03 温室の花 2
「二人がその気なら、早いところ婚約でもしてくれると安泰なのだが……」
ロークは独り言のように呟いた。
膝の上で、セロはぎゅっと拳を握った。思わず俯く。
それに気付いて、ロークは少し動揺した。しかし、軽く咳払いすると、何事もなかったかのように続けた。
「どうだろう、今度の舞踏会でコンラート殿付きの従者に遠回しに聞いてみてくれないか」
震える声で、はい、と返事をした。ロークは、ため息とまではいかないが、大げさに息を吐いた。
「君に……頼むのは酷だと思うが……」
その言葉を振り払うように、セロは顔をあげた。
「旦那様、もうそのことは……」
「本来ならリアンと結婚するはずだったのは……」
「旦那様!」
ロークは力強く遮られ、さすがに言葉を切った。セロの瞳は潤んでいた。
「私は、命を助けていただいた。行き場のないこの災いの身に居場所を与えて下さった。お嬢様にお仕えするのを許していただいた。……もう、十分でございます」
ロークは今度はため息をついた。やり場のない、諦めの色を濃く含む。
「では、酷ついでに聞くが……君は、リアンをどう思う?」
吐き気がした。ロークの考えが分からない。なぜ、こんなことを聞くのか。
冷や汗を流しながら、セロは吐き気を堪えるので精一杯だった。
「命に代えてもお守りする―――私のご主人でございます」
「セロ=オランではない。アレン=ルイス=クロージア=ド=ラ=エスメラルダスとして、あれを愛しておるかね?」
「……命に代えてもお守りする存在に変わりはありません」
気まずい沈黙が流れた。
「……あなたはエスメラルダス家の者だというのに。私は何もして差し上げられない」
「お止め下さい、旦那様。アレン=エスメラルダスは十五年前に死んだのです。……エスメラルダス家の恥になることです。それに今は私は、クレルモン家の執事です」
「すまない、アレン……いや、セロ」
セロは深々とお辞儀をした。
「私はこうしてお側にいられるだけで、幸せでございます」
「すまない……」
部屋を出て、セロはまず襟元を緩め、大きく息を吸った。壁にもたれ掛かり、そのまま固まる。呼吸に専念していると、吐き気はかなり治まった。
「どうした、セロ。顔色が悪いぞ」
声をかけたのは、ローク付きの執事であるハウアーだ。銀の髪で、がっちりした体は見るからに強そうだ。彼はセロの親代わりといった存在だった。
「いえ……なんでもありません」
笑ってごまかした。ハウアーは、そうか、とだけ言って去っていった。
再び汗が吹き出る。しかし、セロは仕事をしに歩き出した。
歩いている間にも、様々な思いが体の中を駆け巡った。
夜、ようやく床に就いた時、思わず目頭が熱くなるのを感じた。顔を隠し、誰にも見られないようにする。隣では既にハウアーが小さくいびきをかいている。
それを聞きながら、セロは声が漏れないよう口を押さえ、目を閉じた。