12 方向転換 2
コンラートとリアンが会う度、セロはその様子をグラッドストンとともに暖かく見守った。ただ違ったのは、グラッドストンは心底二人を祝福し、セロはそれと嫉妬の二つに挟まれ今にも窒息しそうになっていた点だった。
季節もだいぶ移ろいを見せ、だんだん世界が落ち着いた色合いに染まってきた頃だ。コンラートがリアンのもとを訪れた。もうこの二月で何回目のことだろう。二人は柔らかな日差しの中、よく手入れされた庭へ入っていった。庭は枯れかけた葉がこれでもかというほど鮮やかで、木の背が高いこともあって、二人の様子は外からでは何も見えない。
暫くするとコンラートにエスコートされたリアンが出てきた。相変わらず初々しいまでに赤い顔をしている。
コンラートが帰っていった直後、いつもならリアンののろけ話に付き合わされるのだが、今日はロークがセロを呼んだ。部屋に招き入れる。もう三回目だ。
ロークは窓辺に立ち、風に葉を舞わせる庭の木々を見た。
「……旦那様?」
長い静寂の後、セロが口を開いた。ロークがゆっくりと振り返る。
「リアンの……結婚が決まったよ」
セロがはっと息を飲んだ。
ロークは詳しい日にちも教えた。
「それは……おめでとうございます……さっそくお嬢様にもお祝いを申し上げねば……」
そんな彼を無視して、ロークは再び背を向けて話始めた。
「やはり結婚して嫁ぐわけだから、今までのようにリアンの傍へ付けるわけにもいくまい。私の下で働くか、それとも……」
「旦那様の下でお仕えいたします。以前、リアン様ともそのようにお話いたしました」
「そうか、あの娘と……」
それとも、の続きにロークが何を言おうとしていたのか分からなかったが、セロにはどうでもいいことだった。もう、誰に仕えようと同じことだ。
するとロークは今度は嬉しそうな口調で話し出した。
「しかしなんだ、こうも嬉しいものかな。貴族なのだから政略結婚も当然あるわけだし、今はむしろそちらの方が主流なくらいだが……愛がある方がやはり、こういうことはいいな。本当にリアンが―――」
はっとしてロークは口をつぐんだ。今、隣に立っているのは、セロ=オランであり、アレン=エスメラルダスでもある。公爵位継承競争に敗れてさえいなければリアンも彼と政略結婚していたのだ。
「構いませんよ、旦那様。どうぞ続きをおっしゃってください。私と結婚しなくて良かった、と」
戸惑うロークを見て、セロは少々困惑した。ほんのちょっと意地悪してみただけなのに、思ったよりも相手は深く考えているようだった。けれど、これはセロの本心でもある。
「私も、そう思いますから。お嬢様が私と結婚しなくて良かったと。私ではきっと、あのように幸せを差し上げることは無理でしょうから。本当に……良かっ……」
言葉が途切れ、セロは俯いた。そして再び祝いを述べると、早々に部屋を出た。
あのまま居たら、確実に子どものように泣いていた。無様な姿は見せたくない。
落ち着いた表情でセロが屋敷の廊下を歩いていると、ローク付きの執事であるハウアーに呼び止められた。
「お前に手紙が来てたぞ。さっき部屋に置いてきた」
それはどうも、と返事をすると、ハウアーはにやりと笑った。
「女文字だったぞ。なんだ、コレか?」
小指をぴっと立てて見せる。
俺に?女から手紙?一体誰が?
とりあえず、その場は知らないと否定してやり過ごした。ハウアーは面白そうに、ラブレターだったら後で俺にも見せてくれよ、減るもんじゃないだろ、と笑った。冗談じゃない。
終業の後、セロは部屋に戻った。確かに自分宛てで、女文字だ。他に誰もいないのを確認して、そっと封を切る。
広げて読んでいくうち、彼は青ざめた。手が震える。読み終わった頃には冷や汗で寒いくらいだった。
「お、読んだのか。どうだった、なんかいいこと書いてあったか?」
悲鳴を上げそうになったのを堪え、振り向くとハウアーがいた。
「あ、いえ、別に……たいしたものじゃありませんでした」
なんだ、とつまらなそうにハウアーはベッドに横になった。
セロは静かに部屋を出た。
間違いない。差出人はどこにも書いてなかったが、あれは紛れもなく義母の文字。何より証拠に、宛名はセロだったくせに、中身はアレン宛てに書いてあったのだ。ばれた、知られてしまった―――。
そして手紙には、ある日に指示する場所へ来いというものだった。今度こそ、もう……。しかもその日はリアンの結婚式の予定されている日だった。
セロはロークに、結婚式以降の暇乞いに行った。ロークは不思議そうにして何度も理由を尋ねたが、セロはがんとして言わず、結局ロークは暇を許した。
これでいい。全て、終わる―――。リアンへの醜いまでの執着心も、エスメラルダスとの繋がりも、絡み合ってどうしようもなくなったもの達も全部、その日に断ち切れる。辛いことも悲しいことも、全て。やっと……。
暗闇の中、セロは一人で涙を流した。今までのものとは違う、安堵、そして神に感謝する涙を。