第ジュウヨン夜
一部〜空の見えない街〜
「って、あれ?」
勢い込んで入った洞窟の中は、なぜか僅かに発光していて視界が保たれていた。
肩透かしを食らった感じがして、なぜと振り返りその理由に気が付いた。
「これは、障壁魔術による結界ね?」
「そう、うちの爺爺トリオか街長さんが許可を出さないと、この〝抱擁の洞窟〟には入れないようになってるんだ。洞窟内のどこかに結界を発動してる個人装具があるらしいよ〜」
とてて、と駆け寄ってきたインフィがそう返事をすると「まずは一つ」と手を差し出してくる。
受け取ってみると、カンテラの火でオレンジ色に染まった拳大の岩塩であった。
「さ、どんどん探そ〜。私が欲しいのもあるからお手伝いを期待します!!」
「うん分かったから。事ある毎に手を繋ごうとするのは止めなさい。けれど何も一番簡単なものから採らなくても……」
と愚痴ってみたものの、見つけてしまったのだから仕方ない。
フレシはそう思い直すと、腰に巻いていた布袋へと岩塩を当てがった。
すると岩塩が僅かに発光し、やがて吸い込まれるように布袋の中に消えてしまう。
上級魔術である転移魔術をエノク語で描き、繋がった任意の場所に転移させられるのがこの布袋、正式名称『移動小袋』である。
繋がっている場所は壱爺の素材管理部屋にある木箱、その中に入る大きさまでなら吸い込む事ができた。
分類上は個人装具だが、しかしてこのような物を持っている者は殆どいない。
……こんな物がもし世の中に出たら世界の交通事情が一変する。
とりあえず、有翼人族は廃業待った無しだろう。
(そもそも魔術発動は口頭での呪文か詠唱が基本であり常識。それをエノク語で描き発動させるばかりか、自動でユグを魔力に変換する付加能力付き……爺爺トリオの合作らしいけど、あの人達は一体何者なの?)
なおフレシは知らない事であるが、皮袋の素材やエノク語を描く際の触媒には最高品質、最高級の材料が使われている。
無論、付加能力を与える際に必要な材料や素材も同様で、もし内容を知ったら卒倒してしまっていたかもしれない。
「なんかもう、考え疲れたわ私。それで次は何をーーっていうか、あなたが欲しいものって何なの?」
頭が痛くなりそうなので途中で思考を中断して、フレシは前を歩くインフィに問いかける。
インフィは何度も来ているのだろう、凸凹して躓きそうになる洞窟内をすいすい進みながら答えてくる。
「製錬に使ってる鉄鉱石が減ってきちゃって。そろそろ補充しないといけなかったから、フーちゃんと来れて良かったよ〜。街でも売ってはあるんだけど、ここのほうが純度が高くて作業しやすいんだ。今日からリリちゃんと家事を分担出来るのも助かるし!」
「壱爺さんの話だと家事全般はあなたがやっていたのね。それに加えて弐爺さんの自動人形修行に、鍛治師の修行もしてるんだったかしら?」
「そう。鉱石はいいよ〜金属は格好いいよ〜〜」
わきわきと手を動かすインフィに苦笑いしながら、フレシは会話を続けた。
「それにしても、まさか同い年だなんて。色々と小さいから年下だと思ってたわ」
「む〜、フーちゃんとはそんなに違わないよ私。それに出来る事なら私のほうが多いしね」
「わ、私はハインツェニーヴ家としての教養を培ってきたから、あなたとは目指す方向性が違うのよっ」
「うっふっふっ四十七点〜〜」
「この歳であれだけ作れるあなたがおかしいの!!」
ぐりぐりと杖で頬を小突けば、なぜかインフィは嬉しそうに口元を緩める。
なぜ? と訝しんでみれば、「同い年の友達っていいね〜」と察したようにインフィは呟いた。
「ここって子供が殆どいないんだ。いても赤ちゃんだけだし、いや、街の皆は凄く優しいんだよ!! けどやっぱり、同年代のフーちゃんと仲良くなれて嬉しいな」
「……また臆面もなくそういう事を。いいから早く採取して家に戻りましょう」
ずいっと前に出て歩きだすフレシの言葉に、少しだけ寂しそうに眉根を寄せるインフィ。
と、フレシが顔半分だけインフィのほうにへと向けて、照れ臭そうに頬を染めてこう言った。
「ま、まぁ私も同い年の友達は初めてだし。あなたと同じで、仲良くなれたのは素直に嬉しいわよ。あんまりこういう事を言うのは得意じゃないんだから言わせないで」
「うへへ〜」
「その変な笑い方やめなさい!! さっさと行くわよ!!」
「あ、待ってよフーちゃんーーけどフーちゃんに友達が居なかったのは何となく分かるかな」
「どういう意味よそれ!?」
騒がしい二人の声は、温かさと賑やかさを伴いながら洞窟の奥へと進んでいくーー
▲▲▲▲▲
「いったわよ、インフィ!!」
ーー赤茶色の壁が僅かに発光する、洞窟の中。
開けた場所にてフレシの鋭い声が飛ぶ。
「分かったーー〝風〟!!」
呼び掛けられたインフィは目の前に迫った『何か』に対して下級魔術を発動し、直後前方に空気の渦が生じる。
それにぶつかりバランスを崩した何かに、インフィはカンテラを思いっきり叩きつけた。
ぶぢゅっ!! と気持ちの悪い音を響かせてぶっ飛んだ何かを横目に、急いでフレシの側まで走るインフィ。
頑丈なカンテラは壊れてたりはしないが、表面には粘性の高い液体がくっ付いていて顔をしかめた。
「キモい! デカい! おまけに臭い!!」
そう叫ぶフレシの視線の先、火の明かりが届かない闇の中を何かが大量に蠢いていた。
ぞわぞわっと鳥肌を立てたフレシは「〝火炎〟!!」と叫び、現れた赤い宝石を握りしめると暗闇の方へ思いっきり投げる。
岩壁にぶつかる音がして、少しの間の後轟音とともに炎が噴き上がった。
その炎の柱によって燃やされる何か達……照らされて見えた姿は、人の拳ほどの大きさの蛭の大群であった。
「有り得ない! なんで魔獣でもない毒蛭が異常成長と異常繁殖してるのよ!!」
「う〜ん、最近間引いてなかったから数が多いね。私は五号持ってきてないし魔術もフーちゃんほど上手じゃないからーーうん、頑張って!」
「言われなくても頑張ーーひぃぃ!? ぶるぶる震えて何か液体出してるぅぅぅ!!?」
通常なら手の指サイズの毒蛭。暗く湿気のある洞窟内なら比較的どこにでも存在し、動物や虫の体液も吸う洞窟内の嫌われ者である。
なぜかジャンプ力が凄く、昔薄着で入った女性の胸の谷間に、地面から飛び込んだ毒蛭もいたそうな。
黒い体表に緑の斑点、いつも湿っている姿は生理的嫌悪が強く、洞窟内に入っていつの間にか靴の中に毒蛭がーーなんてのはよくある話だ。
それを防ぐのが障壁魔術の対物理障壁なので、障壁魔術の個人装具や扱える者は洞窟探検に必須と言われている。
「あ、ちなみに毒蛭に咬まれるとその名の通り毒を注入されて、三日は身体中に発疹が出来るから気をつけてね〜」
「分かってるーーぎゃああ飛ぶなぁぁぁ!!?」
ぴょんぴょんと跳ねて押し寄せてくる毒蛭の大群に悲鳴を上げながら、宝石魔術と杖の火弾を撒き散らすフレシなのであったーー
▲▲▲▲▲
「……大丈夫?」
先ほどの場所から少し離れたところ。
顔色の悪いフレシを慮って休憩を取ったインフィは、周りに害虫避けの個人装具(最初から出しなさいと怒られたのは言うまでもない)を設置して水筒の水を差し出す。
フレシは受け取ってちびちびと飲みながら、「何なのあれ?」と硬い声をあげた。
「あんな大きさの毒蛭なんて見た事も聞いた事もないわ。それに数だって異常だし……何より一番恐ろしいのは、途中からあいつら火に耐性を持ち始めていたのよ。普通の生き物なら有り得ない……魔獣か、半魔獣なら考えられるけど、あれはどういう事なの?」
「私も詳しくは知らないよ。いつもは入口から壱爺の配合した殺虫剤を撒くだけだから。そういえばまだ四号を使ってた時に叩き潰して駆除しようとしたけど、途中から妙に打たれ強くなってたっけ。あれって耐性を得てたんだね〜」
納得だと頷くインフィとは逆に、フレシは益々疑問を深めていく。
魔獣ーー神話の時代から登場する、自然の法則の埒外に存在するものの事である。
動物、虫、植物、人工物、自然物、死体、人と姿形の似た何か……魔獣は多種多様な外見や特性を有し、個体の強さも様々だ。
ただ一つ、確かなものーーそれは例え小虫サイズの魔獣だとしても、全ての種族に敵意を持ち襲ってくるという事。
神話では、神族により魔獣の母たる存在は封印され神の国の奥深くに眠るとされている。が、神の国自体が真偽不明であるため、魔獣の存在は今まで謎のままであった。
魔獣とそうでないものの見分け方は、闇の中でも見える赤黒い靄のようなものと、煌々と赤く光る目。吐き気を催すほどの拒絶感とされている。
さっきの毒蛭にそういったのは感じられなかったが、稀に普通の生き物が魔獣化する場合もある。
その場合は半魔獣と呼ばれ、魔獣ほどではないが拒絶感を覚えるのだが……。
「あの毒蛭、後半は少し嫌な感じがしたわ。魔獣化したとしても、そんなの魔獣の大量発生した森や古戦場、疫病で滅んだ町などユグが穢れた場所でしか起こらないはずよ」
「あとは、穢れたユグを纏う強大な何かがいる場所とか?」
聞こえたインフィの声に顔を上げると、そこにはカンテラの火で俄かに揺れ動く微笑があった。
「採取が終わったら、会ってみる? この抱擁の洞窟が何で許可が無いと入れないのか、毒蛭が半魔獣になっちゃうくらいユグが穢れてるのかーーその〝理由〟に」
▲▲▲▲▲
〜誰得用語解説〜
「製錬」
製錬は鉱石から金属を取り出す工程の事。
これとは別に精錬と有り、これは金属から純度の高い金属を取り出す過程の事で別の概念とされている。
また製錬によって取り出した金属は純度が低いので、純度を高めるために精錬が必要な時も有る。




