婚約破棄された令嬢3人、手を組んだら元婚約者が全員終わりました
数ある作品の中から見つけていただき、ありがとうございます!
本作は、全七章で構成された異世界恋愛短編小説です。
一気に読んでいただいても、お気に入りの場面で一度閉じて続きを楽しんでいただいても、どちらも大歓迎です。どうか、ご自分のペースでゆっくりお付き合いください。(*‘ω‘ *)/
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第一章 地獄の夜会
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王立学園の卒業パーティというのは、人生最大の晴れ舞台とされている。
学園を巣立つ若き貴族たちが一堂に会し、婚姻契約書に署名を交わし、互いの未来を祝福し合う夜。豪奢なシャンデリアの下で音楽が流れ、令嬢たちは今夜のために誂えたドレスをまとって微笑む。
そういう夜のはずだった。
クロエ・ヴァルディアは、大広間の端でグラスを握りしめ、今しがた耳に飛び込んできた言葉を頭の中で反芻していた。
「強すぎて可愛げがない。俺が守る必要のない女だ」
三年間婚約者として付き合ってきたグレイン子爵令息の言葉だった。
(……は?)
怒りよりも先に、純粋な疑問が来た。
クロエ・ヴァルディアといえば、王立学園において知らぬ者のいない名前だ。代々騎士団と深いつながりを持つヴァルディア伯爵家の令嬢にして、自身も学園最強と謳われた女性騎士。父は元騎士団長、兄は現役の中隊長。そしてクロエ自身も剣の腕は現役団員と互角、戦略眼は教官すら舌を巻くほどだ。いざとなれば家名をもって騎士団を動かすことのできる「女騎士令嬢」として、学園中から一目置かれてきた。
そのクロエに向かって──守る必要のない女、と。
(それのどこが問題なんですか……)
グレインは続けた。
「最近知り合ったメリル嬢の方が俺には合っている。彼女は儚くて守ってあげたくなる。申し訳ないが、婚約の解消をしてほしい」
クロエは、頭が真っ白になった。
小さく息を吐いてから返事をした。
「わかりました」
グレインが「やった!」という顔をした。
(来月の騎士団合同演習の兵站、誰に頼むつもりですか、グレイン様)
そう言いたかったが、今夜は品よくしていることにした。
クロエは優雅にお辞儀をして、グレインの前から離れた。
向かった先は大広間の奥の廊下。人気の少ない休憩室の扉を開けると──
先客がいた。二人も。
◇
一人は金髪の令嬢だった。
眠たげな糸目で、ふわふわとした雰囲気のおっとりした美女。クロエは名前も顔も知っていた。知らない者が学園にいたら、それはモグリだ。
アウラ・レインフォード。
侯爵家の令嬢にして、学園首席の座を三年連続で守り抜いた頭脳派令嬢。試験前に彼女が書いたノートの写しが金貨百枚で取引されるという噂があるほど、その知性は学園の伝説になっている。ぽわぽわとした天然の外見からは想像もつかない計算狂で、一度数字の話を始めると周囲が全員ついていけなくなるというのも有名な話だった。
そのアウラが今、ソファに深く沈み込んでティーカップを傾けていた。
「アウラ・レインフォードですわ。あなたはヴァルディア伯爵令嬢ですね。浮かないお顔ですわね。どうなさいましたの?」
不意にそう声を掛けられ、クロエは一瞬言葉に詰まった。
少し迷ってから、小さく息を吐く。
「……先ほど、婚約を破棄されまして」
「あら」
アウラは目をぱちりと瞬かせたあと、ふっと柔らかく笑った。
「奇遇ですわね。私も今しがた婚約を解消されましたの」
「……同じく」
もう一人は扉の脇の壁にもたれたピンク髪の少女だった。
こちらも言うまでもない。リーゼロッテ・フェルミア。
子爵家令嬢にして、学園一の美少女と名高い愛され系の可憐な存在だ。ふわりとした小動物のような愛らしさで誰からも好かれ、社交界の隅々まで顔が利く情報通。表の顔は甘え上手の天使だが、自分の可愛さを百二十パーセント理解した上でそれを武器として使いこなす、プロの猫かぶりとも囁かれていた。
その瞳に今は、怒りの炎をたっぷり燃やしていた。
「リーゼロッテ・フェルミアよ。さっき婚約破棄された。理由は『男の影がちらつく軽い女は妻にできない』だって」
リーゼロッテは壁をぽすっと蹴った。
「笑えるでしょ。私がどれだけ貞淑に振る舞ってきたと思ってるの。三年間の猫かぶり、全部返してほしいわ。思い出しただけでむかつくー!」
「私は『理屈っぽくて不気味』だそうですわ」アウラが糸目をさらに細めた。
「理屈っぽいのは認めますわ。でも不気味は失礼ではないかしら。私の計算式の美しさを理解できないのはあちら側の問題だと思いますの」
「私は『強すぎて可愛げがない』でした」
三人、しばらく沈黙した。
三人とも学園では名の知れた存在だ。それぞれの噂は互いに届いていた。でも所属するグループが異なり、これまで深く言葉を交わしたことはなかった。それがまさか、卒業の夜に同じ休憩室で鉢合わせるとは。
「……捨てられた理由、全部クズですわね」アウラが静かに言った。
「そうね」リーゼロッテが言った。
「同感です」クロエが言った。
また沈黙。それから三人同時に、盛大なため息をついた。
◇
ティーカップを三人分追加で用意したのはアウラだった。どこからともなく小さなクッキー缶まで出てきた。
「こういうこともあろうかと。非常食ですわ」
「用意がいいですね」
「統計的に卒業パーティでの婚約破棄は一定確率で発生しますもの。備えておくのは合理的な選択ですわ」
クロエはクッキーをかじりながら、ふと気になって口を開いた。
「……グレイン子爵令息が立ち上げた交易商会、ご存じですか」
アウラとリーゼロッテの目が、同時に光った。
「知ってますわ」アウラがティーカップをくるりと回した。
「あの商会の事業計画書、実は私が全部書きましたの。私の元婚約者ヴォルフ侯爵令息は数字が大変苦手で、立案から資金計画まで全部私の仕事でしたの。対外的には彼の名前で通っていましたけれど」
「ヴォルフを通じて、グレイン商会の立ち上げ計画を全て私が組みましたの」
「リーゼロッテさんは?」
「仕入れ先の情報を全部集めてあげたわ。社交界のコネで、信頼できる商人のルートを全部タダで提供したの。私の元婚約者のオーウェン子爵令息、あの商会に出資しているのよ」
クロエは少し考えてから、言った。
「つまり──グレイン商会の立ち上げと運営に、私たち三人の元婚約者が全員絡んでいる」
「ええ」
「そして私たちはそれぞれ、その商会を陰で支えてきた」
「そういうことになりますわね」
リーゼロッテが腕を組んだ。
「……要するに。グレイン商会の不正を暴けば、この三人の元婚約者全員にまとめて復讐できる、ということよね」
部屋に沈黙が落ちた。
三人は顔を見合わせた。
「……やりましょう」クロエが言った。
「ふふ、賛成ですわ」アウラが静かに笑った。
「乗った」リーゼロッテが口の端を上げた。
こうして、三人の同盟が生まれた夜だった。
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第二章 華麗なる連携復讐
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三人はそれぞれの得意分野を持ち寄り、驚くほど速やかに動き始めた。
まず動いたのはリーゼロッテだった。
翌日から、いつも通りの可憐な笑顔で社交界に繰り出した。「まあ素敵」「ありがとうございます」と微笑みながらあちこちを渡り歩き、小首を傾けて話を聞いては、次の集まりで別の誰かと話す。社交界の誰もが、リーゼロッテの笑顔の裏で冷徹な計算が走っていることなど気づかない。三日後、彼女の手元にはグレイン商会の内部事情が全て揃っていた。
「横領がありますわ」とアウラに報告すると、アウラは一秒も間を置かずに「知ってますわ。私が組んだ計画書の数字と実際の資金の動きを照合すれば一目瞭然ですもの。金額と相手はこちら」と計算結果を即座に示した。
「贈賄の証拠もあるわ」リーゼロッテが付け足した。
「どこから入手しましたの?」
「それは聞かない約束で」
アウラは一拍置いて「……合理的ですわ」と言った。
書類の束が揃った。アウラがそれを受け取り、ペンで補足を書き加えた。一見すると意味不明な数式と矢印が並んでいたが、本人いわく「誰が、いつ、どこから、いくら、どこへ流したかを一目で示した資料」らしい。
「……あなた、本当に頭がいいんですね」
クロエが率直に言うと、アウラはふわっと微笑んだ。
「ありがとうございますわ。理屈っぽくて不気味とも言われますけれど」
クロエはその書類を受け取り、騎士団の先輩に渡した。
「グレイン商会の件、調査をお願いしたいのですが」
「ヴァルディア嬢から頼まれたなら、喜んで動きます!」先輩は即座に言った。
「本当にありがとうございます」
ヴァルディア家と騎士団の縁は深い。クロエの父は元騎士団長、兄は現役の中隊長。クロエ自身も学園で騎士団員顔負けの実力を示してきた。
「強すぎて可愛げがない」と言われたその力が、今まさに最大限に役立っていた。
◇
次はアウラが動いた。
グレイン商会の取引先に、ごく静かに丁寧な文書を送り始めた。「ご参考までに」という体裁の財務分析レポートだ。
受け取った商人たちは最初「なんだこれは」という顔をしたが、読み込むうちに青ざめた。この商会、数字がおかしい。このまま取引を続けると自分たちまで巻き込まれる──そう気づくのに時間はかからなかった。
一週間後、グレイン商会への新規発注がぱたりと止まった。
「財務的孤立、完了ですわ」とアウラは報告した。
「次は社会的孤立ですね」
「リーゼロッテさんはもう動いてますよね」
「おそらく」
リーゼロッテはすでに動いていた。
彼女がやったのは至ってシンプルなことだった。社交界のあちこちで「グレイン商会って最近なんか変じゃない?」と、心配そうな顔で小首を傾けただけ。愛らしく眉を少し下げて「私が気にしすぎかしら」と囁くだけで、聞いた人間は勝手に膨らませて隣に伝える。
これがリーゼロッテの真骨頂だった。可愛い令嬢が「心配している」というだけで、噂は信憑性を持って広がる。自分の持つ可愛さの効力を、彼女は完全に理解して使いこなしていた。
一週間後、社交界の半分がグレイン商会を敬遠し始めていた。
「完璧な連携ですわね」とアウラが言った。
「息ぴったりじゃない」とリーゼロッテが笑った。
クロエは二人を見回しながら、素直に驚いていた。
本当に、息がぴったりだった。三人の得意分野がまったく重ならず、互いの動きが噛み合い、補い合い、加速し合っている。騎士的な実行力、天才的な頭脳、社交界を席巻する情報網。これほどの連携は、長年組んできた同士でも難しい。
(……この三人、最強かもしれない)
クロエは本気でそう思っていた。
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第三章 夜会の公開処刑
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作戦の仕上げは、王都の大夜会だった。
貴族も商人も騎士も一堂に会する、年に一度の大規模な社交行事。ここで決める、と三人は決めた。
三人はそれぞれ別の入り口から会場に入った。
クロエは騎士団の先輩と共に来た。先輩の後ろには正装の部下が数名控えている。護衛という名目だが、今夜の目的はそれだけではない。
リーゼロッテはいつも通りの可憐な笑顔で会場を歩き回り、社交界の重鎮たちに挨拶しながら「今夜、少し面白いことがあるらしいですよ」と耳打ちして回った。
アウラは会場の端に静かに立って、糸目でグラスを傾けていた。懐には今夜のための書類一式が整然と収まっている。
そしてグレインが現れた。
新しい婚約者のメリル嬢を連れ、得意満面の顔で大広間を歩いている。ヴォルフも、オーウェンも、それぞれ新しい女を腕に引っかけて登場した。
三人の男たちの顔に、浮かれた色があった。うまくやったと思っているのだろう。古い婚約者を切り捨て、新しい女を手に入れ、商会も順調だと信じている。
残念ながら、すでに全部終わっていた。
◇
「──本日は皆様にご報告がございます」
クロエが会場の中央で、朗々と声を上げた。
騎士団の先輩が隣に進み出た。正装の騎士たちが粛々と並んだ。
「グレイン商会における不正取引ならびに横領の件につき、本日より王国騎士団が正式に調査を開始いたします」
会場がどよめいた。
グレインの顔が、見る見る青ざめた。
「な、何を──」
「こちらが証拠資料です」
アウラが静かに前に出た。整然と束ねられた書類をグレインに差し出した。眠たげな糸目が、一瞬だけ鋭く光った。
「私が作成した事業計画書の著作権につきましても、改めて確認させていただきますわね。あの計画書は私の知的財産ですので。それと、この横領の手口──私が設計した資金の流れを悪用していますわね。実に浅知恵ですわ」
グレインがアウラを見た。次にクロエを見た。次にリーゼロッテを見た。
リーゼロッテは会場の端で、いつも通りの笑顔を浮かべていた。ふんわりとした、可憐な、小動物のような笑顔。
でも今夜、その笑顔の奥に復讐の炎が燃えていたことに、グレインは気づいた。
「お前たち……」
「申し訳ありませんわね、グレイン様」クロエは丁寧にお辞儀をした。
騎士団の先輩が一歩前に出た。
「グレイン殿、こちらへ」
グレインが連行されていく。ヴォルフとオーウェンも、それぞれ別の騎士に囲まれていた。三人の男がまとめて、同じ夜に断罪される。一つの商会でつながっていた三家名が、一度に全員片づいた。
会場が静まり返った。
それからどこからともなく、ぽつりぽつりとざわめきが戻ってきた。
「……やりきりましたわね」アウラが静かに言った。
「やりきったわね」リーゼロッテが言った。
「やりきりました」クロエが言った。
三人は顔を見合わせた。そして誰からともなく、笑い出した。大広間の端で三人の令嬢が笑っている。それはこの夜、会場で一番輝いている笑顔だった。
◇
グレイン子爵家の顛末は、翌月には社交界に広まっていた。
騎士団の調査は早かった。証拠が完璧に揃っていたのだから当然だ。
グレイン家は爵位を降格、商会は解散。ヴォルフ侯爵とオーウェン子爵も連座の処分を免れなかった。三者まとめて、同じ結末を迎えた。
後日のお茶会で、リーゼロッテが楽しそうに報告した。
「グレイン家、爵位降格になったみたいよ。商会も解散。当分、社交界に顔を出せないんですって」
「当然の結果ですわね」とアウラが言った。
「ま、あの数字では、どこかで破綻していましたわ。」
「ヴォルフとオーウェンも同じ処分だって」リーゼロッテが続けた。
「三人揃って仲良く謹慎ね。ざまあみろって感じ!」
「あの結果では、全員終わりですね」
三人は少し、笑った。
守ってあげたかったはずのメリル嬢は、事が発覚した翌朝にはすでに縁を切っていたという。儚い女というのは、嵐の前には散るものらしい。
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第四章 禁断の名前
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復讐の件は落ち着いたが、三人はアウラの屋敷でお茶を飲んでいた。
いつの間にか習慣になっていた。もともとは「作戦会議」のための集まりだったが、復讐が終わってもなんとなく誰かが声をかけて、なんとなく集まってしまう。
クロエは騎士団の武闘派な先輩たちの話をして二人に笑ってもらい、アウラが財務の話を始めるとクロエとリーゼロッテが盛大についていけなくなり、リーゼロッテが社交界の最新スキャンダルを披露して三人で論評する。
(悪くない時間だ)
クロエは心の底からそう思っていた。
だから今日も何気なく話していた。その話題が出るまでは。
「最近、少し気になる方がいますのよ」
アウラが糸目のまま、さらりと言った。
「あら」リーゼロッテが身を乗り出した。
「どなた?」
「まだ秘密ですわ」
「私もいるわ」リーゼロッテが続けた。
「復讐が終わって心が軽くなったからかしら。目に入ってくる方が変わった気がして」
「それは誰?」
「ないしょ」
クロエはお茶を飲みながら少し黙っていた。
「クロエさんは?」リーゼロッテが聞いた。
「気になる方、いる?」
「……います」
言ってから、わずかに後悔した。でも今の流れで黙るのも不自然だった。
「誰?」二人が同時に前のめりになった。
クロエは少し間を置いた。
「……レオナルド公爵」
その名前が空気に溶けた瞬間。
部屋の温度が、ほんの二度ほど下がった気がした。
アウラのティーカップを持つ手が、一瞬だけ止まった。リーゼロッテの笑顔が、コンマ一秒だけ固まった。
「……あら」アウラが言った。
「……そう」リーゼロッテが言った。
二人は視線を合わせた。それからクロエを見た。
「実は私も」アウラが静かに言った。
「私も」リーゼロッテが言った。
沈黙。
窓は閉まっているのに、室内の空気がしんと冷えた気がした。
「……なるほど」クロエが言った。
「……奇遇ですわね」アウラが言った。
「……ほんとね」リーゼロッテが言った。
三人は同時にティーカップを口に運んだ。全員の視線が、ティーカップの向こうでそれぞれ別の場所を見ていた。
「ケーキのお代わり、いかがですか?」アウラが微笑んだ。完璧な微笑みだった。
「いただきます」クロエも微笑んだ。
「私も」リーゼロッテも微笑んだ。
三つの笑顔が空中でぶつかり合って、きらきらと火花を散らした。
外から見れば、仲の良い令嬢三人のお茶会だった。
◇
レオナルド公爵とはどんな人物か。
王家に次ぐ格式を持つ公爵家の当主にして、政治・経済・武術すべてに秀でた、今もっとも婚約相手として望まれる独身貴族だ。端正な顔立ちに物静かな佇まい。一度心を開いた相手には誠実だという評判が、さらにその価値を押し上げていた。
三人が同時に同じ人物を狙っていたのは、偶然ではなかったかもしれない。
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第五章 三人の攻防
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翌日から、三人はそれぞれ独自に動き始めた。
◇
クロエが最初の機会を得たのは、月末の騎士団主催の夜会だった。
軍事や外交が絡む場。クロエのホームグラウンドに近い。公爵も出席すると聞いて、クロエは正装で乗り込んだ。
「レオナルド公爵様。先日の北方演習についてお話を伺えますか。私も兵站の観点から以前より関心がありまして」
公爵が振り返った。穏やかな目だった。
「クロエ嬢ですね。お父上には先日お世話になりました」
そこから会話が動いた。演習の詳細、戦略の工夫、現場の課題。公爵は騎士団の話になると言葉が増えた。クロエがそれに応え、議論が深まっていく。
(……話が合う)
クロエは素直にそう思った。強いことを弱点のように言われ続けてきた三年間があったから、余計にそう思った。この人は、クロエの強さを当然のものとして話を続けている。
夜会の終わりに公爵は言った。「また機会があれば、ぜひ続きを」
クロエは馬車に乗りながら、自分が少し浮かれていることに気づいた。
◇
アウラが動いたのは、王立図書館主催の学術夜会だった。
学者や知識人が集まる少し変わった集まり。アウラにとってこれほどの適地はない。
公爵は財政改革の論文を過去に発表したことがあると聞いて、アウラはその夜会を選んだ。
「レオナルド公爵様。先日の財政試算の件ですが、モデルの前提条件に一点だけ確認させていただいてもよろしいですか」
公爵が振り返ったとき、アウラはすでに具体的な数字を頭に並べていた。
「どうぞ」と公爵は言った。
アウラが話し始めると、公爵の表情が少しずつ変わっていった。眠たげな糸目の令嬢が繰り出す精緻な計算と鋭い指摘に、公爵は初めて正面から向き合うような目をした。
「……なるほど。その点は私も気になっていたのですが、どう処理すべきか」
「一つ提案があるのですが」
二人の会話は一時間続いた。夜会が終わる頃、公爵は言った。「アウラ嬢、また詳しくお話ししたい。よろしいですか」
アウラは糸目のまま微笑んだ。「もちろんですわ」
馬車の中で、アウラは手帳に何かを書き込んでいた。公爵との会話から読み取れた彼の思考パターンの分析だった。
◇
リーゼロッテが選んだのは、王妃主催の慈善夜会だった。
華やかで、多くの令嬢が集まり、なおかつ「優しさ」や「慈愛」が評価される場。リーゼロッテのキャラクターが最も活きる舞台だった。
彼女は孤児院への寄付活動の話をしながら、さりげなく公爵の隣に立っていた。
「レオナルド公爵様、少しご相談があるのですが……」と小さな声で話しかけると、公爵は自然にリーゼロッテの方を向いた。
リーゼロッテは知っている。自分の可愛さが人の目をどこへ向けるか。あの愛らしい顔が、どれだけ相手の警戒を溶かすか。
話しながら、ふと困ったような顔をしてみせた。「私一人では難しくて……」
公爵が少し前に出た。「どのような状況ですか」
(来た)
リーゼロッテは内心で確信した。この人は、誰かが困っていると放っておけない性質だ。
その夜の終わりに公爵は「リーゼロッテ嬢の活動、応援しています」と言った。
帰り道でリーゼロッテは窓の外を見ながら、くすりと笑った。応援、か。悪くない第一歩だ。
◇
三人はそれぞれ着実に公爵との距離を縮めていた。
夜会で見かければ挨拶し、会話の機会を作り、自分の得意な角度から印象を刻んでいく。公爵は三人全員に対して、穏やかで、誠実で、次の機会も求めてくれるような言葉を残した。
そして三人は週に一度のお茶会で、相変わらず笑顔で話し合っていた。
「公爵様って、本当に素敵な方ね」リーゼロッテが微笑んだ。
「そうですわね」アウラが静かに言った。
「同感です」クロエが言った。
(先週の夜会で話がかなり盛り上がった。私が一番距離が近いはず)
(確率的には、学術的な接点が最も長続きする。私の優位は揺るがない)
(可愛さで勝負して負けることはない。あの二人には悪いけれど)
三人分の内心が、笑顔の裏で全速力で回転していた。
「今日のケーキ、おいしいわね」
「そうですわ」
「ほんとに」
にこにこと笑い合った。
◇
さらに二週間が過ぎた。
三人の攻防は、拮抗したまま続いていた。
クロエは騎士団の夜会で三度、公爵と話せた。毎回会話が深まり、二回目には「クロエ嬢と話すのは楽しいですね」という言葉まで引き出せた。
アウラは学術の場で二度、公爵と議論した。二度目は公爵から「アウラ嬢の意見を聞きたい」と声をかけてきた。
リーゼロッテは慈善活動の場で三度、公爵と顔を合わせた。最後には「リーゼロッテ嬢はいつも明るくて、そばにいると安心する」と言われた。
全員が、手応えを感じていた。
全員が、他の二人を意識していた。
そして全員が、気づかないふりをしていた。
(……この三人の中の誰かが、間もなく一歩抜け出す)
クロエはそう分析していた。そしてその一人は、自分でなければならないと思っていた。
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第六章 衝撃の発表と愚痴のお茶会
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数ヶ月後。
秋の大夜会の夜。
レオナルド公爵が壇上に上がった。
その報せが会場に広まった瞬間、空気が変わった。あの物静かな公爵が夜会の場で発表をするというのは、滅多にないことだった。
クロエはいた。アウラもいた。リーゼロッテもいた。三人は離れた場所に立っていたが、それぞれの視線が壇上に向いていた。
(……婚約発表?)
クロエ・アウラ・リーゼロッテの心拍が上がった。
(夜会でかなり話が弾んだ。あの感触からすれば、あり得ない話ではない)
(私の能力を理解してくださっている。確率的に有力候補は私のはずですわ)
(慈善夜会でのあの笑顔。あれは特別だったわ)
三人が、それぞれの根拠を胸に、同じ壇上を見つめていた。
公爵が口を開いた。
「この度、婚約者を迎えることになりました。紹介させてください」
会場がどよめいた。
公爵の隣に、一人の令嬢が現れた。
地味だった。
それが率直な第一印象だった。目立たない茶色の髪。控えめな薄桃色のドレス。顔立ちは整っているが、この華やかな会場では埋もれてしまうような、そういう令嬢だった。
「セシリア・モートン嬢です」と公爵は言った。
「モートン男爵家の令嬢で、昔から私にとってかけがえのない存在です」
クロエの頭が、ふわりと白くなった。
アウラのティーカップを持つ手が、長い時間、止まっていた。
リーゼロッテの笑顔が、しばらく固まったままだった。
「……誰?」
三人が同時に、小声で呟いた。
◇
夜会の後、三人は示し合わせたわけでもなく、自然とアウラの屋敷に集まっていた。
テーブルの上にはお茶とお菓子が並んでいる。今度は誰も遠慮しなかった。クッキーをかじって、ケーキをフォークで切って、お茶を飲んだ。
「セシリア・モートンって、誰?」リーゼロッテが言った。
「モートン男爵家の令嬢だそうですわ」アウラが静かに言った。
「社交界への出席はほとんどない方で、私には記憶がほぼありませんわ」
「あんなに地味な令嬢に、どうして……」
「公爵様の目にはそう映ったということでしょう」
クロエは腕を組んだ。
「私は公爵と何度も話しましたよ。騎士団の戦略論まで踏み込んで。あれはただの社交辞令じゃなかったはずです」
「私も学術夜会で幾度も、財政モデルを一緒に検討しましたわ」アウラが言った。
「ほとんど、向こうから声をかけてきたんですのよ」
「私は顔を合わせて、最後には『そばにいると安心する』とまで言われたわ」リーゼロッテが言った。
「あれは確かに特別な反応だったのに」
三人はテーブルの上のお菓子を眺めながら、しばらく黙った。
「……三人とも、それなりに手応えを感じていたわけね」リーゼロッテがため息をついた。
「……ええ」アウラが言った。
「……そうなりますね」クロエが言った。
また沈黙。
「ねえ」リーゼロッテが言った。
「正直に聞くんだけど。告白に近いことを言いかけた人、いる?」
「……言いかけました」クロエが言った。
「私も」アウラが言った。
「私も」リーゼロッテが言った。
三人はそれぞれの顔を見合わせた。
それからほぼ同時に、くすりと笑った。
「……なんなのよ、私たち」リーゼロッテが笑った。
「三人で同じ相手に告白しかけて、三人まとめて地味な令嬢に持っていかれましたわ」アウラが言った。
「完璧な連携で復讐を成功させた私たちが」クロエが言った。
「恋愛では三人揃って同じ相手を狙って全員負けた、か」
「……情けないですわね」
「情けないわ」
「情けないです」
三人で声を揃えてから、また笑った。今度はもう少し大きく。
お茶を飲んだ。ケーキを平らげた。慰め合うでもなく傷をなめ合うでもなく、ただそこで笑っていた。
「……まあ、次があるわ」リーゼロッテがカップを置いた。
「そうですわね」アウラが言った。
「そうですね」クロエが言った。
窓の外で、秋の風が吹いた。
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エピローグ 終わらない戦い
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冬が来て、春が来た。
三人は相変わらず週に一度お茶を飲んでいた。卒業後も、学園を離れても、なんとなく集まる習慣だけは続いていた。
話すことは尽きなかった。クロエが騎士団の新しい任務の話をして、アウラが財務分析の仕事の話をして、リーゼロッテが社交界の最新情報を披露する。笑い、呆れ、感心し合う。
ある春の午後、クロエはふと思った。
(このお茶会が、なぜこんなに続いているんだろう)
利害関係はもうない。共通の敵もいない。なのに集まる。
アウラも、リーゼロッテも、それぞれ自分にはない部分を持っている。こんな形で腹を割って話せる相手ができるとは思っていなかった。
「ねえ」リーゼロッテが言った。
「少し改まって言っておきたいことがあるんだけど」
「何ですか?」
「あの卒業パーティの夜から、ずいぶん経ったじゃない。いろいろあったけど、あの休憩室で二人と出会えたこと、よかったって思ってる」
少し間があった。
「……私も」アウラが静かに言った。
「あの夜がなければ、お二人と話すことはなかったかもしれませんわ。それは少し、もったいなかったですわね」
「同感です」クロエが言った。
「三人で組んだときの連携は、今でも誇りに思っています」
三人は少し、笑った。温かい笑顔だった。
「これからも仲良くしましょう」
「ええ、もちろんですわ」
「もちろん」
笑顔が揃った。美しく、華やかで、本物の友情がにじんでいる笑顔だった。
──そして、その笑顔の裏で。
(だが次こそは。騎士団のコネを全力で使って、このグループの誰より先に動く。次の有力な殿方のリストは頭に入っている。この二人が油断している隙に、絶対に先に囲い込んでやる!)
クロエの内心が、静かに燃え上がった。
(次は失敗しませんわ。確率的に次の最有力候補はダルク侯爵かゴルドン伯爵あたりですわね。帰ったらすぐ分析します。この二人には絶対内緒で、極秘にゴールインしてみせますわ!)
アウラの糸目が、ほんの少しだけ遠い場所を向いた。
(可愛さは最強の武器よ。次こそこの可愛さを完全に使い切る。この二人は頭はいいけど可愛くはない。そこが私の圧倒的優位点。秘密裏に大物をオトして、このグループをスマートに卒業してやるわ!)
リーゼロッテが、笑顔のまま遠くを夢想した。
「それじゃあ、また来週」
「ええ、また来週ですわ」
「また来週」
三人は笑顔で手を振って、それぞれの帰路についた。
その笑顔は、先ほどよりも少し生き生きとしていた。
復讐は終わった。でも戦いは終わらない。
その後も、三人の茶会は習慣のように続いた。
……この三人の婚期は、まだまだ先のようです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
「婚約破棄された令嬢3人、手を組んだら元婚約者が全員終わりました」、いかがでしたか?
本作は「もし婚約破棄された令嬢が複数いたら?」という妄想からスタートしました。
一人一人が主役を張れるような三人が、共闘してクズを追い詰める様子や各々の個性を、私自身もワクワクしながら書き上げました(*^^*)
スカッとした!面白かった!と少しでも思っていただけたなら、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やリアクションで応援いただけると、本当に飛び上がって喜びます!
また他の作品でも、お会いできることを楽しみにしております(*‘ω‘ *)/




