御主の燈籠ー祈りと生贄ー
僕の手は、傷つけるためにあるわけじゃない。そう思いながら、日々を過ごしてきた。
なぜ僕はこんな時代に生まれたのだろうか。なぜ、この美しき世界を認めてはくれないのだろうか。ただ僕のこの両の手で何日も何日も、祈り続けた。「ただ幸せでありますように」と。
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少し、昔話をしようと思う。僕が小さい頃は、兄弟がたくさんいた。近所じゃ評判の大家族だった。母も父もとっくにいなかったし、食べ物も少なかったけど、それでも兄弟仲良く暮らして行けると思っていた。
「お兄ちゃん!みてみて!バッタ捕まえた!!」
「僕はちょうちょを掴まえたよ!」
幸せな日々だった。でもそんな毎日も長くは続かなかった。弟達が大きくなるにつれ、周囲が僕らを避けているのを感じていた。
ある日の夕暮れ、妹が悲しげな表情を浮かべながら、ぼんやりと空を眺めていた。
「どうかしたのか?」
「なんでもないよ!ただ少し考えごとをしてただけ・・・。」
「あ!とんぼさんだ!」
黄昏が近づき、一斉に大きなヤンマが夕日の中を飛び回り始めていた。あたり一面を颯爽を駆け巡る。
「トンボさんになれたら、すごくいいと思うのになぁ。あんな風に飛び回れたら、どんなに気持ちいいんだろう。」
「そうだね・・・。」
太陽は沈みしばらくすると、我が物顔で大空を飛び回るトンボもどこかへ消えてしまい、あたりにほのかな光が灯り始めた。
「蛍だね」
「ホタルってきれいだね!お兄ちゃん。燈籠みたい。ホタルくらいきれいなら、みんな私を避けないかなぁ。」
「僕や姉さん、兄さんもお前が大好きだよ。またみんなで、虫採りでも行こうよ。」
「うん!」
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次の日、一番下の妹が突然いなくなった。みんな必死になって探したが、見つかるどころか、一人、また一人といなくなっていった。
「一体何が起こっているんだ・・・。」
僕は得体のしれない恐怖に怯えながら、必死で妹たちを探した。そのうち、姉さんや兄さんはなぜか、僕を奇異の目でみるようになった。
「なぜ!!兄さんも!姉さんも・・・もう妹はどうでもいいのか!」
「もうしょうがないじゃない。きっと旅にでもでたのよ。」
「それよりも、俺らが生き残る方法を考えないと。」
「なぜ・・・。」
あんなに小さな子が旅になどでるわけがない。妹たちは「俺ら」じゃないのか。フザケタ連中だ。
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探し疲れて眠ってしまったようで、路地裏でゴミにまみれていた。表通りは、どうやらお祭りのようで、彩り豊かな燈籠がきれいに並べられていた。きれいな燈籠を眺めながら、妹の言葉を思い出していた。
「ホタルってきれいだね!お兄ちゃん。燈籠みたい。ホタルくらいきれいなら、みんな私を避けないかなぁ。」
みんな私を避けない?もしかして、兄さんや姉さんは妹を避けていたのだろうか?だとすればすぐに諦めていたのも説明がつく。しかし、どうして?
「ちょいと、そこのお兄さん。大丈夫ですか?」
ゴミ溜めにいる僕に話しかけたのは、恐らくは近くの寺の住職なのだろう。いかにも僧という格好をしていた。
「あぁ。大丈夫です。妹を探しているんですが、見つからなくて。」
びっくりしたような顔をして、その住職は僕に語りかけた。
「あなたは、肉親を探しているのですか?」
「ええ、そうですが・・・。なにか変ですか?」
「いえ、古くから伝わる伝承によく似たものがありまして、まさか・・・。」
「本当ですか?なにか、妹を探す手がかりになるかもしれません。教えてください。」
「ええ、古くからこのあたりに伝承がありまして、毎年、この燈籠が並ぶ頃に、子供の神かくしが起こるんです。この燈籠は、その鎮魂も兼ねているんですよ。」
「伝承では、昔、このあたりの大地主であった方が大きな燈籠をこさえたそうです。周囲の子供達は大変羨ましがりまして、ひとつ、いたずらをしてやろうと企てました。その大きな燈籠の中に、地主の息子を入れておいたんです。夜になって灯りを灯すまで、閉じ込めてしまったんです。しかし、地主は気付かずに灯りをともし、息子はそのまま亡くなってしまいました。地主が息子がいなくなったことに気づき、あたりを駈けずり回りますが、どこにもいません。そのうち地主は疲労から亡くなってしまったそうです。その後、周囲の子供たちが、なにもないところで、まるで焼けたように黒焦げで亡くなっていきました。恨みに思う地主が今でも、燈籠に引きずりこむために、彷徨っているそうです。」
「そんな馬鹿な・・・。そんなことがあるはずがない」
「あなたも、疲れているようです。地主のようになるまえにしっかりと休んでおいてくださいね。」
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バカバカしいと思いながらも、どこかで、ほっとした自分がいた。妹たちがいなくなり、悲しいと思わなければいけない。そう思っていた自分に終止符が打てた気がしていた。
「家に帰ろう」
また、黄昏が近づいた紅蓮に広がる空のように、僕の住んでいた場所もまた、紅く揺らめいていた。
「火事?そんな・・・。姉さん!ニイ・・サン?」
姉さんは、どうやら火の手から逃れることができたようだ。しかし、兄さんは、黒ずみ、変色していた。まるで伝承にあった子供のように。
「野焼きから燃え広がったらしい。ここはもうだめ。別のところへ避難しましょう。」
「そんな、兄さんが・・・。」
伝承との奇妙な共通点に不安を覚えながら、僕らは避難所へ向かった。
もしかしたら姉さんも消されるのかもしれない・・・
そう思うと怖くて夜も眠れなくなり、同じ場所にいた姉さんも、大きな黒目をさらに大きくしてガタガタと震えていた。
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いつのまにか疲れて眠ってしまったようで、 まだ薄暗い空間を手探りで蠢いた。すると、左手に微かにふれる感覚があり、それが姉さんであることがわかるまでに時間はかからなかった。ただ、そこにいた「姉さんだったもの」からは、得体も知れない液体がズタズタになった体から滴り落ちていた。
「え・・そんな馬鹿な・・・」
僕の手には鎌があり、暗くてよく見えないながらも、なにかが滴るのを感じた。怖くなった僕は、急いでその場を立ち去った。本当に馬鹿な男の話だよね。
そんなわけで今ボクは、天涯孤独になってしまった。あの時に感じた罪悪感だけはきっと忘れない。
しばらくすると、僕一人になってしまった。あてもなく彷徨う毎日、僕が姉さんを殺してしまったのだろうか、妹や弟達も・・・・僕が・・・・
僕が・・・・・・・ボクガ・・・・タ・・・ベタ・・・?
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その時から、いやそれまでもずっと、僕は祈り続けた。あの美しい世界を再現してはならない。その戒めを守るために。
「なにをそんなに悲しむことがあるのですか?」
僕に話かけたその女性は、みたところ僕と同じのようだった。
「姉を・・妹や弟を・・手にかけてしまったこの世界を、美しいと感じてしまうんです。」
「私は美しいと想いますよ?」
間髪を入れずに、その女性は続けた。
「いや、ごめんなさい。あなたは、おかしいみたいです。でも私は、あなたを許します。」
その言葉ひとつで、見ず知らずの彼女に僕を許すと、そう言われただけで、僕はすべてを救われた気がしていた。祈りを捧げた神にも似たその女性に、美しさを感じていた。
「僕を救う光になっていただけますか?」
「光になれるかはわかりませんが、そうですね。御主を照らす燈籠くらいになら。」
やさしく笑いかけてくれた彼女の笑顔は、今でも僕のこころの中に・・・。
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「・・・」
「ほんと、馬鹿みたいな話ね」
「この世界なんて、弱肉強食でしょ?」
「弱いやつが喰われるのよ?」
「あなただって私のために死ぬのよ?・・ねえ」
・・・・雄の蟷螂さん?