02 温室の花
温室でリアンは花を眺めていた。色とりどりの花弁。みずみずしく生い茂る葉。たくさんの植物がある。この温室は、植物好きのリアンのために父が作ったものだった。
明るく、暖かな陽の光を浴びて、植物達はまるで歌っているかのようだった。
指の腹で優しく葉を撫でた。つるつるした表面を滑らす。リアンは小さなため息をついた。
「ねえ、セロ」
リアンが彼を呼んだ。
「いかがなさいました、お嬢様」
セロが一歩、歩み寄った。リアンは振り返って、少し頬を赤らめながら言った。
「今日これから、今度の舞踏会のために新しくドレスを一着新調するのだけれど……付き合ってくれないかしら」
喜んで、と答えた後、セロはリアンの顔を見た。一体どういう風の吹き回しだろう。今まではそんなのは女中と済ませていたのに。
すると、リアンは嬉しそうに続けた。
「コンラート様に見てもらうの。若い殿方から見たら、どんな風に見えるのかが分からなくて。あ、でも執事だからって、全部にいい返事をしなくてもいいのよ。あなたはセンスがいいから、素直に似合ってるものを選んでほしいの」
「承知しました」
そうか、そういうことか。
分かりきっていたことじゃないか、と自分を責めた。ほんの一瞬でも、自分のために選んで見せてくれるのかと期待したのが馬鹿らしい。
他の男に見せるために、こんなにも優しい残酷さを突き付けるなんて、酷い主人ではないか。そうは思っても、柔らかい笑顔に全てが掻き消されていく。無邪気で残酷。それがこの人だ。
例えいつかお嬢様に恋人が出来て、それでもいいと思ったのは一体いつだっただろう?この人が幸せでさえあれば、世界の何人が涙を流しても構わないと感じたのは、いつだっただろう?
リアンは花を見て歩いていく。この温室は割と大きい。何も見ずに普通に歩いても、一周するのに三分はかかる。
「セロ」
「なんでございましょう」
「コンラート様は、私のことをどう思っていらっしゃるのでしょうね」
セロは答えに詰まった。
「お嬢様、それは一介の使用人には分かりかねることでございます」
リアンは彼の顔を見た。
「そうね、人の気持ちなんて分からないわよね。……変なこと聞いてしまったわ、忘れて」
大振りなオレンジ色の花に、リアンはそっとキスをした。口を離すと、花が嬉しそうに揺れた。
リアンの横顔に、セロは見とれた。
手を伸ばせば必ず届く距離にはいるのに、決して届きはしない。この人は、きっとこの気持ちなど知らない。もどかしいが、今の身分の差だけは、神であろうとも埋められない。
「やはり先程の明るい黄緑の方が良いかと思いますよ」
リアンの部屋で布を広げ、仕立て屋とセロが並んで評する。リアン付きの女中達は、ただただ見とれるばかりだ。
「では、それで仕立ててくださいませね」
仕立て屋は慇懃にお辞儀をすると、布を仕舞い始めた。
仕立て屋を見送り、廊下を歩いていたセロを、リアンの父、ロークが呼び止めた。
「ちょっといいかね」
そのままロークの自室に通される。立っていると、ソファに掛けるように言われた。少し戸惑っていると、ロークは再び勧めた。仕方なくセロは言われた通りにした。
「リアンのことで、話が……いやなに、君がこの屋敷では一番娘を知っているからね」
部屋には二人以外、誰もいなかった。
「どうかね、リアンは。コンラート殿を随分気にしているようだが」
胸の奥から、生暖かいものが湧き上がる。押し殺して、セロは口を開いた。
「はい、お嬢様はコンラート様にご好意がおありのようです。この間、フロレンシア家に行きましてから、ずっとあのご様子です」
「ふむ……」
ロークは意味深に腕を組んだ。