駱駝,第二幕
ステンドグラスのような空色、夕方の茜は空の梯子を落としてこのテラス席を照らす。
「……久、しぶり」
「あら半年ぶりね」
立ち振る舞いやその強い語気で覚えている。この前一緒に仕事をした人、顔は分からない。
帳尻合わさった目や、妖艶な深紅の唇もあったようで見てないような、思い出せない。顔にもやがかかっているようなそんな感じがする。ただ、この人も――
「糞餓鬼♡」
顔一つを覆い隠すような暗い目を持っている。
-(*)
カラン、下駄が足早に帰っていく音がする。いや、下駄じゃない、これはもっと軽快で音も見上げるほど高く首が痛くなる。
『君は駱駝の事、知らないのかい』
ひし形がちりばめられたショットグラス、下駄じゃなく氷が溶けて落ちた音。
喉に住む仏が首を振る、それに指を伸ばす。
『辞めてね、呑んでるから』
『……お酒?』
『違うよ、ちょっと御高い缶。』
しかも無料だなんて言う
こいつは水分補給中の猫か、小さなガラスに敷き詰められた一口大のジュースをチビチビと口へ運ぶ。お酒のように楽しむ姿は高校生かと目を疑う。
『駱駝、下の名前は千鶴。高一の普通科にいた経歴だけ残ってる、あとは知らない、ほぼ行方不明。』
『待ってそこら辺はパス、私難しい情報無理だから。』
『個人情報がムズカシイ…?』
『戸籍とかの感じだしたらぶっ飛ばすから。』
これだから頭いいやつの話は嫌いだ。
こちらが馬鹿だと分かったら眼鏡の高さを一段階上げる、ほら今こいつ眼鏡クイってした。
『駱駝はあらゆる所から"現代版弁慶"と呼ばれている、何故か分かる?』
『はいっ!脛が極端的に弱いっ』
『言っとくが大喜利じゃねぇぞ』
『チッ……。』
『牛若丸にボコされる前武蔵坊弁慶は五条の大橋で何をしていた?正解は999本をも超える太刀狩りだ。』
『答える間もなく』
『次は答えさせてやる、それを踏まえて現代で駱駝が弁慶と言われているのはなんでだ?』
『っ、太刀狩り…いや今で言うところ人形狩りか』
『流石に正解か』
その時スーツから取り出したのは束ねられたダンボール一枚程の厚さの紙、A4だろうか?最初はただの画用紙かと思った。表紙がなかったからだ。
試しに一枚捲ると文字が陳列していた。印刷ミスではない余程見られたくないのか。
『今回参加する志願6人、君含めての推薦3人計9人の軽い名簿のようなものさ』
『……思っていたより大物揃いだな。楽園や梔子峠、祈り雑教も参加するの。』
『推薦だけじゃない志願も名だたる賞金稼ぎばかりだ。』
このメンバーでも負ける?駱駝とはどこまでの化け物なのか。
頬に残る違和感は多分引きつっているのだろう、乾いた笑いが湧き出る、頭の片隅にはラピュタの巨神兵が顔を出しているのだしょうがない。
だがその乾いた笑いも止まることになる。
目と目が合うとでも言うのだろうか、人の顔を覚えられない私に懐かしいだと言う違和感の衝撃が走る。
『君は二回目?』
『彼女も来てるのね。』
『ああ、よろしく言うといい……』
「――名前、なんだっけ?黒蛇の魔女だっけ?」
「いいじゃない、仮名だなんてちょっとダサいくらいが格好いいのよ」
「ダサいなんてまだ言ってないよ」
「まだ…でしょ?」
お互いに睨みを利かせる、
私はその気色の悪い暗く爛れた蛇の瞳に。
舌を出す彼女は、爪を隠す鷹の子に。
「……はぁ、やめやめやーめた」
「どうしたの?急に?」
「これから命張るってのに精神すり減らしてる場合じゃないんでしょ。」
――子供は、いつまで経っても身勝手で自分本位で好きなものを好きとしか言えない、浅慮で小さな我儘だ。
当然、持ち合わせていない"それ"は大人になると勝手に生えてくる訳でもない。作り上げるものというのならあまりにも手を加え無さすぎる、いつ崩れるかも分からないというのに。
ただ、私達は身体の成長と共に"それ"も大きくみのっていく、100点という訳でもない、ただ作らなければならないと無意識下で育てていた禁断の果実という表現が正しいと思えてしまう。
「それは?……威勢?」
「いや、理性だ。」
-(*)
「改めて、駱駝討伐って誰が来るの?」
「……ェっ」
「何よその顔、文句あるわけ?」
「何って分からないで来たの?」
「私は情報を買った側だからね、味方の情報のことをすっかりね。それに、誰かに聞けばお金浮くし」
信じられない、顔にも出てしまうくらい。
本来敵だけではなく味方の情報も貰っておくべきだ、連携が取れないからだ。味方がどんな攻撃方法をするのか、どんな戦法が得意なのか、知っておくだけでもとてつもないアドだと言う、邪魔することがないからだ。
グダグダにならない、それだけで戦闘はスムーズに進む。
「簡単だけどね、上向きの楽園や峠の奥の子、不落汰番、鬼牙兄弟。あと墓掘りと雑教のツギハギもいるらしいよ。」
「貴方といてよかった、貴方はお金取らないものね♥」
「管理がめんどくさいからだよ、当然後でとる。」
ボロくなったレンジに似てる音がなる。
言ってしまえば洒落ているように見せてセンスが終わっている、毎夜弁当を温めている時に聞いている音だ。
両扉が勝手に空いた先にはフロントに繋がっている。やはりここもお洒落を勘違いしたような見た目をしている。
「おっ?両方女か?強いのか?」
「兄さん言い方、今の時代男女ってのは厳しいんだから。」
「誰カは知らんが邪魔者といウ事でいいノカ?」
「いや、勝手に上行っちゃった人達アル忘れちゃったネ?」
フロントにいたのは私達除いて計7名の賞金稼ぎ、いずれも耳に挟んだことのある粒物揃い、隣の蛇は図らずも舌を鳴らす。
その中でもやはり3人、厄介な奴がこちらを覗いている。
「わわ、別格♡↑↑」
「……えぐ吐く」
「――。」
選別するような目、鳥肌が立つ。
楽しそうにその矢印が書かれた目を細め舌を和らげる者
それは皮肉か目や口、顔を縫い合わせ睨むと言うよりこちらの何かに気づいているという者
そして最後の少年……本来は人形を預けられるのは中等部からというのに大事に抱いているのは紛れもなく人形、人形の形をしている人形、なんとも分かりずらい。
ただ耳にタコが出来たかと思う、聞き馴染み、吐き気を催す程だ。それ程までに聞いてきた"それ"が開く音、グパっと音が少年の曖昧な顔が裂ける。
全ては溢れた墨汁のようなものから始まっていた、床にこぼれて蒸発することもなく、静かに消えていった涙のようなもの、ただ今回は違ったようでその目は静かに三日月のようにぐにゃりと曲がる。
笑っていたのだ、私の顔を見て
ああ゙、いい加減この瞳にも飽きたところだ、そっちがその気ならこちらも対抗を出すというところだ。




