負の物を食べる魔法使いと純粋だった少年
息抜き的なものです。
初めて第三者視点使った…
昔々、王国に一人の魔法使いが居ました。
それに名前はなく、周りの物からはイリーラルと呼ばれていました。
イリーラルには普通の魔法使いと同じように魔法を使える以外に、一つ不思議な力を持っていました。人が持つ負の物を食べ、自分のエネルギーにするのです。
ある女からは自分を裏切った男への恨みの感情を。
ある子供からは怪我をした足の痛みを。
ある老人からは死への恐怖を。
どこからともなく現れては、そうしたものを奪って食べていました。
最初の内はイリーラルは人々に受け入れられていました。苦しみが、悲しみがなくなれば、人はもっと幸せになれると思っていたからです。
しかし、それは間違いでした。
食べられたものはそれらを奪われた数週間後突如苦しみに悶え、最後には死んでしましました。恨みも痛みも恐怖さえも、私たちには必要な物なものだったのです。
それを知った王様は、兵に命じてイリーラルを捕まえて魔界に一番近い場所、通称『千の谷』へと突き落とし、そこにイリーラルを封じました。
こうして王国に平和が訪れたのです。
―――表向きには。
『千の谷』の中腹。イリーラルが封じられてからは誰も近づくことがないはずのこの場所で、一人の少年が走っていた。
短く切りそろえられた赤い髪に、緑色の輝く瞳。細身ながらもしっかりとしたその両腕に綺麗なオレンジ色に熟れた果物を抱え、懸命に足を動かす。
それからしばらくたった頃、ようやく少年の目的地がその視界に入った。
何の変哲もないログハウスだ。白い壁に木の色そのままの屋根。屋根からは空に向かって煙突が伸び、そこからは白い煙がもくもくと立ち上る。
ログハウスの隣には白色の安楽いすが置かれ、そこには一人の少女が眠っていた。
「イリーラル様!オリの実をとってきました!!」
イリーラル様―――そう呼ばれた少女、イリーラルは、ゆっくりと目を開けてその華奢な体を起こした。
少女、というのは少し語弊があるかもしれない。その長い白髪のせいで、成人した大人の女性のようにも見える。濡れ羽色のその眼は、寝起きだからなのか細く細められている。
「・・・ん、お疲れ様、ラーチェ。」
ラーチェと呼ばれた少年は年頃らしい笑顔を浮かべ、小屋の中へと入っていった。
イリーラルはその様子を見ながら、悲しそうに眉をひそめて目を閉じた。
イリーラルがラーチェと出会ったのは今から10年前。
イリーラルはその頃、自分を追い出してこの谷に封じた王国に怒りを覚えながらも、エネルギーが足りず死にかけていた。
自分が負の物を奪ったせいで死んだ?そんなものは大嘘だ。
人々は死んでなどいない。そもそも私が自分から食べたいといったわけではないし、私を追い出したのはどうせ自分たちへの支持が下がることを懸念したからだろう。
そんなことを考えながらも、負の物がないと体が動かないのも事実。王国にいた間はよく食べさせてもらっていたため、摂取する間隔が短くなっていたのだろう。その頃にはもう体はほぼ使い物にならなかった。何かから負の物を食べればいいのだけれど、こんなところじゃ人も動物も通らない。
このまま死んでしまうのか、とそう覚悟した時、イリーラルの耳に子供の泣き声が聞こえた。
幼い幼い、本来ならこんなところで聞こえるはずもない音だ。
何故かとても気になって、もうほぼ動かない体を何とか動かして、声の聞こえる方へと這いつくばる。
その声の元へたどり着くと、そこにいたのは傷だらけの子供だった。
ズタ袋のような服の隙間から見える肌には青あざがいくつもあり、足は痛々しく変色し膝から下の部分はおかしな方向へ曲げられてしまっていた。
それを見てイリーラルはなんとなく察した。この王国では子供に親が暴力をふるうのも子供を捨てるのも、珍しい事ではない。
「だ、だれ・・・?」
こちらに気が付いた子供が、体を震わせながらもこちらに声をかけてきた。
その様子を見てイリーラルは少しだけ王国にいたころに出会った子供のことを思い出したが、すぐにそれを振り払って怖がらせないよう笑顔を作った。
「通りすがりの魔法使いだよ。ね、ちょっと手を貸してくれないか。」
無理やり、手をその子供へと伸ばす。子供は少し躊躇するように体を震わせたが、恐る恐るといったようにイリーラルの手を握った。
その様子を見て、イリーラルは内心呆れていた。親に裏切られ捨てられさえしたのに、なぜこんなにもあっさりと行動してしまうのか。
その手をぎゅっと握り、イリーラルは『食事』を始めた。
二人の体が淡いオレンジ色の光に包まれる。するとシュワシュワと泡がはじけるような音と共に、子供の体にあった青あざが消えていった。それどころか折れ曲がった足までも元のように戻っているではないか。
「うわぁ・・・!!」
子供は目の前で起こる現象に驚き、歓声をあげる。
それと共に、イリーラルの顔色も見違えるほどによくなっていく。
「ふぅ・・・。」
子供の体にあったあざがあらかた消えたころ、イリーラルは手を離した。
すっかり問題なく動けるほどに体力は回復している。ならば、ここにいる必要はない。
忌まわしい王国へと復讐にでも行こうかと立ち上がると、着ていたローブの端を引っ張られた。
何かと思って足元を見ると、なぜかこちらをキラキラとした目で見る子供の姿が。
「まほうつかいさん、どこかにいくの?なら、ぼくもつれてって!!」
そういう子供の目は、一つの迷いもなかった。
「え、えーっと・・・。」
思わず目をそらしてしまう。イリーラルは、何百年も生きているくせにこういう純粋な目が苦手だったのだ。
この後10分ほどの攻防の後押し負け、イリーラルは子供―――ラーチェと行動を共にすることになった。
そうして現在に至る。
ラーチェを連れたまま王国に復讐をしに行くわけにもいかず、ずるずると生活してきてもう10年だ。
ラーチェも大人になった。イリーラルの『食事』も、この近辺に自生するオリの実を食べれば、まあ物足りないにしろ空腹がまぎれることが分かった。
解放してやるべきだ、とイリーラルは思う。
あの子は強くなった。きっと、王国へ出ても生活は成り立つであろう。
イリーラルの王国への復讐心はもうないに等しい。ラーチェとの生活のうちに、いつの間にかかき消されてしまった。
あの時は、思いもしなかった。あんな子供が、こうして自身の心の傷をいやしてくれるほど大きな存在になろうとは。
「もう、満足だ。」
そう呟いて、立ち上がった。ご飯が出来ましたよ、と無邪気に笑う、ラーチェの待つ小屋へと入るために。
その数日後、ラーチェはいつもより遠出をして多くのオリの実を集めていた。
今日はイリーラルとラーチェが出会った記念すべき日。イリーラルの好物であるオリの実を使ったタルトを作ろうと計画したのだ。
そのせいで帰りが少し遅くなってしまった。早く帰ってイリーラル様の声を聴きたいと、ラーチェは精一杯足を動かし、いとしい人の元へと向かった。
「はっ、やっとついた・・・。」
小屋に辿り着くころにはもう日が沈み始めていた。しかし小屋に明かりがついている様子はない。
寝てしまっているのかと思いドアを開ける。そこで、ラーチェは―――絶望を見た。
そこにイリーラルの姿はなく、部屋の中央に置かれているテーブルには1通の手紙が置いてあった。
そこには、こう書かれていた。
『ラーチェへ。
いきなりいなくなってしまってすまないと思う。だが、これが君のためになると私は身勝手ながら思ったので、行動させてもらった。
さて、私は君を解放したいと思う。
ラーチェは私によくしてくれた。一度助けたからとはいえ、10年も私の世話をしてくれて本当にうれしかった。本当にありがとう。
私のことはもう気にしなくていい。これからは、自分のために生き、家庭を持つなり幸せに暮らしてくれ。
イリーラルより。』
それは間違いなくイリーラルの筆跡で書かれていた。それはつまり、ラーチェの前からイリーラルが自ら望んでいなくなったということ。
それを最後まで読んだラーチェは―――激昂した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
まさに世界に轟かんばかりの怒声。その時のラーチェにあったのは、怒りだけだった。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!10年も一緒にいて、ぼくの唯一になっておいて何こんな日に消えてんだよふざけんな!!僕が何か悪かったのかよなら直接言えばいいだろなんでいなくなるなんて真似するんだよ第一俺の前から消えて他のやつの痛みを食べんのか悲しみを食べんのかふざけんなおれいがいをお前の中に入れてたまるかそんな真似しようとするなんて俺を馬鹿にしてんのか馬鹿にしてんだなそうかそんなに俺のことが嫌いなら追いかけて追いつめて捕まえてやるよその方がお前の好みならなあ!!」
恩人に支配されたい、愛されたい、―――支配したい。
10年間押さえつけていた尊敬と愛情と憎悪がぐちゃぐちゃに混ざり合い、溶け合い、凝固する。
それは確実に、毒のようにラーチェを蝕んだ。
それを食べることは、イリーラルにできるのだろうか。
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