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08 星空

 大きな広間が人で埋まった。美しい音色が響き渡り、男女が入り乱れて踊っている。今日は予てよりリアンが楽しみにしていた舞踏会だ。


「わあ、凄い人!」


 嬉しそうにリアンが声をあげた。頬を紅潮させている。

 リアンは明るい黄緑のドレスに身を包み、髪はその本来の美しさを際立たせるように質素にしてある。かといって目立たないわけではない。むしろ、若いが故にリアンの持つ美しさを引き立てる。


「ああ、でもコンラート様はいつも女性にお相手をせがまれていらっしゃるし……私なんかのお相手をしてくださるかしら」


 可愛らしい呟きに、セロは思わずにこりと笑った。同時に胸をえぐられたような痛みが走った。


「大丈夫ですよ、お嬢様」


「でもほら、今日私ちょっとシンプルなドレスだし、埋もれてしまうんじゃあ……」


 たしかにドレスは華やかな色使いではあるものの、ゴテゴテした余計な飾りはない。


「その方がかえってその人の本来の美しさを引き立たせるというものです。それに、コンラート様はあまり派手に着飾る娘は好かないと聞いたこともありますよ」


「そうね……あなたのおかげでだいぶ楽になったわ」


「お嬢様はなにより舞踏会を楽しみにしておられたではありませんか。まずは楽しんで踊っていらっしゃいませ。どんなものも笑顔に勝るものはございません」


 リアンは笑った。


「ありがとう、セロ。そうよね、楽しまなくちゃ意味ないわよね。ええ、思いきり踊ってくるわ」


 いっていらっしゃいませ、と頭を下げるセロに背を見せ、リアンは広間の人が多い方へ歩いて行った。

 顔を上げた時、セロの顔には切ないような焦がれる表情があった。先程のリアンが見せた笑顔がくっきりと、まるで傷跡のように離れない。

 分かっている。あの笑顔は他の誰でもない、コンラートに見せるためのもの。どんな宝石や花もその前には色を失ってしまいそうなほどの眩しい笑顔。ただ見せつけられるだけで、決して届きはしないのに。


 セロが一人でぼんやり佇んでいると、後ろから声をかけられた。見れば同じような格好の、四十代くらいの男がいる。


「突然失礼いたしました。私、ジョセフ=グラッドストンと申します。フロレンシア家でコンラート様付きの執事をいたしております。お話があるのですが、よろしいでしょうか?」


 丁度いい。探す手間が省けた。セロは短く返事をした。

 グラッドストンはセロを建物の外に連れ出した。外は闇に包まれている。星が儚げに瞬いた。


「お話、というのは?」


 中庭でグラッドストンの一歩後ろから、セロはわざと分からないふりをして訊ねた。


「単刀直入に伺います。リアン様と当方、コンラート様のことでございます」


 やはりか、とため息が出そうになった。分かってはいたことなのだけれど。


「と、おっしゃいますと?」


 意地悪をしてとぼけてみた。そんな自分がますます嫌になる。


「またまた、分かっていらっしゃるくせに……コンラート様は数多の女性の中からリアン様を特に気にかけていらっしゃいます。将来的なご結婚も含めて、お付き合いを考えておられるご様子……。しかし、リアン様に無理を申し上げるつもりはございません。もしリアン様が他に見初められた男性がいらっしゃるなら、リアン様のお気持ちを優先し、身を引くとおっしゃいました。リアン様はいかがお考えなのでしょうか?」


 セロは目を閉じてそれを聞いていた。口許には安堵のような微笑がある。

 彼は黙ったままだ。グラッドストンが訝しんでいる。


「それは……まことのコンラート様のお気持ちですか」


 グラッドストンは眉を寄せた。当然だ。もし主人であるリアンをそんな風に言う人がいるなら、セロも同じような反応をするだろう。


「すみません、このようなことを訊いて……」


 すぐに謝ると、グラッドストンは微笑んだ。


「いえ、構いません。そのようなご質問にも答えるよう主人から命令されております。それにコンラート様も、あなたならばそれくらいのことを訊ねるだろうとおっしゃっておりました」


 星空を見上げ、グラッドストンは自信満々に答えた。


「もちろんコンラート様は本気でございます。私も保証いたします」


 その答えに、セロは微笑んだ。その微笑みの中には先程の微笑の中にはなかった諦めの色が深く滲んでいた。

 セロはグラッドストンと同じように星空を見上げた。すると、セロの胸の内を代弁するかのように、青白く細い流れ星がまるで涙のように弧を描いて闇の上を滑り落ちた。


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