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『まだ好きでしょ?』と浮気した元カレからLINEが来たので、今カレとの写真を送り返したら三秒で既読になりました。

作者: 柏原夏鉈
掲載日:2026/08/04


夜の十一時。


洗い物を終えたところでスマートフォンの通知。


手に取って、うっかり画面に触れてしまい、すぐに後悔した。開かなきゃ良かった。


画面に浮かんだバナーに記された名前が。


楓太。


元カレ。浮気したクズ。


それ以上のキャプションがない。


『久しぶり。元気にしてる?』


『実は最近、彼女とうまくいってなくてさ』


『茜のこと、たまに思い出すんだよね』


『まだ好きでしょ? 俺のこと』


四通。立て続けに届いたメッセージ。


それを見つめていた。


胸を突いた感情を、なんと言えばいいか。


好きな作家さんならどう表現するだろう。


 いかりにあらず。


 こいしさにあらず。


 心さわぎですらなく。


 あさましさとも、かなしさとも、言えぬ。


 心もとなさには程遠い。


端的に言えば、呆れだった。


思い出したくもないのに、二年前の「あの日」の記憶が鮮明に蘇ってきた。


楓太の二股を知って、絶望の渦にいた夜のこと。


パニックと孤独に耐えきれなくなったから、震える指で、助けを求めた。


LINEを送った相手は悠。幼馴染で、告白されたけど、振ってからは、疎遠になった。


悠は良い人。


けれど純朴すぎて、少し重いと感じてしまい、友だちとしてならいいけど、付き合うのは無理っていうのが振った理由。


そんな相手に、傷ついた最低な甘え方をした。自分勝手で、惨めで、都合のいいメッセージ。


『今から会える?……まだ、好き?』


送信ボタンを押した直後だった。画面の文字が、一瞬で『既読』に変わった。


『会おう、行くから』


間髪を入れずに届いた短い返信。


それから本当に、十分も経たないうちに部屋のインターホンが鳴った。タクシーで駆けつけてくれたらしい。


「なんで……こんなに早いの?」


困惑する。悠くんは少し照れくさそうに、言った。


「俺が返事送ったら、三秒で既読になったから。ああ、これはマジでやばそうって思って」


どれだけ追い詰められて、必死にスマホを握りしめて見つめていたか。全部お見通し。


惨めさと恥ずかしさ。


そして何より彼の必死さが嬉しくて、やっぱり大事にしてくれるのって、嬉しいって思った。


悠の胸に飛び込んだ。そのまま部屋の中に運ばれても、ずっと泣いていた。


――あの夜を救ってくれたのは、"重い"と突っぱねてしまった、彼の真直ぐな気持ち。


楓太には、すぐに別れるってメッセージを送った。けど、既読にならない、返事もない。


どういうつもりなのか、まったくわからずモヤモヤとした。


悠とは、それからまた会うようになった。


悠は週末ごとに連れ出してくれた。


モヤモヤが消えたころ、いつの間にか、付き合おっか、って。


好んで読む小説では、愛によって綺麗に救われる主人公はいない。


黒に灰を塗り重ねていくような、消しきれない罪悪感で汚れていく。


差し出された彼の真っ白な手に、素直に自分の汚れた手を重ねられない。


もし。万が一。楓太が来て、悪かったと言いながら、抱きすくめられたら。


絆されてしまうかもしれない、自分が嫌い。


そんな自分を好きだという、悠がキライになってしまう。


それでも、千切れそうになりながら、ゆっくりと小説の頁をめくるように、月日が流れた。


先月――。悠から、プロポーズされた。


今、スマートフォンのホーム画面には、悠の誕生日にレストランで撮った写真。


照れくさそうに、自分の物だと主張するように、肩に手を回す悠。


寄り添う自分の表情に、もう影は見えないと思いたい。


『まだ好きでしょ?』


笑ってしまうくらい、都合のいい言葉だと思った。


かつて、どん底にいた自分が悠に向けたのと同じ、身勝手な言葉。


ようやく、消しきれない罪悪感という汚れを、拭い去るとき。そう感じた。


写真を選択し、一言だけ添えて送信した。


『来月、入籍します』


送信ボタンを押して、画面を見つめる。


既読


——三秒だった。


二年前、絶望の中で悠からの返信を待っていたときと同じ三秒。


(やっぱ期待しちゃうよね、いい返事が来ることを)


思わず、くすっと笑いがこぼれた。







一緒に夕ご飯を食べているとき、向かいに座る悠にふと思い立って尋ねてみた。


「ねえ、悠くん。二年前さ、わたしが『まだ好き?』ってLINEしたとき、どう思ったの?」


悠は、どこか可笑しそうに見た。


「急にどうしたの?……あ、昨日、楓太に写真送ったんだろ?」


「え、どうして知ってるの?」


ドキッとした。


もう気持ちなんかないのに、まるで、未練を咎められたみたい。


悠は困ったように眉を下げて笑った。


「知り合いから、急にお祝いメッセージが届いたから。俺たちのこと、まだ誰にも言ってないのに」


悠に、お願いしたことだった。二人のこと、家族以外には誰にもいわないでって。


もし楓太に伝わった時に、邪魔されそうで嫌だったから。


でも、あいつからの LINE を見て、つい送ってしまったのだけど。後悔はしてない。


「ごめん。私からお願いしたのに」


「ううん、それはいいんだ。――聞いた話じゃ、あいつ、グループ LINE で暴れてたらしい」


悠が、楓太の話をすることに、もっと、動揺するのかと思ってたけど。


もう終わったことだったみたい。


「へえ。どんな風に?」


「んー、『好きな女に入籍するって写真送られてフラれた』って。まだ別れたつもりは無いみたいなことも言ってるみたい」


どろどろと汚されて、洗っても落ちない"ぬめり"のように、こびりついていたものが。


いつしか悠という輝きによって、かぴかぴに乾き、息を吹きかければ飛んでいくほこりになっていた。


そんな汚れだった。


急に、どうしようもなく小さく、くだらないものに思えてくる。


「――で、質問の答えだけど」


悠はまっすぐに見つめながら、心をのぞき込むように、告げる。


「茜からメッセージが来たとき、まだ好き?って聞かれたとき、素直に思ったことを言うよ?」


「……うん」


「ずっと好き」


以前の自分なら、その言葉は矢のように胸を射貫き、痛みを伴っていた。


真っ白で、愚直な悠の感情。


汚れた手を背中に隠したままでは、受け止めることも出来ないと、眩しさに目を背け、傷ついていた。


けれど、今は違う。


その熱を、逃げずに、怯えずに、ただ温かいものとして身体いっぱいに受け止めることができる。


悠が惜しみなく注ぎ続けてくれた愛によって、いつの間にか彼と同じ色に染まっていたのだと、今ならわかる。


もう、どこにも嘘はない。


「わたしも」

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