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19 後悔の涙 3

 レイモンは母の顔をちらりと見た。


「何って……財宝ですよ、母上」


 母は愕然としている。暗くてよく見えないが、きっと酷い顔色だろう。小刻みに震えている。


「そんな……」


 二人の見つめる先には、絵があった。何枚も壁に掛けられ、掛ける場所の確保出来なかったものは床に置いてある。その一枚一枚に、歴代エスメラルダス家当主を囲む家族が描いてあった。

 足音を響かせ、レイモンは壁の絵に歩み寄った。


「画家のサインがありますね。ハーヴェルン……ルロー……スウェリア……」


 丁寧に絵を見て、彼は順にサインを読み上げた。どれもその時代に有名だった画家ばかりだ。


「これのどこが財宝なのよ……ただの絵じゃない!売ったって、たいした価値はないわ!」


 母が叫ぶ。レイモンは彼女を見て、ゆっくりと喋った。


「いえ、これこそが財宝なのです、母上」


 意味が分からないといったふうに、母は今一度回りを見回した。


 絵が財宝というのは語弊があるだろう。エスメラルダス家の財宝とは、エスメラルダス一族の幸せと繁栄に他ならない。それが証拠に、どの絵の人物も皆、笑っていた。

 エスメラルダス家の者にとっては何よりも価値があるが、それ以外の者にとってはゴミのようなもの。やはり母にはゴミでしかなかったようだ。

 しかし、彼はそれを母に教えなかった。


 彼の目の前には、先代の描かせた絵があった。にこやかに笑う父、まだ若く美しく優しそうな母。赤ん坊の自分と、そしてそれを嬉しそうに抱き締める義兄。奥には使用人もおり、まさになに不自由ない幸せそうな家庭だ。


 レイモンは聞こえない程度にため息をついた。

 なんだかんだ言って、自分もまたエスメラルダスの財宝を汚してしまった。一族の幸せと繁栄は、義兄をこの手で血に染めてからは成立し得ない。エスメラルダスの財宝は、価値を失ってしまった―――レイモンは子どものように泣き出したくてたまらなかった。

 懐に仕舞い込んだ義兄からの手紙が重たい。申し訳ありません義兄上、私はエスメラルダスの財宝を汚してしまいました……。

 しかし、だからと言って全てを投げ出すわけにはいかない。義兄は全てを捨て、エスメラルダス家の誇りと名誉を守るためにひっそりと生きてきた。それをここで朽ちさせるわけにはいかない。

 私はこの家を守りましょう、この名に懸けて……。

 レイモンは義兄に誓った。きっと聞いてくれていることを願って。そのために出来ることは一つ。

 レイモンはまだぼうっとしている母を呼び、言った。


「かねてからお話を伺っておりますエルファレン子爵令嬢との縁談……良いように進めてください」


 レイモンは母を残し、階段を上がっていった。

 エスメラルダス家の財宝を守るため、再びこの屋敷に幸せと繁栄をもたらさねばならない。一生かかるだろう。しかしそのためなら、きっと何だって出来る。

 エルファレン子爵令嬢はレイモンに好意を持っていると聞く。母は彼女の家柄と財力をみて選んだらしいが、レイモンにはそんなものはどうでもいいことだった。

 彼女を幸せにし、母にも使用人にもまた笑ってもらわなければならない。それも、心の底から。そして、自分も幸せにならなければならない。


 外に出ると、雨は止んでいた。薄曇りの空に虹がくっきりと橋をかける。

 私に出来るだろうか?これが私の犯した罪の重さだろうか?

 レイモンはますます胸が痛んだ。しかし、顔を上げて一歩踏み出した。


「義兄上……エスメラルダス家を、命に代えても守ります」


 植物にくっついた雫が、陽の光を受けて宝石のごとく煌めいた。

 きっと義兄上は喜んでくださる。これが今の私の出来る唯一の償いであり、またエスメラルダス家当主としての義務である。レイモンは心でゆっくりと呟き、自分に言い聞かせた。

 そのためには、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。


 完結です!ここまで読んでくださって、ありがとうございました!


 最初は身分違いの報われない恋を書こうと思っていたんですが、結局一方的に報われなくなってしまいました……あと、コンラートは嫌な人設定だったはずなんですが、なんか最初っから優しくなってしまい……。


 でも、今作はわりと一視点から書けたのでは、と思います。兄弟合わせて二視点になりますが。


 よろしければ、感想等お聞かせください。では、長々とお付き合いくださりありがとうございました!



           沖津 奏

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