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新しいものに意味などない



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「警部。本当にこいつが人殺しなんですか?」

 運転席の深山が言った。

「そんな感じには見えないっすよ」

 喋りながら手配写真をちらりちらりと脇見運転する部下に、溝上は素っ気なく答えた。

「間違いない」

「へえ。ひとの良さそうな顔ですけどね。美形だし。それに意外に若いんだなあ」

 片手で写真を、もう片方でステアリングを握り、ながら運転する深山に溝上は内心ひやひやしていた。備え付けの灰皿に、吸い殻の山が築かれ始めている。普段より速いペースで消費されるタバコ。それでも落ち着けることのできない、この言いしれぬ胸騒ぎは深山の運転のせいか、それとも目の前に迫っているであろう脱走犯のせいであろうか。

 溝上は軽く頭を振って、まだ半分も残っているタバコをひねりつぶした。

「深山。人間を見た目で判断するのは愚の骨頂だ。人間、腹で何を考えているのか、わかったもんじゃない」

「わかってますよ。それにしても、愚の骨頂なんて、古いっすね」

 深山は、くっくっとおかしそうに笑った。

「おまえの場合、腹の中の言葉を全部吐き出していそうだな。……新しいものに意味などない」

 そう言って、溝上は深山の手から手配写真を奪い取った。

「運転に集中しろ。警察が事故ったら洒落にならん。また世間から苦情が殺到するはめになるぞ」

「りょーかい。警部殿」

 深山はおどけて敬礼をする。当然、片手運転だ。

 この車には助手席にもエアバッグがついていただろうか。急にそんなことが溝上は心配になってきた。

「しかし、こんな山奥じゃあ、誰もいませんねえ。まあ当然ですけど。……ホントにホシはこんなとこに逃走したんすか?」

 今、溝上たちが走っているのは郊外の高山に続く田舎道だった。二車線の細い道路の両脇には、針葉樹の密生した林が続いている。サイドウィンドウからほんの五メートル先は、林から生まれた闇に包まれていた。

 隠れるなら恰好の場所だ。溝上はひとり納得していた。

「目撃情報もいくつか寄せられている。付近にいるのは間違いないだろう」

「でも、どうして、こんなふうにこそこそとやってるんですかね、我々は。潜伏場所がはっきりしてるんなら、もっと数に物言わせて捜索すればいいものを……」

 深山は、少数による隠密捜索が気にくわないらしかった。ずいぶん前から、不平を漏らしている。そしてその都度、溝上は同じ説明を繰り返すのだった。

「脱走した患者は、世間にも知られた人物だ――異常者としてな。数年前の無差別連続殺人事件は、おまえだって知っているだろう?」

「ええ。知ってますよ。無関係の人間が訳もわからない理由で次々と殺された事件でしょう。理由なき殺人、ってやつですかね。あれはいろんな意味で悲惨だったっすね」

「……理由なき殺人かどうかはわからんよ。殺した本人には、何か理由があったのかもしれん」

「まさか」深山は鼻で笑った。「精神鑑定で全部、犯人の被害妄想と判断されたって聞きましたよ」

「まあな。肝心の裁判で、刑事責任なしと無罪判決。被害者の関係者は悼まれないよ」

 溝上は当時を思い返すように溜息をついた。

「そんな世間に有名な殺人犯が脱走した、といって、ちまたに容易く情報を流すのは無意味な混乱を招くだけだ。今回のウエの判断は間違っていないだろう」

 言下に、隣から噛み殺した笑いが聞こえた。

 視線を横に投げると、深山が笑いをこらえるようにステアリングを掴んでいる。

「け、警部。ちまた、だって……ホント古いっすね」

 溝上はほんの少し不機嫌になって、前方を見据えた。フロントライトが湿った道を円錐形に浮かび上がらせている。

 残り一本になったタバコを取り出して、溝上は苛ただしげに火をつけた。

「……新しいものに意味などない」



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