神官の願い6
義足がはめられ、ティアーリエの足からはもう血はでていない。
あれから、カインが勧めるまでもなくティアーリエは自ら傷を完治させ、己の足と義足で床を踏みしめた。一歩後ろに退がったカインを目の端に見て、レイホウの案内で大広間を通り、あの愚王を彷彿とさせるような絢爛豪華な部屋に通された。
彼女があの部屋を動いたのは、神官たちのなかで唯一女性のミリアがティアーリエの人質になったからだ。今も小動物のようにカクカク震えながらティアーリエの片腕に抱かれ引きずられるようにして歩いていた。
他の神官たちはティアーリエの命令であの部屋に残り、彼女自ら髪紐を解きドアノブにまきつけ
封をする。そのときにカインの言っていた『念じる』という行為をしたので、あのドアにはティアーリエの魔法がかかっていることになる。まあ、時間稼ぎくらいになればいい。
だが、予想していたことではあったが、カインだけはぐだぐだと理由づけてドアの隙間から抜け出し、ニコニコしながら後ろからついてきた。
金属でできた義足が床とぶつかる小さな音が終わる。
「それで?」
ティアーリエはミリアを片腕に抱いたまま、どさりとそこにあった豪華な長椅子に腰をおろした。
レイホウとカインは、ティアーリエの前にひざまづく。
レイホウが叩頭し、その少し後ろでカインが薄笑いを浮かべながら頭をさげた。
「ようこそおこしになられました。救世主殿。我々の数々の無礼をお許しください」
「そういえばさっきからわたしのことをそう呼んでいるが、救世主とはなんだ」
レイホウは頭を下げたまま「はっ」とかすれた声をあげた。
「異界からの召還者をこの国では救世主様と呼ぶのです。異界からの人間はたぐいまれなる力をもち、さきほどあなた様が実践されたような奇跡の技を身につけておりますゆえ」
「ふうん・・・・・・それで?」
レイホウは怯えるでもなく怒るでもない伝記にあったこれまでの被召還者とは違う、凍えた瞳にたじろいだ。
「今日お呼びしたのはほかでもないこと。あなた様の身柄はこの国が保護し、何不自由ない暮らしをしていただきます」
「・・・・・・・・」
「ご身分は貴族と同等のものが与えられ、これよりは王宮に住んでいただきます。勿論、ご要望のものなどあればただちにーーー」
「それは命令か?」
「は?」
レイホウは重ねられたティアーリエの言葉に口をつぐむ。
伺い見るも、少女の目には怒りの色はない。
「め、めっそうもない。これは、お願いにございます。どうかこの国を知り、この国を愛してくださいませ」
「・・・・・・・・・そういうことか。それで、この部屋がわたしの部屋だとでもいいたいのか」
「お気に召しませんでしたかな?」
「ああ、おおいにな」
「っ、それではただちに部屋替えをーーー」
「部屋はいらない」
半泣きのミリアの鼻をつまんでいたティアーリエの手が彼女の肩を抱きあげふたりは立ち上がった。
「お前たちのいうことがほんとうなら、本来わたしは処刑寸前でお前たちに命を救われたことになるのだが・・・・・・」
「は・・・はあ、それは」
お気になされずといったレイホウの顔が心なしか明るくなった気がした。うつむいたカインの笑みが深くなる。
しかしその目はなぜがレイホウを見ていた。
「が、勝手にこんなところに連れてきた忌々しさにそれも無効だ。
いまのところ、お前たちの魔法の円によってあっちからこっちに移動したことはわかった。わたしがこのように足をつくることも、浮けることも、なにやらまだまだ研究しがいのありそうな力をもっているらしいこともわかった」
ぐっ、と、ティアーリエはミリアを抱いた片腕に力を込めた。
「さあ次だ。もうここに用はない。出口はどこだ?」
にっこり。ここへきてはじめての笑みをティアーリエはうかべた。
「おっ、お待ちください、救世主殿!」
ミリアの首をきりきり絞めながら、朦朧とした彼女に道案内をさせ、悠々と歩くティアーリエにレイホウはすがりついた。
そんな上司の姿をみながらも、カインは飄々と後ろをついてきているようだ。
「我らが救世主さまを喚んだのはお願いしたきことがあるため!どうか、どうかお耳にいれるだけでも・・・」
「知るか。関係ないわっ!どけっ!」
ティアーリエは、己に渦巻く膨大な魔力の使い道に頭を支配され、柄にもなく浮き足立っていた。
はやく、この力を思いっきりつかってみたかった。
それには細々とした人間たちは邪魔だった。
足にまとわりつくレイホウの腹をけり廊下の隅に押しやり、ずかずか歩いていく。とうとうミリアが気絶した。まあ・・・なんとかなるだろう。
恩を仇でかえされた形になったレイホウは老体にむち打ち立ち上がろうとするが、視界に部下の姿をとらえて命令する。
「カイン!救世主様をお止めしろ・・・!」
「え、俺ですか?嫌だなあ〜、俺こういう役割多くありません?・・・・・・救世主さま、救世主さま〜」
使い物にならなくなった神官の女性を、欠片ほどの情けで床に寝かせていたティアーリエが振り向いた。
「ねえ、俺もつれていってくださいよ。外においでになりたいんでしょう?」