いた魔紙を買えばいいわ。威力は落ちるけど体内魔力を込めるだけで発生させられるし、魔術の才能が無くてもお金さえ積めば上級魔術が発動できるからね。宝石魔術は宝石内部で魔力を高め威力を強くしてくれるけど、衝撃に弱いし宝石の上限を見誤れば自爆なんて事もあるから、せめて私くらいユグの魔力変換が出来るようにならないと今のあなたじゃ無理」
「ぶぅ〜〜」
頬を膨らますインフィに苦笑しながら、フレシは先ほど家から持ってきたある物を渡した。
それはこの街なら何処にでも落ちていそうな、黒褐色の石ころであった。
「これは?」
「魔道石、純度は低いものだけどね。これを持ってユグを魔力に変換させて、魔道石の上限まで魔力を溜められたら発光するわ。魔道石はすぐに魔力を放出してしまうから、まずはユグの魔力変換で魔道石の発光を一時間維持する事。それが出来たらどんどん大きい魔道石に変えていくわ」
これはフレシが幼い頃にやった練習方法である。たまに復習も兼ねて行うので魔道石を持ち歩いていたのだが、まさか誰かに教える為に使うとは思ってもみなかった。
ちなみに魔道石は何処でも見つける事が出来る。ユグの結晶化したものと言われるが真偽は不明で、魔境の奥深くで高純度の魔道石が見つかる事もあれば小川の川べりで見つかる事もある。
しかして発見自体が稀であり、高純度のものとなると一攫千金を夢見る若者が魔道石 探求者を目指すほどの金額になる。
フレシの持っている魔道石は純度はそれほどだが、インフィに渡した小石サイズで一週間は豪遊できる金額なのは間違いない。
「何か大変そう〜」
「安心なさい。飛行魔術を使えるようになるまで付きっきりで教えてあげるから」
決して番爺の修行に根をあげて逃げる口実を作ってる訳ではないーーとフレシが自分に言い聞かせていると、リリアナがこちらに歩いてきているのが見えた。買い物が終わったらしい。
……ついでにその後ろから銀髪の女性が来ているのも視界に入った。
両手で木箱を抱え、遠くからでも聞こえるガラスのぶつかり合う音。
見なくても分かる、スラドリだ。
フレシが心底嫌そうな顔をしたのは言うまでもないーー
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それから三日ほどは何事もなく過ぎ去った。
フレシが半魔獣の毒蛭から加護を貰ったり(初めての事で番爺も驚いていた)、追加のリィンの蜜綿の中に希少な黄金リィンの蜜綿が混ざっていて壮絶なジャンケン大会が開かれたりもしたが、特段何かが変わったという事もなかった。
そして修行を開始して四日目。いつものように朝風呂を満喫するため湯屋に来ていたフレシ達だが、今日はいつもと違っていた。
「フーちゃん大丈夫?」
「いや、ちょっと大丈夫じゃないかも……何なのこれ……」
インフィに背中をさすられながら、足湯用の椅子に腰掛けたフレシが弱音と深いため息を吐く。
顔色も若干青く、朝から具合が悪いとの事だった。
そんな状態で湯屋に来ているのだが、これは番爺と弐爺、それに壱爺の命令だ。
何かしら理由があるのだろうが、フレシは湯船にリバースしないよう我慢するので手一杯で、思考する事が出来ない。
今回ばかりはリリアナもお酒は飲んでおらず、いつでもリバースしていいように空の木桶を持って近くで待機している。
番爺は一人湯船に浸かっていたが、さっと上がるとフレシの側まで近づき顔を覗き込んできた。フェイスベールで見えないはずの瞳から寒気を感じ鳥肌が浮かぶ。
それをさすってくれるインフィを尻目に、「私の血が完全に馴染みましたね」と番爺が優しく呟いた。
「やっと魔法習得の前準備が終わりました。スラドリのお陰で体内魔力の上限も上がりましたし、弐爺の筋トレメニュー、壱爺の調合薬による身体強化も僅かながら効果があったようです。今ならフレシさんの実力以上の魔法を習得出来るはず、ここのお湯はユグを多量に含んでいるので助けになるでしょう」
「けど何をどうすればいいか全然分からないです……」
「魔法は心の奥底にある想いに沿って形を成します。悪戯好きな子供なら落とし穴を生み出す魔法。洗濯物に苦労している主婦なら大量の服を洗って乾かす魔法。最近食べ過ぎだと感じる女の子なら食欲を減退させる魔法など」
「き、奇跡を成す魔法が一気に庶民くさくなったんですが」
キレのいい突っ込みも無理らしいフレシの返しに、「昔はこんな感じで魔法を習得していたんですけど」と番爺は不思議がる。
知れば知るほど魔法や神話の時代のイメージが下がってる気がするが、そんな日常の延長のように魔法が覚えられたのなら出来るかもしれない。
女神の寵愛と龍族の血を取り込んだ今ならと、フレシは瞼を閉じて意識を集中した。
まるで意識を身体の内側に引っ張り込まれる感覚と、際限なく広がる部屋の中心で手のひらほどの箱が置いてあるイメージが湧いてくる。
すると箱が勝手に開き、中から現れたのはーー
「はい、それが魔法です。おめでとうございます、フレシさん」
「ーーえ?」
瞼を開けると、自分の目の前の湯の上に湯気とは違う『何か』が浮かんでいた。
何かは不安定に形を変え、一つの輪郭を作り出す。
フレシと同じくらいの大きさをした半透明の何か……フレシが手を伸ばすと、何かも手の部分を伸ばしてくる。
「これ、私だーー」
「えぇ、そうです。フレシさんと同じ魔力をもつもの。魔法名は……言わなくても分かりますね?」
先ほどまでの具合の悪さは嘘のように消え去り、代わりに胸に湧き上がるのは魔法の名前である。
意味と伝え根幹を指し示すその名を、フレシの小さな口が囀るように囁いた。
「滴るものーードラウプニル」
そうしてフレシが魔法を習得してから一週間後。
遂に、自動人形との再戦が始まるのであったーー
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