第ジュウゴ夜
一部〜空の見えない街〜
その後洞窟内の湧き水付近にいた、なぜか魔獣化していない岩石オオトカゲを見つけた二人。
岩とそっくりな皮膚を持ち、大きいもので一メートルを超える岩石オオトカゲ。
今回発見したのは一メートル未満だが、その力は強く鉤爪も有しているので、決して侮ってはいけない生物である。
と言っても、フレシは冷静に風の魔術で振り回し目が回ったところを縄で縛り、『火焔』で火力を上げた『火』を刃型で発動させて尻尾を切断。
充分に距離を取っていたので、暴れ出す岩石オオトカゲに怪我を負わせられる事もなく、切れ込みを入れていた縄を引きちぎって岩石オオトカゲは一目散に走り去ってしまった。
尻尾だけがその場に残され、まるで本体を名残り惜しむかのように、びたんびたんと地面を打ち付けている。
ここまでを殆ど一人でこなしたフレシに、インフィは通常サイズの毒蛭を瓶に採取しながら「おぉ」と感心した声をあげた。
「フーちゃんが手慣れてる、四十七点のフーちゃんがっ!!」
「料理の点数は関係なくない!?ま、 まぁ岩石オオトカゲの尻尾は一般的な素材として扱われてるからね。素材図鑑や調合書を読んで、素材や触媒を調べるのが好きなの、私」
「え、フーちゃんから私と同じ匂いがーー」
「うんそれは無い。それは無いからね」
即座に否定するフレシは移動小袋に尻尾を入れると、岩石オオトカゲの逃げていった方向を見やる。
「岩石オオトカゲの身体は解熱剤や鎮痛剤、増強剤や触媒同士の繋ぎなど多くの活用法があるわ。昔はそのせいで乱獲され、今は鉤爪と表皮の一部、尻尾だけ採る事を許されてるそうよ」
「ん〜? 許されてるって誰に?」
「種族間禁止条約を百年以上前に決めた、各種族の首都にいる最高権力者達ーーと言っても実感は湧かないから、それを施行する立場の街長さんになるかしら?」
「よく知ってるね〜フーちゃん。私もたまに岩石オオトカゲの尻尾は採らされるけど、そんなの言われた事ないよ」
「きっと言わなくても、壱爺さんや弐爺さんなら間違いはないと思ってるのよ」
街長は壱爺らを「あの方々」と呼んでいた。街の顔とも言える街長が、それほど畏まった呼び方をするのだ。信頼うんぬんではない、絶対的な上下関係が垣間見える気がする。
「さて、知らない間に毒蛭も集めてくれてたみたいだし、後はあなたの鉄鉱石だけかしら?」
「そだね〜。ここよりもう少し奥のほうが良いのが採れるから、そこまで付いてきて〜」
湧き水に濡れた岩肌が滑りやすくなっているので、インフィを先頭に二人は慎重に洞窟の奥へと向かっていく。
僅かに発光する壁とカンテラ、杖の先の火によって視界は良好に保たれている。
だが、湧き水付近を過ぎた頃から、通常の二倍サイズの蝙蝠や体表が鉄のような岩石オオトカゲ等と遭遇するようになった。
魔獣化はしてないが、半半魔獣くらいにはなってそうなそれらに、二人は時に応戦したり逃げたりしながら洞窟内を進む。
希少な動植物が魔獣化してしまった場合、もし倒したとしても世間的には正当防衛と判断される。
しかして二人は殺生は出来るだけしないとお互いに話し合い、ここまで極力追い返すだけに留めていた。
……毒蛭だけは生理的嫌悪が強過ぎて、再び大群に出会った時はフレシの『大火炎』が発動してしまったが。
火系の魔術は洞窟や室内で発動すると、空気を一気に消費し下手をすれば窒息死してしまう。
取り乱し火系の魔術を連発するフレシの横で、インフィが静かに風系の魔術で空気を循環させていたのは言うまでもない。
「ここまでユグが穢れているところ、初めて来たわ。ユグを魔力に変換して火の魔術を発動してるけど、不純物のあるユグだからか不完全燃焼気味ね」
「確か火の魔術はそんな測り方も出来るって、前に弐爺が言ってたっけ。フーちゃんは今までどんなところに行った事あるの?」
「私はーーあんまり自由が無かったから。ハインツェニーヴ家の周辺か、隣の街くらいしか行った事ないわ。ま、本を読むのが好きだし、出掛けるのは疲れるから嫌いだったけどね」
いつの間にか繋いでいた手を無意識に握り返しながら、フレシは事も投げに言う。
強がりにしか聞こえないが、インフィはそれには触れず、柔らかい声で「私も似たようなものだよ〜」と返した。
「小さい頃から爺爺トリオと修行してたし、この街は隅から隅まで探検したけど街から出た事はないんだ。街長や街の皆も許可を出さないんだよ? もうね、すっごい過保護」
「……けれど、羨ましいわ。私は、お父様とお母様が私の事をどう思っているのか分からないもの」
「フーちゃん……」
無言になってしまった空間に、歩く音と杖の火が燃える音だけが響く。
それとはなしにその音を聞いて、不意にフレシが立ち止まった。インフィが立ち止まったフレシを見ると、火は桃色の髪と顔に陰影を作り出し、胸を締め付けるような悲しい表情を形成していた。
……ぞわりぞわりと、不可視の穢れたユグがフレシを絡め取っていく様が思い浮かぶようだった。
心を無慈悲に締め上げ、悲鳴にも似た軋みを上げさせていく。
「ねぇインフィ。セフィラを、神姫の証を持って生まれてきた事をあなたは後悔しなかった? ーー私は、後悔してる。自分じゃどうしようもない事だけど、これは寵愛なんかじゃ無い、呪いよ。だって普通の子供として生まれてこれたら、きっとお父様達も……」
しばしの間、二人は見つめあった。火の灯りでさざ波のように揺れる金の瞳と群青色の瞳。
と、岩に染み込む水のような優しい声が、群青色の瞳を持つ少女ーーインフィから発せられた。
「ーー大丈夫だよ」
その声は、まるで光り輝く矢となってフレシの胸を貫いた。
絡まっていた穢れたユグは霧散し、インフィを恐れるように二人の周りから後退していく。
途端フレシは鼻の奥が痛くなり、金の瞳が涙で湿った。
「なにが、大丈夫よ……私がどれだけ、今まで、私はっ」
「大丈夫、大丈夫だからね。フーちゃんを知らない私は居なくて、フーちゃんを知ってる私がここに居るよ。今夜寝る前に、いっぱい話そう? いっぱいいっぱい喋って、そしたら明日の朝にはもうーー大丈夫、ね」
まるで母が子供へと聞かせるように、インフィの言葉がフレシの心に沁みていく。
フレシはとても強い。しかして少女は初めての土地で家族と離れ、これまでずっと気丈に振舞っていた。
連れ添いのメイドのリリアナすらおらず、穢れたユグの充満する洞窟の中。知らずのうちに心と身体がいつも以上に疲弊していたのだろう。
突然タガが外れても、十歳の少女を責める事など出来はしない。
握っている手を引き寄せ抱きしめるインフィに、フレシは小さく嗚咽を漏らしながら抱きしめ返すのであった。
火の灯りは、今度は優しく二人を包み込んでいるような気がしたーー
▲▲▲▲▲
「油断した……だめ、本当死にたい」
洞窟の壁に向かって体育座りをするフレシは、先ほどの事を振り返り絶賛自己嫌悪中である。
(採るものを全部集めたから気が緩んだ、いや、そもそも穢れたユグへの認識と対処が甘かったのよ。だってあの子は平然としてたし!! 危ないものと読んだ事はあるけど、穢れたユグの満ちた場所とか初めてだったし!!)
穢れたユグとは、生き物の死に際に放出される魂の欠片と、様々な負の感情を吸い込んで毒素となった生命の源だ。
穢れたユグは普通には浄化出来ず、実際目に見えるものではないので対処法も極端に少ない。
九つの種族は魔獣化しないからこそこの世界で繁栄を築けたのだが、しかしてその原因ははっきりとしていない。
神話の時代から生きた九種族には、穢れたユグに対して免疫があるというのが一応の定説だが、根拠のない話なので「とりあえず魔獣化しないけど、そういった場所には近づかない」が一般の認識であった。
穢れたユグは魔獣化を促進するばかりでなく、各種族の精神を蝕んで心を打ち砕かんとする。
精神を強く保つか、太古から聖なるものとされる火の魔術をより強く燃やす。
それが通常の対処法であるが、もし穢れたユグに心身を蝕まれた場合は諦めるか、または浄化が必要であった。
神族由来の宝物や、有翼人族の住まう大樹トネリコの葉、人魚族の奉る海底神殿のみ生える珊瑚、小妖精族の起源の郷にある知恵と知識を内包する泉の水。
これらだけが浄化を行えるとされるのだが、入手は各首都の最高権力者達でさえ容易ではない。
穢れたユグに飲み込まれた者は総じて凶暴となるため、大体は牢屋や隔離施設。街のトップ次第では処刑も止むなしとされていた。
そんな廃人待った無しな状況にならず一安心ではあるが、幼子のように泣いてしまったと後悔するフレシ。
しかも大泣きではない、声を出さずに嗚咽するというガチ泣きである。
穴があったら入りたいとは、まさに今使うべき言葉であるようだった。
「フーちゃ〜ん」
「なななに!!?」
「? 鉄鉱石も採れたから、これからさっき言ってた〝理由〟のところまで行こうと思うんだけど、どしたの?」
「何でもないわよ! むしろあなたこそどうしたのって感じよあはははは!!」
もはや自分でも言っている意味は分からないが、とりあえず勢いで押し切ろうとテンションを上げるフレシ。
インフィの持っている鉄鉱石入りの袋を強引に引ったくると、移動小袋に入れて奥へと歩き出す。
「ほ、ほら行くわよ! あなたが道案内しないと分からないんだからね」
「うひひっ、フーちゃん照れ隠し〜」
「違うし! 全然違うしっ!!」
顔を真っ赤にして狼狽えるフレシを見て、インフィはまた笑う。とても楽しそうに。
それだけで先ほどの空気も、重たかった雰囲気も、まるで絵に色を付けていくように、がらりと変わっていった。
インフィの軽口や冷やかしは、フレシの雰囲気が元に戻るまで続いたーー
▲▲▲▲▲
「さぁ、ここを曲がれば到着だよ〜」
「ーーーーっ」
更にいくばくか歩き角を曲がる。と、目の前に飛び込んだ光景にフレシは言葉を失った。
目の前には、とても巨大な地底湖が広がっていた。
僅かに発光する壁よりも強く、しかして儚く光る地底湖の水。白濁とした水ではあるが、ここからは身がすくむ様な気配……穢れたユグの感覚があった。
立っているのもやっとな程、全身に悪寒を感じるフレシ。
だがインフィは平然としていて、足元に転がっていた石を持ち上げると、何の前触れもなく地底湖へと投げた。
「なにしてーー」
問いただすより前に、地鳴りが響いて地面が揺れる。ゆっくりと何か巨大なものが這いずり回る、そんな不吉な音。
ぴたりと音が止んだ瞬間、氷のように冷たい声が響き渡った。
《インフィが同年代を連れて来るとは、珍しい事もあるのですね》
丁寧な口調なのに、どうしても恐怖を駆り立てる声に、とうとうフレシは立っていられず座り込む。
そして、地底湖の中から水面を割って現れる鱗に覆われた巨大な木。
いや、あれは巨木に見えるほど大きい、岩石オオトカゲのような爬虫類の身体のそれであった。
うねり、弧を描き、ぬらぬらと水気に濡れた鱗の身体をくねらせてーー地底湖の中心から、『それ』は顔を出す。
「お久しぶり〜番爺」
《はい、お久しぶりですインフィ。その子はーーなるほどそういう事ですか。初めまして小妖精族の神姫、私は番爺。世間一般で言うところの魔物族、その龍種です。以後よろしくお願いします》
「よ、よろしく、お願い、し、まーー」
相手の圧倒的存在感、放たれる濃い穢れたユグの感覚、ましてや初めて見る魔物族が、神族の天敵と言われる龍種。
以上の事によりフレシの頭は完全に許容量を超え、結果、現実逃避するように意識を手放すのであったーー
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〜誰得用語解説〜
※今回は無し。




