神官の願い3
ティアーリエは一瞬呆気にとられ、なにかを考えるように黙り込んだ。
レイホウはそんな彼女を黙って数歩離れた場所から観察していた。
この地方では見られない不思議な銀の色の髪。
顔立ちは信じられない程に整い美しい。男の様な格好をしているが、女性者の正装をさせたら世界中がため息をつくほど美しく輝くことだろう。
部下達は自分たちが召還したのが悪魔ではないかと心配していたが、彼女は救世主だ。それは間違いない。召還術は能力の高い高等神官が束になっても成功する確立は低い。悪魔を召還してしまうことが多いのだが、彼女にその特徴は見られない。
しかし異世界の救世主はこの世界のどの存在よりも強大な力を得るときく。
その証明なのか、彼女の不自然な長さの足からは血が滲み、今も床を汚しているが、まるで痛みなどないかのような顔で顎に手をあて思案している。レイホウには、その姿はなんとも神々しく見えた。
いずれにしろ、異世界からの救世主により西からの脅威も緩和され、戦争も締結する。
彼女には、ゆくゆくは城の王族と婚姻を結んでもらい、この国に貢献してもらいたい。
というより、それが目的もあって異世界からの勇者を召還したのだ。西のアウラ国も異世界よりの召還を重ね、強大な悪魔を喚びだしたとかできな臭い。異世界からの勇者が国についてくれれば他国への牽制もきく。
よくみれば救世主はまだ顔立ち幼い少女のようであった。
片足がないのと、不可解であろうこの状況におかれても妙に落ち着いているのはどうも気になるが、情報を遮断し依存させ、こちらに取り込むのは容易に思えた。
「と、とけました・・・・」
傍らの女の声が、ティアーリエの意識を引き戻す。
「ああ・・・助かった。もういい」
女はまたおろおろ目を泳がせ、神官の一人に手招きされ部屋の隅にもどっていった。
ティアーリエは拘束のなくなった手を見下ろし、赤くこすれた縄の後をこする。
レイホウが言うには、ここは異世界で、わたしはあの処刑場から召還され生きながらえた。
魔法・・・で。
なんとも不可解なはなしだ。
ゆるり、とティアーリエの口端がつりあがる。
それを見て、神官の何人かの顔がひきつった。
「おい、レイホウ」
「はい」
「わたしにもその魔法とやらはつかえるのか?」
「ええ、それはもう勿論。しかし今はーーー」
「教えろ・・・そうだな。じゃあお前の後ろに立ってる男になにかしてみろ」
ティアーリエがレイホウの言葉をさえぎりそういうと、なまぬるかった場の空気が、緊張で凍りつくのがわかる。
ああ、そうだな。でも気持ちの悪い緊張だ。
ラグ曰く、軍神ティアーリエは戦場でいるとき意外は、まったく何事にも淡白で、その淡白さはむしろ非情とも言えるものだ。他のものに関心がないんだよ。
でもまあ、あれだけどね!俺は違うけどね!いっつも一緒にいるし、前は一緒に泳いだり穴に落とされたり電撃浴びせられたりして遊んだけど、近頃はティアも俺がいることが普通みたいに接してくれてるしさ!
常識人の俺がいつもいっしょにいてティアのブレーキになってあげてるし。王様への不敬罪とかになったらもうなにかとめんどうじゃない。ティアはね、戦場でときどきすごくかわいく笑うんだ。
同じフィールドに立って敵兵を切るあの一体感には負けるけど、街では絶対に見られない仲間たちだけが知る笑顔。
ラグ曰く、彼女の心は戦場にしかなく、淡白な世界に立つとき彼女は、世界とともに真っ白であるのだと。