婚約破棄
王子が前世の記憶を思いだしたのは、十歳の誕生日の夜のことだった。
城のバルコニーで花火を見あげていたとき、頭の中に、見たこともない光景があふれだした。せまい部屋。光る板。夜おそく、ひとりで遊んでいたゲーム。前世の王子は、恋愛ゲームが好きな、さえない青年だった。
そのゲームの中に、自分と同じ名前、同じ顔の王子が出てきた。
ゲームは、ふつうに遊べば、王子とヒロインが結ばれてめでたく終わる。だが、すべての物語を見たあとにだけひらかれる、かくされた結末があった。
その結末では、王子が二十五歳になる年、国じゅうで民が立ちあがり、王家はほろぼされる。王族と、王族にとついだ者は、ひとり残らず広場で処刑される。それが、この世界の本当の結末だった。
十歳の王子は、花火の音の中で、ふるえていた。
*
それから王子は、できることをすべてやった。
税を下げるよう父王にたのんだ。貧しい村に食糧を送った。重臣たちの不正をあばいた。
けれど、どうにもならなかった。税を下げれば、貴族たちが反発した。食糧を送れば、とちゅうで役人にぬすまれた。不正をあばけば、別の者が同じことをはじめた。国は、ゲームのとおりに、ゆっくりと傾いていった。
王子は、やがてさとった。この国の終わりを、止めることはできない。
できるのは、だれを巻きこまずにすむか、それだけだった。
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十五歳で、王子には婚約者ができた。公爵家の、聡明でやさしい令嬢だった。
令嬢は、使用人に声をあらげたことがなく、村の子どもたちのために学校を建てていた。民は令嬢をほめたたえ、口ぐちに言った。あのかたが王妃になれば、この国もよくなるだろう。
王子は、それを聞くたびに胃が痛んだ。
民に愛される王妃。それは、ゲームのかくされた結末で、いちばん最後に処刑台にのぼる人物だった。民の怒りは、期待が大きかった者ほど、はげしく向けられるのだ。
この人を、王家から引きはなさなければならない。
だが、ただ婚約をといただけでは、公爵家は王家に近いままだ。革命が起これば、令嬢の一族も無事ではすまない。令嬢は、王家とは完全に縁が切れたと、だれの目にも見える場所へ行かなければならなかった。
そして、この国にはひとつだけ、そういう場所があった。
北の山の上の、古い修道院。王家に捨てられた女たちが送られる場所。民も貴族も、そこにいる者のことは、だれも気にかけない。
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舞踏会の夜、王子は大広間のまんなかに立った。
「公爵令嬢。本日をもって、そなたとの婚約を破棄する」
令嬢が、まっさおな顔で理由をたずねた。王子は、前の晩にねむらずに考えた、いちばんばかげた言いわけを口にした。
「そなたは、完璧すぎる。民はそなたばかりをほめたたえている。これは、王家の威信を傷つける罪である」
広間がざわめいた。貴族たちが、王子をあきれた目で見ているのがわかった。それでいい、と王子は思った。愚かな王子が、すばらしい令嬢を追いだした。民にも貴族にも、そう見えなければならないのだ。
「それに、わたしは真実の愛を見つけたのだ」
王子は、となりに立つ桃色の髪の少女の手をとった。
令嬢が広間を出ていくまで、王子は一度も、その顔を見ることができなかった。
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その夜、王子は自分の部屋で、一通の手紙を書いた。あて先は、北の修道院の院長だった。
『また、ひとりお送りしました。どうか、よろしくお願いします。今年の寄付は、例年の倍にいたします』
院長からは、短い返事がとどいた。
『おまかせください。あなたのお父上のときも、そうしましたから』
王子は、手紙を持ったまま、しばらく動けなかった。
父王もまた、前世の記憶を持っていたのだろうか。同じ結末を知り、同じように何人もの婚約者を北へ送り、それでも王位をつぐしかなかったのだろうか。父王は、何も語らなかった。王子も、たずねなかった。
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それから何年かのあいだに、王子は十人の婚約者をむかえ、十人とも、北へ送った。
剣の腕で王子をしのぐ令嬢には、『王子より強いのは不敬である』と言った。田舎で畑を作っていた令嬢には、『婚約者の務めを放棄した』と言った。どの言いわけも、ばかげていればいるほどよかった。
王子の評判は、地に落ちた。それも、計画のうちだった。
最後に残ったのは、桃色の髪の少女だった。
少女は、王子との結婚を心から楽しみにしていた。式の日どりが決まると、毎日のように城へやってきて、ドレスの話をした。
王子は、式の三日前に、少女を呼びだした。
「すまない。真実の愛を見つけたのだ」
となりには、王子が大金をはらってやとった、旅の踊り子が立っていた。踊り子は、翌朝には国境をこえて、二度ともどらない約束になっていた。
少女は、泣きながら北へ向かう馬車に乗った。
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王子が二十五歳になった年の秋、王都に火の手があがった。
民の群れが城門をやぶり、王族はひとり残らずとらえられた。王子に、妻はいなかった。子もいなかった。処刑台にのぼる者の名簿に、王子以外の若い女の名前は、ひとつもなかった。
処刑の前の晩、石の牢の中で、王子は見はりの若い兵士に声をかけた。
「ひとつだけ教えてくれ。北の修道院は、どうなった」
兵士は、ふしぎそうな顔をした。
「北の? ああ、あそこなら、だれも行きませんよ。王家に捨てられた女たちのことなんか、いまさらだれが気にするもんですか」
それから兵士は、思いだしたように笑った。
「そういえば、あそこの女たちは、あんたのことをずいぶん悪く言ってるそうですよ。この国でいちばんのクズ王子だって」
王子は、牢の小さな窓から、北の空を見あげた。
そして、十歳のあの夜からはじめて、ぐっすりとねむった。




