第キュウ夜
一部〜空の見えない街〜
「っフーちゃん! 真横に飛んで!!」
「へ?」
弐爺が言葉を呟いた次の瞬間、今までのインフィからは想像もできない鋭い声が飛んだ。
その声に背筋を撫でられるような嫌な気配を感じ、フレシはあらん限りの力で横っ飛びした。
自動人形は緩慢に動き出したばかりで、なぜか振り上げっぱなしだった腕を振り下ろしていてーー
ーーずががががぁぁっ!! と、その直後恐ろしい破砕音と衝撃がフレシを襲う。
正確に言えば、先ほどまでフレシが立っていた地面と、地面が砕けた際に飛んだ石飛礫が対物理障壁に当たった事による衝撃だ。
「きゃあああ!!?」
自分の頭ほどもある石飛礫が飛んできて、フレシは避けようと握っている杖をがむしゃらに振るう。
すると赤い宝石から次々と小さい火球が飛び粉砕するのだが、爆ぜた石が更に障壁に当たってフレシを混乱させる。
「なな、ななな、なにが一体どうなってるの!!?」
「見えざる武器……〝イシルディン〟を使うなんて本気だね弐爺?」
「当たり前であろう。鈍重なだけの自動人形ではすぐ負けるだろうから、武器にイシルディンを塗布したのだよ。しかし、インフィはさすがに分かったか」
二人の言う『イシルディン』ーー小妖精族しか作り出せないミスリル鉱石を、ミスリルへと製錬する際に偶然出来た粉末がイシルディンの始まりとされている。
特性は月光や星明りの下でしか見えず、武器の表面に塗布すれば視認できない武器の完成で、暗殺者の仕込み武器は殆どがそれだと言われているほど。
通称として、イシルディンを塗布した物は『見えざる武器』と呼ばれている。
しかしてイシルディンは魔力を通しにくく、またミスリルや特殊合金以外とは相性が悪く、最悪の場合腐食させてしまう事がある。
なので見えざる武器は通常の武器屋では取り扱っていない。
そもそもイシルディン自体、入手が困難な品物なのだが……自動人形の武器に含ませているとなると、相当やっかいな事である。
「イ、イシルディンは街を治る小妖精の一族か、その一族に認められた最上級魔術師しか製造を認められていないわ……こんな巨大な自動人形の武器に使うほど保有してるなんて、弐爺さんは何者なのよ」
「本人はね、渋みと威厳と理知とユーモアを濃縮還元して出来上がったのが自分だって言ってる」
「……それ本気で?」
「……割と」
弐爺の意外にナルシストな一面が垣間見えて、何とも言えない気まずさを覚える二人。
だが自動人形はそんなフレシ達の気まずさなど無視して、振り下ろした腕を再び持ち上げていく。
地面を罅だらけにした見えざる武器も持ち上がっているのだろう、多量の破片が空中に浮く様が見える。
自動人形の腕から地面の罅まで、大体三メートル程だろうか。巨大としか言えない武器にイシルディンを使えばどれ程のお金が飛ぶか考え、フレシは卒倒しそうになった。
小さな街の年間税収は軽く超えそうな、超高級品と言っても過言ではない。
そんな見えざる武器を睨みながら(実際は見えないので当たりをつけて睨んでいるだけだが)、フレシは古小妖精語の呪文を呟いた。
「〝水〟、〝雷〟、〝風〟」
するとフレシの手に、今度は青と紫と緑の宝石が現れる。
各色の宝石が二個ずつ現れると杖をかざして浮遊させ、その中の一つ、緑の宝石に火球を撃ち込んだ。
火球によって砕けた緑の宝石は、その瞬間突風のように風を巻き起こした。
風に乗るように物凄い速度で自動人形へ飛んだ宝石群は、空中で何かにぶつかり停止した。
「見えざる武器は総じて強度が弱いっていうからね。これはどうかしら!!」
そう言って詠唱を開始するフレシの身体が、にわかに発光を始めた。
大量のユグを魔力に変換しているのが目に見えて分かるが、これを見て弐爺は密かに溜息を吐く。
(何という変換効率の悪さだ。宝石魔術はそれなりに扱えているようだが、詠唱にきちんと魔力が乗らず発光現象となっておるし、何より短縮詠唱も無詠唱も扱えないなど。これはかなり、先が思いやられるな……)
落胆してしまった弐爺であるが、世間一般ではフレシの歳で古小妖精語を覚え、魔術を行使できる者はそうそう居ない。
更に宝石魔術という稀有な魔術を扱え、同時に複数の属性魔術を発動できるのだ。
通常なら神童と呼ばれても差し支えないのだが、弐爺から言わせたら話にならないらしい。
「ーー〝竜巻〟!!」
詠唱の最後の句を唱えた瞬間、青、紫、緑の宝石は光り輝き、二メートル程の雷雨逆巻く竜巻へと姿を変えた。
ががががっ!! とぶつかり削るような音を出しながら空中で舞う竜巻は圧巻で、フレシの行動を見ていたインフィも「おぉ〜」と感嘆の声をあげる。
その事に多少嬉しくなりながらも、発動した魔術が収まるのを待つフレシ。
例え完全破壊は出来なくても、表面のイシルディンを削って武器が見えるようになったら万々歳と思っていたがーー竜巻が一筋の糸のようになって消えた時、フレシは最初自分の目を疑った。
目の前の風景は何も変わっておらず、巨大な自動人形は変わらずそこに立ち、持っているであろう見えざる武器は、見えないままだ。
「見えないけど、まさか、無傷なの?」
「お嬢さんの今の魔術では、ワシの自動人形は傷つけられんようだなーー何だ、もう終わりかね?」
弐爺の余裕たっぷりの言葉に、奥歯を噛み締めながら悔しがるフレシ。
するとインフィが一歩前に出て、「次は私だよ!!」と持っている棒を勢いよく地面に突き立てた。
「……ずっと気になってたけど、それって何?」
「うひひ、見てれば分かるよ〜」
気味の悪い笑い方に口角をひくつかせながら注視していると、インフィは片手で突き立てた棒を握り、もう片方の手を棒へとかざす。
「〝我が力を無敵のものと為さしめ給え。我が力を永遠のものと為さしめ給え。アドナイ、アンスル、常しえに褒め称えられ、栄光に満ちる者の御力によりて。アーメン〟」
それはフレシの使う、国土統一語による魔力を物質化する呪文と酷似していた。少しばかり単語が違っているのは、小人族特有の言い回しなのかもしれない。
(それとも人間族の言い回しか、ね)
今更ながら、インフィはとことん不思議な存在である。
小人族の街に住んでいるのだけでも特殊だが、更に小人族の壱爺、小妖精族の弐爺、まだ会った事はないが獣人族の参爺と共に暮らしているらしい。
そんな多種族の入り混じる家庭など、フレシは聞いた事がなかった。
そもそも多種族同士で暮らすなど、この街以外では中々お目にかかれない事例なのだ。
決して長いとは言えない人生観では測れない、よく喋りよく笑うちょっと馬鹿っぽいやつ。
それがフレシが抱いた、今までのインフィに対する印象である。
「ま、嫌いじゃないけど……」
などと誰にでもなく呟いたフレシの耳に、インフィの発する次なる呪文が届いた。
「ーー〝石〟!!」
どうやら国土統一語による、付与魔術のようであった。
突き立てた棒には見る見るうちに石が取り付き、どんどんと大きくしていく。
ちなみに、誰でも使える国土統一語の呪文は使い勝手がいいのが特徴だ。
何せ誰にでも使える日常会話での呪文で、少し努力すれば学の無い者でも覚えられる……ユグを魔力に変換する技術を抜きに考えれば、だが。
しかして誰にでも使える分、魔術の威力は古語と比べて数段落ちるのも事実だ。
だからフレシは、例え覚えるのに苦労しても威力が高い古語の呪文を用いていた。
その場合古語の文法と意味を理解し、魔術との繋がりを理解しなければ発動しないばかりか、下手をすれば暴発する危険性もある。
「フーちゃん、これが五号の真の姿だよ!!」
叫びながら興奮するインフィの手には、石が取り付き見た目の変容した棒が握られていた。
強く握ると手の皮が剥けそうに粗い長めの柄と、インフィの顔より大きい槌頭を備えた、まぎれもなく戦鎚だ。
少女が持つにはあまりに無骨な武器を見て、フレシは何ともいいがたい表情をした。
いや、そもそもと思う。
「ものすごく重そうだけど、まさか、それを担いで戦うの?」
「ううんそれは無理。いくら巨人手袋でも、それは全然だいじょばないね〜」
だったらどうすんのーー言おうと思ったら、インフィが得意げに声をあげた。
「これにはこれの戦い方があるの、見てのお楽しみだよ!!」
そうしてインフィは、自動人形のほうに身体を向けたーー
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※前話の弐爺の台詞を若干修正しております。齟齬がないように確認いただければ幸いです。
〜誰得用語解説〜
「アドナイ」
ヘブライ語で『我が主』を意味する。
「アンスル」
ルーン文字で『言霊』を意味する。
英字表記では『A』、関連する神はオーディン。




