17 後悔の涙
屋敷に戻るとレイモンはすぐ、自室へ閉じ籠った。
母に、すぐ宝を見てみましょうとせがまれたがどうにもそんな気にならず、宝は逃げはしませんと言い張って逃げるように部屋へ入った。母は、それもそうね、と嬉しそうに呟くと、明日が待ちきれない様子で部屋へいった。隣はその母の部屋だが、耳をすませば彼付きの執事の声がする。恐らく義兄のことを話しているのだ。
レイモンは葡萄酒を二つのグラスに注ぎ、母の部屋へ持っていった。
「ああ、レイモン。ありがとう。さあ祝杯を上げましょう」
母はためらうことなくグラスを手にした。しかしレイモンは手を伸ばし、ためらう素振りを見せた。
「レイモン?どうかしましたか?」
「なんだか気分が優れないようです……」
それは大変、と母は慌てた。しかし、寝れば治るだろうと彼女を諌める。もったいないので葡萄酒は執事に渡すと、彼は恐縮して受け取った。
母と執事がそれを飲み干すのを見て、レイモンは立ち上がった。
「あら……なんだか眠いわ……どうしたのかしら」
母がベッドへ腰かける。我慢してはいるが、執事も眠たそうな目をしている。
「今日はお疲れになったのでしょう。どうぞもうお休みください。失礼します」
挨拶もそこそこに、レイモンと執事は彼女の部屋を出た。扉を閉め、レイモンは彼付きの執事の肩に手を置いた。
「今日はすまなかったね。もう休んでくれ」
耐えられないほどの眠気からか、執事は礼を言ってその場を去った。彼が部屋に入る音を確認し、レイモンはまだ起きている執事を捜した。その執事は、かつてアレンに―――義兄についていた執事だ。
「レイモン様、いかがなさいましたか?」
普段あまり話したりしないレイモンに驚きながらも、執事は優しく訊ねる。
「義兄上にこの屋敷に戻っていただく。……仕度をせよ」
執事は雷に打たれたほどの衝撃を感じた。
「ア……アレン様が……生きていらっしゃるのですか……?」
「そうだ、早くしろ。母上と執事は薬で眠らせた。……一刻を争うのだ、早く!」
彼が捜した執事以外にも何人かが名乗り出た。こんなところで、義兄と己の人望の差を感じる。
小さな馬車を用意させ、レイモンはそれより先に家を出た。元アレン付きの執事と馬に乗り、後から馬車が来ることになった。
外はまだ雨が降っている。泥を跳ね散らしながら二頭の馬が駆ける。レイモンは闇に目を凝らした。
早く、早く!どうか、神様―――!
あの場所へ着くと、レイモンは馬から飛び降りた。義兄が乗っていた馬はいない。悪魔にでも喰われたか。
明かりも無い中、必死で捜した。すると、足に何か当たった。
「あっ、義兄上!?」
レイモンの声に執事が走ってきた。丁度馬車も到着した。カンテラを持ってこさせ、地を照らす。
そこには、白い顔で眠るようにしている義兄の姿があった。
「義兄上っ、義兄上!」
羽織っていたコートを義兄に掛け、レイモンは義兄の頬に手を当てた。レイモンの動きが止まる。
「義兄上……冷たい……」
呆然とするレイモンと動かない義兄を、執事達は馬車へ引き込んだ。
馬車の狭い空間を、カンテラが照らし出す。
アレンは座席に横たえられていた。酷く蒼白な顔で、片方の頬には泥がついていた。しっかりと閉じられた目は、もう開くことはない。彼の手は紅に染まっていた。片手には、斑に染まった胡蝶蘭の花がある。
「なぜ……アレン様……!」
執事が泣いた。レイモンは静かに涙を落とした。
「私が……殺したんだ」
誰も何も言わない。レイモンは続けた。
「母上に言われるがまま……ここで、刺した」
何もない。静寂がその空間を包んだ。雨音だけが響き渡る。
遠くで雷が落ちた。それを聞いて、レイモンは顔を上げた。
「教会へ……義兄上を……」
家に帰り、部屋に戻るとレイモンは猛烈な眠気に襲われた。一刻ももう耐えられない。濡れた服だけを取り替え、ベッドに横になる。
なんだかもっといろいろと考えたいことがある。けれど、抗えない。現実から逃げるようにレイモンは眠りへ落ちていった。