第十七章
ステラはお茶を汲みながら心から思った。『今すぐ逃げ出したい』と・・。
「・・・・・・・」
重い重いよこの空気・・耐え切れんわぁ
「あのー、こほん!えー・・お茶ァー・・持ってまいりました」
将軍クラスの武将や王様、インファやシーヴァーも深刻そうな顔で机の上にばら撒かれた書類を見ていた。ステラは無言でお茶を配りながら泣きそうになった。
アユリ女官長は姉がここにいることを嫌い、近寄ることも拒絶した。なのでその鉄砲玉がステラに回ってきたのだ。
「ミケーレ様が攫われなかったのは良かったですが、アナスタジアの姫が攫われてしまいましたなぁー魔法使いを殺すのはお手の物ではないのですかなアーロズ将軍」
アーロズ将軍に対する厭味の言葉を老人とも言える将軍が吐いた。
「あたしゃその時牢獄にいたものでしてねぇ・・すみませんねぇ~テッサ老将軍、牢獄にいなければ勝てたんですけどねぇ」
「ふん!」
いがいがしてるー帰りたいよー
ステラは救いを求めるようにインファのほうを見たが虚空を眺めていて見つめてすらいない。
「お嬢様は、・・大丈夫でしょうか」
「インファ?」
「魔法使いどもは本当に鬼畜です・・仲間を仲間だと思わない低俗な奴らですわ」
「アナスタジアの姫のことなどどうでもよい」
王様の言葉を聞き、皆が顔を上げた。
え?
「まさかお前達、余が皆を集めた理由を、まさかアナスタジアの姫を助け出す会議のためだと思ったのか?そんなわけあるまい」
インファが驚いた顔と、困惑した顔をしてジーヴァーを見た。
「・・では何の会議でしょうか」
「決まっておろう、わが国に魔法使いが易々と侵入しすぎじゃ、どうなっておる!警備はゴートンが担当しているのではないのか!」
「すみませんねぇ王様」
机の上に足を乗せたまま微笑んでいるのはアーロズの実の父で、もとは巨人族であったゴートンだ。彼もまた魔法使いの実験の末・・魔法でこんなサイズ・・といっても平均よりも大きいが、小さくされたのだ。
「俺ァ、大雑把でねぇ~そんでもって目が節穴でねぇ、あっはっは」
「子が子なら親も親か」
「なっはっは!いってくれますねぇ老将軍!でしたら老将軍にお頼み申したらようござんしたねぇーね!おやっさん」
「がっはっは!そうだなぁ」
「もう良いわ、兎に角解決策を申せ」
「魔法使いを皆殺ししかないんじゃァないでしょうかねぇ~あたしゃ今まで何人もの魔法使いを見てきましたが、奴らは何処にでも出てくるし何処でも消える」
「それができれば苦労わせんわい」
同じく老将軍の一人、マクベス・キャバニアはこめかみを人差し指で押さえながら唸った。ソレを見たテッサ老将軍は王を見て問う。
「王様、いっそのことミケーレ様の身柄を引き渡したほうがよいのではないでしょうか?条約も此方に有利なものだったらしいですし、なによりミケーレ様は失礼ですが奥様の不埒な行いからできた御子・・」
「テッサ将軍口を慎みなされ。ネルシオラ様に対する侮辱ですぞ」
「事実を述べたまで、それに偉大なる王の血をついでいないのですぞ。敵国の王の血を継ぐなど卑しいも当然・・」
「テッサ!」
「ミケーレ様を差し出さぬというなら如何なさるのじゃ?それともアナスタジアの姫君でも向こうの王に差し出しますかな?アナスタジアの姫君といえば『影姫』と呼ばれるほど幸薄い姫、いっそ向こうに行ってしまったほうが幸せなのかもしれませんの」
「そうでしょうか!」
流暢な口調のテッサ将軍のペースに皆が流されていた、そのときだった・・。彼のペースを打ち切ったのは、さっきまでいつ出て行くかタイミングを見計らっていたステラだった。
「・・本当にミケーレ様は卑しいお方でしょうか」
「なんじゃと小娘!たかが無能下級身分の女官が口を出すでない」
「こほん、テッサ将軍私の部下を罵るのは止めて頂けないでしょうか?止めないというのなら止めて差し上げますよ?力ずくで」
「インファ、止めよ」
王様が声を出した、そしてテッサにも黙るよう目で制し、ステラのほうを向いた。
「いいたいことがあるなら、申してみよ」
「ありがとうございます、・・恐れながら申し上げます」
ステラは汗を流しながらも、真っ直ぐ皆を見渡した。
「ミケーレ様やマリ・・マリアンジェラ様が魔法使いの国にもし行ったとしても幸せになれるとは思いません!だって・・」
「だって?」
「だってあの二人は幸せってもんを知らないんですから!!!」
・・。空気が固まった。
「は?」
「だって・・ミケーレ様は子どものころに両親から離され、誰にも言えない秘密を抱え、それを叶わせることもままならない上、自分のことを本当に心配してくれているわけでもないのに政略に巻き込まれているし・・」
「秘密・・?」
インファはそういえばミケーレの時々見せる不審な行動を思い出した。
(秘密って何だろう・・?気になるわ)
「・・それに、マリアンジェラ様だって、望んでないと思う・・」
ステラは言うか言わまいか悩んだが、意を決し言うことにした。
「マリアンジェラ様は、どんな境遇にあったって、・・だけがいればいいって言ってました、・・がいなかったら何処でも同じだって言ってました!いれば満足だって」
「・・って誰?」
みんなの言葉を見事代弁したアーロズに皆は頷いた。
「それは内緒」
ステラは目を逸らしながら言った。
インファはシーヴァーの横腹をつついた。
「ですってよ」
「・・・・」
王様はステラのほうを見た。
「言いたいことはそれだけか」
「はい」
「・・ふむ、お前は何か勘違いしているようだが、そもそも『幸不幸』では無いのだよ、『使えるか使えないか』だ、テッサ」
「は、王様」
「お前も間違っている」
「え?」
「そもそも余がいつ『和睦』の言葉を言った?余は敵の侵入ができないようにする『解決策』を聞いているのだ。お前達も、くだらぬことばかり考えずに、真面目に考えよ」
ステラは開いた口が塞がらなかった。
「王様」
先代の王から使えていた老将軍マクベスは立ち上がり王を見た。
「攫われた姫や、狙われているミケーレ様や、いまも戦場にいる兵士達は如何なさるのですか」
王は鼻で笑った。
「知らぬ」
え
皆そんな顔をした。
「自分の身は自分で守れ、兵士は国のために戦え。ほかに何を命令して欲しいのだ?ん?今までどおりに事を成せば良い。幼子でもあるまいし、いちいちああしろこうしろというわけあるまい」
「・・ふ」
ふ ざ け る な ぁ あ ァ!!!!
「!?」
ステラが会議用の長い机を思いっきり殴った。
鈍い音と机にひびが入るのは同時だった。
「それでもアンタ王様かよ!?アンタびびってるだけじゃねぇか!国に敵が侵入してこないためじゃなくて、自分が殺されないための会議なんだろうが!ふざけんじゃねぇよ!」
「ステラ!王様になんて口の聞き方をするの謝りなさい」
「王様だろうが関係ねぇし!あたしはもう切れた!おう、王様よぉ!そもそもアンタ国のことを考えてるってんなら、誠意ってもんがあるんじゃねぇのか?!」
「貴様王を侮辱するなど!死刑だ」
「老将軍は黙っとけ!」
ステラは机の上に上がると王様を見下した。
「どうせ死刑にするなら、あたしを魔法の国にいかせな!アンタがどうでもいいって言ったマリアンジェラはな・・アタシの家族も同然なんだよ!!ここにいる誰よりも大事な家族なんだよ!!」
王様は驚いて口が開いていたが、ソレを閉じた後、大笑いをはじめた。
「よかろう、無礼な小娘!勝手にこの国を出て行くがよい!ただし余が死ぬまでこの国に戻ってくることは許さぬ、よいな」
「上等!」
「そんな、王よ!許すのですか?」
「流刑に処す、それでよかろう」
「王!」
臣下の声も聞かず王は立ち上がり、両手を挙げた。
「今日は解散」
去っていく王様の後をついていくテッサ将軍を見送り、他の兵士はアーロズを再び牢屋に連れて行くために囲んだ。
インファは心配そうな顔でステラのほうを見た。
「ステラ、もう少し冷静になったほうがいいんじゃないの?」
「あたしは!違うんだよ!!」
「?!」
睨むようにステラはインファとシーヴァーの二人を指差した。
「アンタと違って、アタシはアイツを傷つけないし!甘やかしたりなんてしないんだよ!!!」
そう言い放った後はずかずかと歩いていった。
インファは口を押さえながらシーヴァーを見た。
「だって」
「・・私のことか?」
「自覚無いわけないでしょう?」
「・・言わせる気か」
「そうね」
二人はヒビの入った机に座った。
「さぁ、どうしましょうか」
「・・近々、長と相談する」
「長・・ね」
二人は溜息をついた。
「・・長なだけに・・長いのよね・・会話」
「言うな」
ステラはこの後自分の身一つだけで敵国に向かいます