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14 闇へ

 結婚式の朝、リアンは部屋でそわそわと落ち着かなかった。この地方では昔から結婚式は、花嫁と花婿の家族のみが教会について行くことになっている。世話をするのは女中のみで、セロやハウアーは夜にフロレンシア家で開かれる祝宴の準備に追われていた。男達は皆階級を問わず帯剣している。


 リアンがついに家を出るその時刻―――使用人達は総出で彼女を見送った。もちろんこの後再びフロレンシア家で見ることになるのだが、このクレルモン家でリアンの姿を目にするのは最後と言えよう。

 真っ白のドレスに身を包み、リアンは恥ずかしそうにしている。ヴェールとブーケは季節外れだが、リアンの好きな胡蝶蘭の白い花だった。リアンの自慢の温室で育ったものだ。真珠の飾りも質素だからこそよく映え、ただでさえ白いリアンの肌が透き通るようで、彼女は朝露とともに消えてしまいそうだった。


「行ってくるわ。皆、ありがとう。また後でね」


 にこりと笑うとリアンは馬車に乗った。彼女は窓からちらりとセロを見た。少し心配そうな顔だ。セロは心からの祝福を込めて、笑顔で彼女を見送った。

 空が眩しい。たなびく雲が薄れて広がっている。

 今日で、終わる。全て―――。




 夜、フロレンシア家には多くの人が集まった。親戚だけでなく、コンラートを慕っていた多くの娘たちが顔を見せ、宴は華やかだ。彼女達は、自分こそがコンラートの心を射止めるものと自負していた分、今回の結婚に大きく落胆していたり嫉妬していた。何か騒動が起こっては一大事だと、両家は使用人達に帯剣だけでなく小銃も忍ばせていた。

 しかし、その心配はどうやら取り越し苦労に過ぎなかったようだ。なにしろ娘達は祝宴にやって来て、コンラートの横に座るリアンの姿を見たときに、彼女に敵うはずもないと悟ったからだ。

 娘達が宴席でリアンを褒めていた言葉を聞いて、セロは笑いをかみ殺した。こうも嬉しいものか。以前ロークが言っていた。こんな気持ちだったのか。


 ダンスが始まり、辺りが色とりどりの世界に変わる。優雅な音楽が流れ、光が煌めく。それを楽しそうに眺めるリアンのもとへ、セロは歩み寄った。


「ああ、セロ!見て、どう?綺麗でしょう?」


 くるりと回ってみせる。ドレスの裾がふわっと広がった。隣には困惑した顔のコンラートがいる。二人に祝辞を述べ、セロはリアンのドレスを褒めた。とても嬉しそうにリアンが笑う。


「私が育てた胡蝶蘭、綺麗でしょ?」


 ブーケの花は少しくたびれを見せているが、それでもやはり美しい。リアンは愛情をもって花に接するが、それが現れるのだろうか。以前別の人が育てた花を見たが、輝きが違った。この花もまるで宝石のように光を放ち、まるで水のように透き通った純粋さを持つ。


「これ、あなたにあげるわ」


 胡蝶蘭を一つ抜き取り、リアンはセロの胸ポケットに刺した。


「……ありがとうございます、お嬢様」


 懐かしむような微笑みを見せ、セロは呟いた。リアンは少し何かを考えていたようだったが、向き直ると口を開いた。


「ねえ、セロ。私、寂しいわ」


「え?」


「だって、結婚って楽しいことだとばかり思っていたの。でも家を離れなければならないし、あなたはこちらには来れないし……」


 セロの頬が紅潮する。胸が高鳴った。それを必死で抑え、言葉を選ぶ。コンラートは相変わらず困惑顔だった。


「お嬢様。そんなことをおっしゃって、まるで子どもではございませんか」


「そうだよリアン、幸いにもフロレンシア家とクレルモン家は近いのだし、すぐに家に戻れるさ。温室もなんならこちらに移してもいいし……」


 コンラートの言葉に、「本当?」とリアンが彼を見上げる。安心したような顔つきでコンラートは「もちろんだとも」と笑った。


「ねえセロ。離れていても私のこと、忘れないって約束してくれる?」


 突然の言葉にセロは戸惑った。が、すぐに優しく微笑む。


「ええ。お嬢様のことは何があっても忘れはいたしません」


「本当?」


「はい」


「記憶喪失になっても?」


「はい。お嬢様のことだけは覚えております」


 大真面目にセロは答えた。くすっとリアンは笑った。


「あなた、大好きよ」


 セロは心臓の音がはみ出して聞こえてしまうんじゃないのかと思った。それほど体中が脈打っている。きっと真っ赤な顔をしているだろう。


「私もですよ、お嬢様」


 どれほど言ってみたところで、リアンに届く「好き」はただの親愛の情であり、愛情ではない。それでも、この気持ちは何だろう?

 コンラートにもそれは分かっているのか、暖かい眼差しで彼は二人を見ている。


「あなたを笑顔にすることが出来ましたから……私の最後の仕事も終わったというわけですね」


 セロは遠くを見た。リアンがきょとんとする。


「最後?……私がクレルモン家に戻ったら、その時はあなたがまた世話をしてくれるんじゃないの?」


 悲しげに微笑み、セロはリアンを見つめた。そして、ぽつりと呟く。


「いえ……これで、最後でございます」


 まだよく分からないといった顔をしたリアンは、他の客に挨拶するためにコンラートに腕をひかれて行ってしまった。

 セロは暑い会場をそっと抜け出した。光から闇へ足を踏み入れる時、少し戸惑って振り返った。幸せそうに笑っているリアンが目に入る。

 涙を浮かべた瞳でそれを捉え、セロは呟いた。


「お嬢様……どうか、お幸せに」


 そして彼は闇の中へと消えていった。


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