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13 届かぬ想い

 それからというもの、セロはただ一心にリアンに仕えた。本当に自分でもよくやったと思う。

 リアンといえば相変わらずコンラートにご執心なわけだが、結婚が正式に決定してからというもの、日増しに輝きを増しているような気がする。


 式の前日の夜、セロはリアンに葡萄酒を持って行った。明日に備えて、今日は彼女はいつもよりも早めに床に就いた。


「セロ、明日はよろしくね」


 屈託のない笑顔には、ただ良い返事をするしかなかった。


「おやすみなさいませ、お嬢様」


 静かに彼は扉を閉めた。聞き慣れたはずの扉の閉まる音が、なんだかいやに耳につく。

 明日―――。明日が、来なければいいのに。一人、暗闇の中に置き去りにされてしまったみたいだ。前も後ろも真っ暗で、どっちから来たかも分からない。どこに向かって足を踏み出せばよいのかも分からない。下手に動くと、真っ逆さまに堕ちてしまいそうで。


 少し外で月を眺めた後、セロはそっとリアンの寝室に忍び込んだ。誰にも見つからないよう、足音も扉の音もさせない。リアンは気付きもせず、葡萄酒も手伝ってか、ぐっすりと眠っている。

 近くに寄ると、その寝顔を月明りが照らし出し、なんとも幻想的に見える。この人が、本当なら―――。

 セロは目からこぼれだしそうなものを上を向いて堪え、自嘲気味に笑った。

 もうよせ。いくら思ったって、届かない。もう十分尽くしてきたし、その分誰も知らないリアンをたくさん見てきた。この思いと記憶だけは、何者も奪えない。

 またため息が出そうになる。

 馬鹿みたいだ。そのリアンはコンラートに奪われ、これから決して自分に見せることのない素顔も彼に晒すというのに。愚か者とはまさに、この俺のことだ。

 セロは音もなくしゃがみこんだ。

 やろうと思えば、このまま思いを遂げることだって出来る。リアンを気遣い、使用人達も今日はこの近くを通りはしない。けど、リアンがそれを望まない。例え強引に自分のものにしてみせたって、彼女から美しい笑顔をもらえるとは到底思えない。傷つけるだけだ……。

 セロは眠っているリアンの耳元に口を寄せ、聞こえるか聞こえないかくらいの微かな声で囁いた。


「リアン……私はあなたが……あなたのことが……」


 ずっと、好きでした―――。


 口に出せようはずもなく、セロは逃げるようにその場を去った。

 ああ、やはり俺は愚か者だった。



 部屋に戻ると、ハウアーがまだ起きていた。


「お嬢様は?」


「よくお休みですよ。今日もだいぶ緊張していらっしゃいましたから……お疲れになったのでしょう」


 そうか、とハウアーは呟いて、読みかけの本を閉じた。


「これで良かったのか?」


 背筋にぞわりと走るものを感じながら、セロは何がです、ととぼけてみせた。


「これで良かったのかと聞いているんだ、アレン=エスメラルダス」


 はっと息を飲む。声が出ない。なぜ、その名を。

 彼の疑問を察し、ハウアーは微笑んだ。


「分かるさ。ここにお前が来た当時―――俺はお前を他の貴族の屋敷で使われていた小姓だと紹介された。名は明かせないが、大貴族のもとで働いていたと。しかしまあ使ってみりゃあ、マナーや言葉遣いは気味悪いくらいになっているのに、雑巾がけ一つ出来やしない。おかしいと思って大旦那様に問い詰めたら、話してくれたよ」


 そうか、知っていて……それでも、嫌うこともなくこうして接してくれたのか。


「いいんです。お嬢様が幸せでさえあれば」


 ふうん、頷くと、ハウアーは座りなおした。


「明日お前が暇を貰っているが……何かあったのか?まさか、お嬢様の結婚に嫌気がさして修道士にでもなろうってんじゃあないだろうな」


 まさか、と笑うとセロは正直に話した。明日夜、義母と異母兄弟であるレイモンに会うことを。


「おいお前……だめだ、会っちゃだめだ!殺されるぞ!」


 セロは微笑んでみせた。その心境でどうして微笑むことが出来るのか、ハウアーには分からなかった。


「……かもしれませんね。でも、レイモンが会いたいと言ってくれているのです」


「ったく……頑固だな、お前も。その代わり!またここで働くんだぞ?お嬢様が帰っていらした時、世話をするのはお前以外にはいないんだからな」


 思わずセロはハウアーの顔を見た。彼は笑っている。目が熱くなった。


「……はい」


 子どものように無邪気な笑顔でセロはそれに答えた。


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