第四十九章
マリアンジェラは家に帰る気はないため、今は王宮にあるシーヴァーの部屋に居た。部屋にあった鏡で自分の顔を見つめる。
昔何度も見たその顔は、もう無表情ではなかった。むしろ、悲しげである
「どうかしましたか?」
「シーヴァー・・分からない、何故かずっとずっと不安で、堪らないの」
何かが訴えている。何かは分からないけれど・・。
「私が居ます、お嬢様」
「もう、お嬢様じゃないよ・・?家出したから」
アナスタジアの名を、私は捨てた。必要のないものだから・・。
「ねぇ、抱きしめて」
抱擁をねだる。シーヴァーはゆっくりと抱きしめる。
昔ステラが泣きじゃくる私に読んだ物語、どんなに不幸な運命にある恋人同士でも、最期は必ず幸せになる・・って、ステラはそういって頭を撫でてくれた。私は本当にそうなるのか分からなかった。
今も分からない。
「あのね、シーヴァー」
でも
「私、昔ずっと思ってたの・・。何もない、名前だけの影姫と呼ばれてもいい、私には、あなただけがいればいいって思ってた・・。なのに、ふられた」
「・・・・」
「この身が引き裂かれるぐらい、悲しかった。本当に何もなかったんだって・・思ったから」
シーヴァーの抱擁から少し離れる。
「でもね、ウィルシアに攫われて、ウェザーミステルに行って、変わったの」
本当に変わった。
無表情ではいられないぐらい、毎日が奇天烈で、可笑しくて、親身になってくれたと思ったらみんな逃げ出して・・。
「私、耐えなくて良いんだ。思い切って生きて良いんだってことが、分かった」
「帰りたいのですか?そちらに」
マリアンジェラは首を横にフッタ。
「シーヴァーの居るところに私は居たい、好きだから、一緒に居たい」
「マリアンジェラ」
シーヴァーはマリアンジェラの手を握った。
「愛しています。ずっと、ずっと・・」
唇が触れた。
◇・◇・◇
「ミケーレ様、私聖女隊の補佐隊長として、忙しいのですが!」
「ご、ごめんね?会いたくてつい」
赤面して謝る恋人にケリーは小さく溜息ついた。
・・自分は男らしく、清楚なルジオ隊長が好きだったはずなのに・・どうしてこんな女々しい男なんかが好きになったのじゃ?女装させたら絶世の美女だし・・。
・・自分で思って落ち込んだ。
「あのね、ケリー」
(近!)
この男、なよなよとしているくせに、こういうことには手が早いのだから油断ならない。・・ふ、まさかこの私が手篭めにされるなど、気のまよいじゃ
「おーい、ケリー・・キスしちゃうよ?」
「なんじゃ!」
近づいて来た頭を掴みながら聞くと、ミケーレは残念そうに舌を出した。
「あのねケリー、ボク君のこと愛しているんだ」
好きではなく愛しているというところが、あれですね。
「な、なにを、今更」
「でもね・・ボク、マリアンジェラの力になりたいんだ」
「え?マリ・・?」
何故ココでマリアンジェラ?
「僕のせいで彼女には幼い頃から可哀想な境遇を生きらせることになってしまったんだ」
「しっておる、両親すらも存在を忘れるからついたあだ名が『影姫』とか」
「そうなんだ」
手をちゃっかり掴んだ。
「それでね、ケリー別れてほしんだ」
「なんだそんなこと・・って、なんじゃそりゃぁあああああああ!?」
手伝ってほしいんじゃなくて別れてほしい?!
「な、なん、え?な、わ!あ・・」
なんっていえばいいんじゃ?!
「なんでなん?」
気弱い声が出た。
「いまね、魔国でこの世界を揺るがすほどの化け物が生まれたんだ。マリアンジェラは皆で戦えば勝てると思っているらしいんだ」
「化け物なら、たかが一介の兵士では無理じゃろ」
「そうだよ、だからボク、マリアンジェラと会話した後、アローズ将軍と相談したんだ。こういうことに慣れていそうだったから・・そうしたら」
『人ならざるものを倒す力を持つのは、『聖女隊』のみ』
「・・そうじゃ、自分の持つ力は魔法使いとはすこし違うと思っていたのじゃ・・もしかしたらこのための力だったのかもしれんな」
だとしたら・・。
「自分は自分の運命を全うするときじゃの」
誇らしいわ
「でも、王が魔国に協力兵を送るわけなかろう・・?」
「だから、ボクが王になるんだ、聖女隊の出動の命令を出せるのは王様だけだからね」
「だから別れろといったのか?」
「違うんだ」
ミケーレは悲しそうに笑った。
「・・アマンサと結婚する」
「は?」
「ボクとは腹違いっておもってるだろうけど、実際アマンサとは血は完全に繋がってないんだよね」
アマンサの母の妹が僕なわけだから・・身分が高くても、王様の血を引いていないんじゃ、他の臣下に王様になるのを邪魔され、なんだかんだでアマンサを王様にするつもりだ
「そもそも、魔国に取られたくないから意味もなく僕をココにおいているわけだし」
独占欲だけ強いこの国・・。生きずらいと感じていたのはマリアンジェラだけではなかった。
「・・アマンサ姫を利用するのか?」
母親と同じく、誇り高く、美しく聡明な、芍薬のような姫・・。そして
「自分すらも切り捨てるというのか・・?」
愛しているといいながら・・戦場へ行く自分の背を見守り、帰りを待っていてくれたのに・・今更、捨てるというのか・・?
「ごめんね・・」
マリアンジェラのために・・?
「・・知らん」
「え?」
「知らん!勝手にせい!この女装癖シスコン腹黒似非男!!!」
「えー・・悪口言うならせめて一つにしてよー」
「知らん!アマンサ姫に殴られるが良いわ!!」
扉を勢いよく開けて、早足で歩き出す。
あのアホ男め・・うぐぐ、腹ただしい・・なーにが、一生懸命で一途な君が好き・・じゃ!!
「っ・・」
涙が溢れる。
「阿呆・・」
「おや、聖女隊の方がどうかなさって?」
「!」
急いで涙を拭き、顔を上げる。そこにはアマンサと双子姫が居た。
「あ、アマンサ姫!これは失礼いたした、御通りくだされ」
道をあける。双子姫が興味ありきという感じで人の顔をマジマジとのぞいてきた。
「泣いた?」
「女を捨てた兵士も泣くのね」
「な!」
双子姫はクスクスと笑った。
「こら」
アマンサがぴしゃりと怒った。
「ちょうどいいわ、私は行くとことろがあるから、ケリー・・といったかしら」
「はっ」
「この子達をテセヴル将軍のもとに連れて行ってあげて・・すぐ脇道逸れるのだから」
「かしこまりました」
行くところ・・ミケーレのところだろうか・・。胸が痛い。
双子を連れ歩きだす。
「テセヴル将軍・・何時になったら私達を見てくださるのかしら」
ふん、お前達などエルシオン様に劣るのに見るはずがなかろう。
「・・永久にないかもしれないわね」
傲慢な双子姫にしては、弱気な発言だった。
「『好き』ってだけじゃ、駄目なときもあるものね」
「どう私達が『好き』っていったって、テセヴル将軍が死んでしまった人のほうが『好き』だものね」
「いえなかった分だけ『好き』なんだね」
姫というものは嫌いだった。権力をかさに好きなことを言ったりやったりするから、でも・・今だけはちょっと好きになったかもしれない・・。
「・・見守るのも、一種の『愛』なのやもしれません」
ケリーがそういうと、二人は驚いた顔をしたが、にっこりと微笑んだ。
「「そうね」」
愛しているからこそ、ままならないことも、ある。