15 雨の夜
外は雨が降っていた。コートも持ってないが、セロは馬に乗って約束の場へと急いだ。
そこにはすでに人影があった。馬車も停まっている。
「……久しぶりね、アレン」
懐かしい声。だが、もう二度と聞きたくはなかった。
「お久しぶりです……」
「お久しぶりです、義兄上」
暗闇に、自分以外にも男が一人いた。
「レイモン……!」
再会の歓びとも驚きともつかない声でセロは名を呼んだ。
「時間が惜しいわ。手短に答えて。エスメラルダス家に伝わる財宝の在処は?」
セロは義母を見た。
「なぜ……それを?」
「決まってるじゃない、レイモンが正式な当主となるためよ」
元義母付きの、そして今はレイモン付きの執事がセロの背後から首筋に短剣をあてがった。しかしセロは動じない。いらついた声で義母が大声を出した。
「喋りなさい!」
暫く雨音だけが響いた。セロは静かに口を開いた。
「地下階段はご存知ですね?」
「ええ。あれはあの人が生きているうちに知ったわ」
「その階段の一番下から三番目までの段は動くようになっています。上から順に納めていくと、別の地下階段が現れる仕組みです。そこが財宝の在処です」
「何があるの?」
セロはそれを思い、目を伏せた。しかし挑戦的な目で彼女を見ると、笑った。
「ご自分で確かめたらいかがですか」
それもそうね、と義母は高笑いをした。
「しかしエスメラルダス家の財宝は、もしかしたらあなたにはゴミのようなものかもしれない」
義母がセロを睨む。
「どういうことよ」
「そのままの意味ですよ。代々受け継がれる財宝はどんなものよりも価値があることに違いはありませんが、エスメラルダス家以外の者には無価値に等しい……もちろん、その価値を分かってくれる人もいますが」
義母はどうでもよさそうに鼻で笑った。そして、執事に合図をして今度は長剣を抜かせた。合わせたようにレイモンが剣を抜く。それでもセロは動じない。悲しそうな瞳でレイモンを見た。
「媚びたってだめよ、アレン。ここで終わりよ……さあレイモン。やっておしまいなさい。あなたは正当なるエスメラルダス家当主……」
決心したかのように目を閉じて、レイモンは駆け出した。セロは帯剣していたが、剣を抜かなかった。そのまま義弟の体を剣ごと受け止める。
脇腹に焼けつくような痛みがはしった。
「……くっ……」
声を漏らしたのは義弟だった。しかし剣が抜き取られた瞬間、再び襲う激痛にはさすがに声を漏らした。セロは義弟を弱々しく抱き締めると、膝から崩れ落ちた。
その時、ガシャンと音がして隠し持たされていた小銃が落ちた。
「奥様、ご覧ください。生意気にも銃を……」
「あら本当。雨で使えないのが残念ね、アレン」
違うと否定するのも億劫だ。
「……っ、義兄上っ、義兄上!」
立ち尽くし、震えていたレイモンがセロにすがった。セロは呻き声を出して義弟の顔を見た。レイモンは泣いていた。
俺が泣かせたんだろうか。セロはぼうっとする意識のなか、義弟に謝った。
「ごめんなさい!義兄上ごめんなさい!」
地面に横たわり、セロは義弟の頬に触れた。その頬に血の跡がつく。
「レイモン……ごめん、一人にしてくれないか?」
「義兄上!嫌です!ごめんなさい、すぐ医者を……!」
セロは儚げに笑って首を横に振った。
「最初で最後のお願いだ……頼むよ、一人にしてくれ……」
レイモンはなおもセロにすがる。
その時、義母が可笑しがるような声で割って入った。
「レイモン、何をしているの。行きますよ。一人にしてくれと言っているのです、一人にしておやりなさい」
少し戸惑った後、レイモンは立ち上がった。
「義兄上、ごめんなさい……」
静かにセロは目を閉じた。それを見ると、レイモンは馬車へと急いだ。