18 後悔の涙 2
翌朝も、雨が降っていた。屋敷の中まで湿った空気が流れ込み、憂鬱な気分になる。
幸いにもレイモンは風邪をひかなかったが、それとは違う気だるさを感じていた。
「さあ、レイモン、早く!」
嬉々とした母に急き立てれ、レイモンは地下階段を降りた。二人が降りきったところでレイモンはカンテラを母に渡し、下から三番目の階段に手をかけた。随分とほこりを被っているものの、耳障りな音を立てながら階段が収納されていく。
三段をアレンが言った通りに納めると、そこには別の通路がぽっかりと口を開けていた。
「アレンが言った通り、ここが入り口ね。……なぜあの人はアレンなんかを跡取りにと考えたのかしら」
隣で母がぽつりと呟く。悔しそうな声だ。しかしレイモンは内心激しく動揺していた。やはり跡取りは私ではない、と。
「随分使っていないようですから……私が先に見て参ります。母上はここで待っていてください」
カンテラを片手に、レイモンは湿った重い空気の中、ゆっくりと階段を降りていった。
階段を降りて少し廊下を歩き、その奥にあった扉を開けた。取っ手にはほこりが積もり、開けると蝶番が悲鳴をあげた。恐らく母にも聞こえただろう。舞い上がるほこりにむせながら、彼はカンテラを高々と掲げた。次の瞬間、はっと息を飲む。
これが、財宝……。昨日義兄が言っていた。足が震える。背筋に冷や汗をかいた。
『エスメラルダス家の財宝は、エスメラルダス家以外の者には無価値に等しい』
なるほどこれならそう言える。きっとあの母には無価値に等しいだろう。しかし私もまた、財宝を汚してしまった。代々受け継がれてきた由緒正しきエスメラルダス家の財宝。何物とも換え難く、また何物よりも価値がある。しかし、これはエスメラルダス家の者以外には恐らくゴミ。
レイモンはそれを見ていると、なんだか泣きそうだった。慌てて視線を逸らす。
「これは……?」
ふと足元に目をやれば、二つ折りにされた紙が落ちていた。拾い上げて開くと、頭を殴られたくらいの衝撃がはしった。
それは紛れもない、まだ幼い義兄の字だった。
『レイモンへ どうかエスメラルダスとざいほうを、まもってください』
レイモンは愕然とした。記憶を辿ってみても、義兄は父の亡くなった夜、すぐに屋敷を出ていったはずだ。ここに手紙を隠す時間などなかった。まさか、こうなることを分かっていて……?
階段の上から母が読んでいる。思った以上に考えていたようで、心配している声がする。レイモンは一度上がった。
「どう?財宝はあった?」
興奮した母が、すでに笑いながら訊ねる。レイモンには全てが億劫に思えた。
「ええ。ありましたよ」
「まあ……!早く見たいわ!どんなにか素晴らしいものでしょう!代々受け継がれてきた公爵家の財宝は……」
レイモンは先に階段を降り、カンテラを掲げた。二、三段降りて彼は母を見上げた。
「財宝は……もしかしたら母上にはゴミのようなものかもしれません」
母は首を捻った。顔をしかめ、レイモンに体調がまだ悪いのではないかと訊ねる。静かに首を横に振り、レイモンはまた階段を降りた。
早く、と急かす母を尻目にレイモンは再び取っ手に手をかけた。先程よりもひどい軋みが響き、母はその暗闇に飛び込んだ。カンテラを掲げ、口を開けて財宝を見ている。
暫く静かに見ていた母は灯りを下ろすと、震える声で呟いた。
「な……何よこれ……」